AI活用への期待が高まる一方、データが整っていなければBIすら安定的に使えないという現実がある。2026年3月11日に開催された「データマネジメント2026」(主催:日本データマネジメント・コンソーシアム〈JDMC〉、インプレス)のセッションでは、109シネマズなどエンターテインメント事業を展開する株式会社東急レクリエーションの春山 晶子氏(事業創造本部 マーケティング統括部長)と、OCI(Oracle Cloud Infrastructure)導入支援に強みを持つ独立系SI企業、株式会社クロスキャットの秋山 祥太氏(DX営業統括部 DX営業部 リーダー)が登壇。BI活用とAI PoCの実践を通じて浮かび上がった「データ整備こそが鍵」という確信と、「BI・AI Ready」に至る段階的な道筋を、両社の視点から語った。
提供:株式会社クロスキャット
株式会社東急レクリエーション 事業創造本部 マーケティング統括部長 春山 晶子氏(写真左)、株式会社クロスキャット DX営業統括部 DX営業部 リーダー 秋山 祥太氏(写真右)BI導入5年の成果と、運用で見えた「データの壁」
109シネマズをはじめとする映画館を全国展開する東急レクリエーション。同社がBIツールの導入に踏み切ったのは2020年のことだ。春山氏は、以前からPDCAの回し方に課題を感じていたとし、「客観的なデータに基づいて施策を改善していきたいという思いが、社内でも強まってきました」と振り返る。コロナ禍が始まる直前にBIツールを導入し、データ可視化への取り組みをスタートさせた。
最初のステップは映画館の入場者数や売上データの可視化だった。その後、MA(マーケティングオートメーション)によるメール配信への連携、広告配信のためのサーバーへのデータ連携と、段階的に改修を重ねた。各フェーズでのベンダー調整も含め、クロスキャットが導入構築から伴走支援を一貫して担ってきた(図1)。
図1:BI活用の現在地──導入効果と運用で気づいた課題拡大画像表示
5年にわたる取り組みの成果は着実だった。以前と比べてデータ抽出・可視化・資料化にかかる時間が短縮され、PDCAのチェックとアクションがスムーズに回るようになった。新しい施策の意思決定スピードも上がるなど、データ活用の手応えが社内に着実に広がっていった。
一方で運用を続けるうちに、課題も浮かび上がってきた。映画作品の入れ替わりが早く、商品も頻繁に変化するエンターテインメント業界では、扱うデータも常に変化する。データ整備が追いつかない場面が生まれ、一部ユーザーにとってBIツールの操作が煩雑になった。「使えば使うほど、一歩先の分析まではデータが足りていないと実感します。ツールやデータ構造への深い理解が必要で、現時点ではまだまだ足りていません」と春山氏は明かす。
秋山氏はこの状況を「BIを導入した企業のほぼすべてで共通して見られる課題です」と指摘した。BI活用を進めるほど、その基盤となるデータ整備の重要性があらわになっていく。
PoCが示した「AI=予測」ではないという発見
BIの深化と並行して、東急レクリエーションは上映スケジュール作成業務の自動化にも着手した。各館の座席数、地域特性など多数の制約を属人的に処理していたこの業務を対象に、クロスキャットとのPoC(概念実証)がスタートした。採用されたアプローチは予測AIではなく数理最適化(Mathematical Optimization)だった。「予測するAIをすぐに使うのではなく、まずは数理最適化で業務を自動化することを目指しました」と春山氏は説明する。
各種制約条件をインプットにスケジュール案を自動生成し、人間が最終確認する運用を想定。検証では人手によるタイムテーブル作成と比べて作業時間を短縮できることが確認され、現在は本番実装に向けた準備が進んでいる(図2)。
図2:AI PoCの取り組み──上映スケジュール自動化と数理最適化アプローチ拡大画像表示
この取り組みで得た最大の気づきは「予測だけがAIではない」という視点だった。「数理最適化というアプローチは予測モデルに比べてデータ準備の負荷が少ないため、比較的少ない工数でAI活用の手応えを得ることができました」と春山氏は述べる。予測モデルで十分な精度が出ず検証段階にとどまる例が多い中、業務自動化に直結するアプローチから着手するのは現実的な選択肢だ。
そしてBIとAI双方の取り組みは、同じ壁に行き着いた(図3)。「BIとAI、両方を進めてきた中で、結局ぶつかる課題は同じところでした」と秋山氏は語る。
具体的にはデータの品質・粒度・定義という3つの課題だ。品質面では使途に応じた正確性の担保、粒度面では作品バリエーションへの対応、定義面ではシステム間での統一が求められる。いずれも技術を導入する前に向き合うべき問題である。
図3:BI・AI PoCそれぞれの取組みで見えてきた共通の課題拡大画像表示
こうした課題の整理を踏まえ、秋山氏は東急レクリエーションの次のステップとして「BIを安定的に活用するための基盤づくり」を提示した。AI活用を見据えつつも、まずは日々の業務でBIとして使えるデータを整えることを前提とする方針だ。春山氏も「AIの動向は頭の片隅に置きながら、現実としてすぐ使えるデータがどうなのかを視野に入れて、まずはBI活用で効果が出るデータ整備を進めています」と語る。
データ整備アドバイザリーと「BI・AI Ready」への3ステップ
BIとAI双方の取り組みを通じてデータ整備の重要性を確認した東急レクリエーションが次に取り組んだのは、データの全体像を俯瞰することだった。クロスキャットから提案を受け、日本オラクルと連携した「データ整備アドバイザリー」サービスの活用へと踏み出した。
中核となったのは「バリューチェーン鳥瞰図」と「データ鳥瞰図」を組み合わせる手法だ(図4)。バリューチェーン鳥瞰図では、ビジネスの流れの中でどのようなデータが取得されるのか、どのKPIが重要かを俯瞰する。データ鳥瞰図では、各データがどのシステムに格納され、どのように連携できるかを整理する。
「元データの整備状況や種類・特性、データ連携のアーキテクチャ設計まで具体的に落とし込むところをサポートいただきました。業務とシステムとデータの関係性を網羅的に俯瞰できるので、どこを優先的にデータ整理しなければならないかの明確化に活用できています」と春山氏は語る。鳥瞰図を起点に社内での議論も活発化し、各部門が必要とするデータを改めて整理するきっかけにもなったという。
図4:データ整備アドバイザリー──バリューチェーン鳥瞰図とデータ鳥瞰図の活用拡大画像表示
こうした実践を踏まえ、秋山氏は「BI・AI Ready」に至るステップを3段階で整理した。第一段階は「現状を知る」──BIによって属人的な経験値に頼っていた情報を客観的なデータとして可視化する。
第二段階は「データ活用の啓蒙と成果の積み上げ」──社内へのキーワード浸透と小さな成功体験の蓄積を並行して進める。
東急レクリエーションでは、「BIとは何か」「仮説検証とは」といったキーワード紹介や他社事例の共有を社内インフォメーションで定期配信しながら、2023年に東急歌舞伎町タワー内にオープンした「109シネマズプレミアム新宿」──全席プレミアムシートやポップコーン・ソフトドリンクの食べ飲み放題など一般的な映画館とは異なる体験を提供する──の開業に向けたデータ分析など具体的な成果を積み重ねてきた。「こうした取り組みを通じて、経営層から実務担当まで、データ活用するとこういうことができるのだという実感が、じわじわと浸透してきました」と春山氏は振り返る。
第三段階は「データ活用を応用へ」──適材適所でAIを活用し、生成AIなど新技術への展開を視野に入れる段階だ。
まとめとして秋山氏は4つのポイントを提示した。「ツール任せにせず"使えるデータ"を整える」「AIでできること・すべきことを見極める」「BIを通じた啓蒙活動と小さな成果の積み重ね」、そして「データ整備を目的化しないこと」──。春山氏は「正しいデータが蓄積されていないと、人間の判断や手間を加えないと使えるデータにならないというのは今でも変わりません。新しい技術の動向を確認しながら、試行錯誤しつつコツコツ進めていきたいです」と締めくくった。
データ整備を目的とせず、BIを使い続けるための基盤として積み上げてきた5年間が、東急レクリエーションを「BI・AI Ready」へと着実に近づけている。
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