昨年10月に発表されたワークスアプリケーションズの新たなERPパッケージ「HUE」※。コンシューマ向けのIT技術を全面的に取り入れ、使いにくいのが当然だった企業システムの操作性を自然で心地いいものにする、まさに画期的と呼んで差し支えないERPソフトウェアだ。12月の出荷開始を前に、そのHUEに今再び話題のAI(人工知能)が搭載されているという新たな情報が飛び込んできた。AIによって一体、何を実現できるのか──同社の牧野正幸CEOに聞いた。そこにはエンタープライズITの未来を占う上での示唆に富むストーリーがあった。(聞き手は、田口潤=IT Leaders編集主幹) ※High Usability Enterprise System
──HUEでは内部データベースをリレーショナルDBからNoSQL DBに置き換えることで、並列分散処理を可能にしました。それによって高いレスポンス性能を獲得し、コンシューマ向けサービスでは普通になった使いやすさを、ERPつまり企業情報システムの世界にもたらそうとしています。例えばGoogleのサービスが備える“サジェスト機能”ですね。それ自体がERP分野では同業他社に先駆けた先進的な取り組みですが、HUEはさらにAI(人工知能:Artificial Intelligence)を実装していると聞きました。一体、どんな狙いがあるんですか?
牧野 狙いはひとつ、AIによってユーザビリティを飛躍的に向上させ、業務効率を高めることです。実は、消費者向けサービスの優れたユーザビリティというのは、AIの搭載によるものなのです。消費者向けサービスは文字通り、日々進化を続けていて、例えばGoogle翻訳の音声認識サービスなんかを見ると驚くほど賢くなっていますよね。相手が英語で話すと自動的に言語を認識し、日本語に訳して話してくれたりします。多くの人は、そうしたことを体験していますから、エンタープライズ向けのソフトウェアに是非とも応用したかったのです。実際、今回我々がHUEに取り入れた自動認識や機械学習などのAI技術は、消費者向けサービスでは十分な実績があるものばかりで、技術的に不確かなことはありませんでした。
エンタープライズITのベンダーはなぜAIを取り入れないのか
──そうはいってもERPの分野ではSAPやOracle、あるいはマイクロソフトもまだやっていませんよね? 研究開発は別にして。
牧野 どこもAIにチャレンジしてこなかったのが、不思議なくらいです。なぜそうしなかったのかと言うと、理解していないからではなく、おそらくそんなものは売れない、顧客はそこに投資しないと決めつけていたからではないでしょうか。言い換えれば“ERPを導入すれば売上高がこんなに上がりますよ”とか“業務効率が◯◯%向上しますよ”といった話にしか、ユーザーは興味を持たないと考えてきたんだと思います。しかし実際は、多くのERPベンダーがこれまで業務効率向上をうたってきたものの実現できたことはないし、今や誰もERPで業務効率があがるなんて信じていないのが現実でしょう。
──確かにERPのうたい文句には「効率化」や「業務標準化」がありますが、それによって大いに効果があったという話は聞きません。
牧野 一方で、我々がAIを使ってHUEで実現しようとしているのは、例えば入力作業や作表を限りなくゼロにするという、目に見える業務効率の向上です。本当の意味での業務効率化、言い換えれば生産性の向上をユーザー企業に提供できると自負しています。最近、米国最大規模の人事システム関連の展示会にHUEを出展したんですよ。「AIで業務がこう変わる」とアピールしたら驚くほど多くの方が足を止めてくれました。自分たちの取り組みが正しい方向を向いていることに確信を持ちました。
──なるほど。
企業システムにこそAIが最適で相性がいい
──ところでAIを使ってエンドユーザーの入力や作表などをサポートするアイデアは、そもそもどこから生まれたのですか。
牧野 いまコンシューマが享受しているメリットを我々の顧客に提供するには何ができるのかを考えたら、それがベストという結論になったのです。ERP、つまり企業システムを使って行う仕事の大半は、入力や作表といった作業が占めていますよね?それを自動化できたらどんなに楽になるだろうと思案した結果、ならばAIで自動化してしまおうとなったわけです。
この発想はHUEの開発に着手した当初から変わりません。NoSQL DBによる分散処理にしても、別にRDBが嫌いだとか、NoSQLが技術的に優れているからではなく、入力候補のサジェストを瞬時に行おうとしたときに、それしか方法がなかったから採用したのです。さらに、具体的に開発に取りかかってみると、業務アプリケーションとAIは非常に相性がいいことが分かりました。
──”相性がいい”とは、つまりユーザーの行為が特定の業務と紐付いているので分類や推論がしやすいという意味?
牧野 その通りです。AI応用における分析や判断の基本となるのは、利用者の操作ログです。入力されたデータも、行われた操作も、どんなシーンで入力され、操作されたかが分かる、つまり誰がどういう意図で行ったものなのかが明確です。利用者が不特定多数で意図も見えにくい消費者向けのサービスよりも、AI、より具体的に言えば機械学習(マシーンラーニング)には適しています。
──ではHUEのAIでどんなことが可能になるのですか。あるいは企業システムの何がどのように変わるのでしょう?
牧野 一言で言えば「あなたが行うべき業務を先回りして完了させてくれる」ことですね。代表的なのはデータ入力の支援です。受注入力でも経費精算でもいいですが、実際の業務を見てみると毎年、毎月、毎週と、皆さん、定期的にほとんど同じような内容のデータを入力しています。違うのは日付や人、商品ぐらいなのに、毎回、すべて入力しなければならない。そうした作業をAIが覚えておいて、この人がこの文字列をこのタイミングで入力したのであれば、その後に入力したいデータはこれでしょうと、自動的に提案するんです。