[イベントレポート]

AIで研究開発は「工業化」する─人の判断と専門知を組織の競争力に変える道筋

Matlantis User Conference 2026

2026年10月19日(月)鍋島 理人(Innerstudio)

AIは作業を速め、試行回数を飛躍的に増やしている。しかし、それだけで企業の生産性向上やイノベーションが実現するわけではない。AIの力をどう組織の成果に変えるのか。専門家の知見をAIでどう活かすのか。これらは、IT部門と事業部門に共通する問いだ。本稿では2026年9月18日にMatlantisが開催した「Matlantis User Conference 2026」の講演を基に、物質科学の研究開発におけるAI技術の進化と、その力を組織全体で活かすための実践をレポートする。先端科学の事例から、AIトランスフォーメーションに取り組む企業においても有用な、組織でのAI活用のヒントを探る。

原子レベルの計算を、研究の身近な選択肢に

 物質科学の領域では、原子や分子の微小な挙動を解明することが新素材創出のカギを握る。従来、こうした解析には膨大な計算資源と時間を要していたが、その常識を覆したのがAIの導入だ。

 「サービス開始当初は聞き慣れないものだった汎用MLIP(機械学習原子間ポテンシャル)が、今では材料領域における一般的な選択肢の1つとして広く認知されるようになった」と語るのは、Matlantis 代表取締役社長の岡野原大輔氏(写真1)だ。同社は、Preferred Networks(PFN)と大手石油会社ENEOSの合弁会社として、2021年6月に創業したAIスタートアップだ。

写真1:Matlantis 代表取締役社長の岡野原大輔氏

 同社が提供する「Matlantis」は、原子の振る舞いを学習した汎用モデル「Matlantis PFP」を用いて、原子スケールの現象をシミュレーションするクラウドサービスである。現在ではAIエージェントとの連携も進み、自然言語を用いた環境構築やシミュレーション作業の支援も可能になっている。

 近年、次なるイノベーションの舞台としてフィジカルAIが注目を集めているが、人型ロボットのように、現実世界で物理的な作業を行う存在を思い浮かべる読者が多いはずだ。一方、PFPが扱うのは、原子や分子といった“極小の物理世界”だ。その意味でPFPは、いわば「マイクロ・フィジカルAI」と位置付けることができる。

 岡野原氏によれば、このマイクロ・フィジカルAIは、マクロスケールのフィジカルAIと比べて、先行して実用化が進んでいるという。AIによって原子・分子レベルのシミュレーションを高速化することで、これまで多大な時間と計算資源を必要としていた研究現場の試行錯誤そのものを、劇的に変えつつある。

試行が増えるほど、人には「問い」と「見極め」が求められる

 岡野原氏は、研究開発を「課題特定・モデル化」「環境構築・実行」「検証・解釈」という3つの工程からなる循環構造として整理する。このうち、これまでAIによる効率化が最も進んできたのが、計算環境を整え、シミュレーションを実行する工程だ(図1)。

図1:AIは研究開発の工程のどこに「効く」のか(出典:Matlantis)
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 「自動化できる部分は『工業化』されていく。それは、手作り感が失われるということではなく、非常に高品質な『成果の種』を大量に生み出せるようになることを指している」(岡野原氏)。ここでいう「工業化」は、研究成果そのものが自動的に生み出されることを意味するのではない。これまで時間やコストの制約から諦めざるを得なかった膨大な候補や仮説を、高速かつ高品質に検証できるようになることを指している。実行のハードルが下がれば、それだけ多くの試行が可能になり、仮説検証のサイクルも飛躍的に速くなる。

 一方、「環境構築・実行」が高速化すれば、それまでとは別の工程がボトルネックとして浮かび上がる。岡野原氏が挙げるのが、「課題特定・モデル化」と「検証・解釈」だ。

●Next:AIがもたらす実行の高速化を、組織の研究力に結実させるには

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