レノボ・ジャパンは2023年12月1日、同社の製品企画・開発担当者とThinkPadユーザーとの交流を狙いとする「大和魂 2023」を開催した。「大和魂」は2010年から始まった不定期イベントで、今回で累計6回目。同イベントでは製品企画担当者に加え、IBMからレノボへのPC/サーバ事業の譲渡後も引き続き研究開発を担うレノボ・ジャパンの大和研究所の技術者が、ThinkPadのこれまでと今、さらに将来について、それぞれの立場から発表。併せて、ユーザーとの質疑応答を通じた情報交換も行われた。イベントをダイジェストで紹介する。
提供:レノボ・ジャパン合同会社
累計出荷台数は日本の人口を越える2億台!
ThinkPadは初代「ThinkPad 700c」が1992年にリリースされて以来、法人と個人の双方から数多くの引き合いを集めるロングセラーブランドだ。その31年の歴史における累計出荷台数は、日本人口を優に超える2億台を突破する。
ThinkPadがこれほど長くユーザーを魅了し続ける理由。「その根底には、時代ごとの利用法の最適化に向けた、設計思想の絶え間ない“創造と破壊”があります」と説明するのは、レノボ・ジャパンの製品企画部でマネージャーを務める元嶋亮太氏だ。
「成功したブランドは守りに入りがちです。ですが、ThinkPadはユーザーに役立つ技術や考え方を率先して取り入れ、矢継ぎ早に新機軸を打ち出してきました。技術的に時期尚早で失敗も少なからず重ねてきましたが、ThinkPadの開発にあたってはユーザーにとっての価値向上を最重視しています。このマインドセットこそ、ファンから愛され続ける秘訣と言えます」(元嶋氏)
元嶋氏によると、ThinkPadでは次の3つを一貫して価値の中核に据えてきたのだという。それが、①生産性向上の資する「デザイン」、②オフィス外でも安心して利用できる信頼性や堅牢性などの「品質」、③PCを取り巻く環境が変化し続ける中でビジネス革新につながる「イノベーション」である。
加えて、約5年前からは働き方改革や新型コロナによる変化を踏まえ、①外に持ち歩いて使いたいと感じさせる「デザイン」、②多様な用途での「体験価値の向上」、③AI専用チップのNPU(Neural network Processing Unit)の実装による「AI活用」、④環境負荷を低減させる「持続可能性」の4つの観点からの改善にも取り組んでいるのだという。
「リモート会議が当たり前になる中での、ノイズを低減する『Dolby Voice』技術の採用や、NPUベースの映像処理などが、そこでの代表的な施策です。カタログスペックからは読み取りにくいですが、これらの小さな積み重ねが総合的な体験価値を着実に高めています」(元嶋氏)
“薄さ”の追求が生んだ「しずく型曲げ」構造
続いてThinkPadの開発を担う大和研究所の技術者6名が、自身の担当領域での技術/開発動向を解説した。まずは「薄型化・狭額縁化設計」だ。
ノートPCの魅力の1つが携帯性の高さであり、そのメリットを追求するために従来から「薄型化」のための研究開発が進められてきた。その最新の成果と呼べるのが、「ThinkPad X1 Fold 16 Gen 1」のヒンジ部分に採用されている「しずく型曲げ」機構だ。
ThinkPad X1 Foldは、開くと16.3型タブレット、折り曲げると12型ノートのように使用できる折りたたみ式PCだ。スクリーンの曲がりが一定水準を超えるとスクリーンは損傷しまう恐れがある。そこで従来機の「ThinkPad X1 Fold Gen 1」では、曲がりの程度を緩めるために、ヒンジ部分に一定の空間を確保。だが、それが折りたたみ時の本体の厚みにつながっていた。
対して「ThinkPad X1 Fold 16 Gen 1」に採用されている「しずく型曲げ」では、「スクリーンの表側から見て山折り2カ所と谷折り1か所を組み合わせた“しずく状”の曲げにより、従来の曲げ空間を排した折り畳みを実現しています」とレノボ・ジャパン 機構技術・機構サブシステムの山内武人氏は説明する。この新機構により、最終的に前モデルの27.8mmよりも約10mmのスリム化にこぎつけている。
環境保護のために天然素材の亜麻を天板の材料に
次の「環境への配慮」の発表も続けて山内氏から行われた。社会の環境保護意識が急速に高まる中、PCにおいても環境負荷の軽減が強く求められるようになっている。その要請に応えるべく、ThinkPadで進められている取り組みの1つがリサイクル材の使用だ。すでにZシリーズではリサイクルしたアルミを採用。今後は、天然素材である亜麻よるThinkPadの天板などの材料開発を推進している。
山内氏は、「天然素材は地球に優しく、その利用を推し進めることで廃棄後の環境負荷も大きく削減できる」と解説する。それらのPCの採用を通じて、ユーザー企業も地球環境に貢献できる。
そこでの成果物の1つが、「FlexFiber A-cover(木目調の天板)」だ。この質感を出すために、亜麻繊維を梳き、薄く引き揃えてシート状にしてエポキシ樹脂加工を施すという独自の製造工程も新たに確立した。
「天板へのファイバーシートの圧着時に空気が入り、気泡が残る問題に悩まされました。最終的には、無数の針によるシートの微細な穴開けや、空気抜けを良くするテクスチャのシートへの追加により対応を図っています」(山内氏)
3つ目が、消費電力と密な関係にある「熱・性能設計」である。レノボ・ジャパン System Terminal Developmentの七種勇樹氏は、「私の仕事は、温度や消費電力、ファンのノイズの3要素からの、『少しカクつく』『なんとなく熱い』などのちょっとしたストレスの解消を通じたThinkPadの最適化です」と説明する。
取り組みは広範にわたり、その1つが表面温度や熱分布の改善だ。使用中に熱くなりやすいコンポーネントを端に置くと、ユーザーの手に触れ、それだけ熱を感じやすくなる。それを加味しつつ表面温度を分散させるよう、各コンポーネントのレイアウトを決定する。
また、1日のユーザーの利用シナリオに基づく全体テストもある。その過程で検出したノイズ、熱、カクつきの原因を探り、改善に結び付ける。地道な活動だが、その積み重ねがThinkPadの使い勝手を着実に高めているのだという。
「今後はNPUの搭載により、消費電力や熱の状況が大きく変わると予想されます。その対応などを現在検討しており、技術革新の限り試行錯誤は続きます」(七種氏)
WoSでもx86と同様のインテリジェントな冷却を
4つ目は、3つ目に続いて「熱・性能設計」がデータだが、こちらは「Windows on Snapdragon(WoS)」を対象としたものだ。
SoC大手のクアルコムはWindows11向けに「Snapdragon」プロセッサを提供している。「特徴は消費電力の低さで、稼働時間の長期化に向け、ThinkPad X13s Gen1においてSnapdragonを採用しています」と語るのはレノボ・ジャパン Center of Competency Japanの渡邊涼太氏だ。
ただし、その開発にあたって直面した課題が、ユーザーの利用状況に合わせて本体の性能をコントロールする「インテリジェントクーリング機能」が一切利用できなくなることだ。原因は、x86ベースのThinkPadではSoCベンダーにより提供されていた熱制御のドライバーが、WoSベースのSoCには存在しなかったことである。
これを受け、大和研究所ではPCの電源管理のためのACPIに用意された各種機能の組み合わせや、自社でのドライバー開発などを通じ、WoSでのインテリジェントクーリング機能と変わらない機能の実現に注力。
「クアルコムとの交渉や技術面などで、困難な部分は少なくありませんでしたが、大和研究所の技術者の優秀さもあり、従来と変わらぬユーザー体験の達成という目標を達成できています」と渡邊氏は笑顔で語る。
このほか、レノボ・ジャパン Advanced Performance Developmentの田上裕大氏からは、「省電力化」に向けた、ユーザー環境に近いバッテリーライフの算出のためのビッグデータ 活用の取り組みが紹介された。ノートPCのバッテリー駆動時間はユーザーにとって機種選択時の重要要素となるが、使い方によって大きく左右される。そこでレノボでは、ビッグデータの解析から、ユーザーの使用シナリオを作成、それに基づいたテストを実施することで、消費電力の最適化を測っているという。なお、レノボ自前の解析ツールをインテルやマイクロソフトとシェアすることで、チップの消費電力が開発後期には前期比で約4割削減されたこともあったと田上氏は紹介した。
安心・安全でトラブルフリーな環境を目指して
続けて、レノボ・ジャパン Platform S/W DevelopmentのQi Yiying氏からは、「絶対に立ち上がるPC」のために開発された自己回復ファームウェアの仕組みと関連機能について説明がなされた。近年、BIOS(UEFI)を書き換える攻撃が増えており、マイクロソフトも「Secured-Core PC」といった機能強化をWindowsにほどこしている。ただし、これはハードウェアとソフトウェア間の「信頼のチェーン」によって、ファームウェアの正当性を担保するものであり、BIOSの不正な書き換えを防止するわけではない。ハードウェアはハードウェア自身で防御する必要があり、ThinkPadでは、ファームウェアの異常を検知すると正常なファームウェアへと自動で復元する「自己回復ファームウェア」を搭載。ファームウェア異常時には、キーボードのLEDバックライトを点灯させることでファームウェアの回復状況を知らせるといったユーザービリティにも配慮しているそうだ。
開発担当者セッションの最後に登壇した、レノボ・ジャパン Innovative Notebook Developmentの堀野俊和氏からは、ThinkPadで豊富に用意されている「周辺機器」の互換性品質向上に向けた活動が報告された。レノボはThinkブラウドで多数の周辺機器を展開しているが、周辺機器で使われるSoCのベンダーや世代の違いで内部設計が異なるため、接続性に問題が生じることがある。近年、接続インターフェースはUSB Type-Cが主流になっているが、「USB Type-C / Thunderboltはケーブルがあれば(物理的には)なんでも繋がります。接続性をどう改善するかが肝心」と堀野氏。そこでレノボは大和研究所に専門チームを設置、接続性テストを実施するとともに各SoCベンダーとの情報共有を通じて接続性改善に努めているのだという。特にモニターに関しては、他社製品も含めて広範囲な検証を行っているそうだ。
ノートPCから周辺機器まで商品を幅広く披露
会場の別室では最新のThinkPadを中心にエッジサーバのThinkEdge、ワークステーションの「ThinkStation」、さらにビジネスの場で役立つ各種の周辺機器を展示。なお、レノボが取り扱う法人向けアクセサリ数は2023年11月時点で実に250品目以上になるという。
熱心なファンに応えて進化を続けるThinkPad
大和魂の後半では、ThinkPadユーザーと技術者との交流の一環として、参加者からの質問の場が設けられ、ユーザーによるインターフェースの拡充計画の質問に対し、「我々としても悩みどころ」と、逆に欲しいポートについて意見を募る光景も見られた。また、全員参加のクイズ大会も開催し、用意された難問に参加者の多くが頭を悩ませていた。
このように、大和魂は、冒頭で指摘のあった「ThinkPadの価値」追求に向けた技術者の絶え間ない研究開発と、ユーザーに真摯に向き合うレノボ・ジャパンの姿勢とともに、ビジネス用PCとしてThinkPadが愛され続ける理由も垣間みられるイベントとなった。次回開催にも、ぜひ注目したい。
●お問い合わせ先
レノボ・ジャパン合同会社
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