[インタビュー]

ビッグデータやモバイルなどの潮流がもたらす“デジタルワールド”

ガートナージャパン リサーチディレクター 鈴木雅喜氏

2013年12月3日(火)折川 忠弘(IT Leaders編集部)

ビッグデータやモバイル、ソーシャル、クラウドといったトレンドは企業にどんな影響を及ぼすのか。ガートナーは、これらをきっかけとした新たな潮流「デジタルワールド」の到来を予見する。ガートナージャパン リサーチディレクターの鈴木雅喜氏に「デジタルワールド」の本質を聞いた。

-「デジタルワールド」の“デジタル”とはどんな意味?

鈴木氏:以前より語られている「デジタル」とは違う。新しい意味を持つ言葉だと解釈してほしい。

 企業はこれまで、会計や生産、メールなどのシステムを構築してきた。主な目的は、業務の効率化、コスト削減、現場の見える化などである。企業の課題を解決することを目的に、企業ITは成長してきた。

 一方、企業ITを離れて外に目を向けると、さまざまなテクノロジーが台頭している。電車の中ではスマートフォンを使って情報にアクセスし、ソーシャルは国や政治に影響を及ぼすほど浸透している。GoogleやAmazonなどのクラウドベンダーやビッグデータは、テレビで当たり前のように飛び交っている。

 これまでの企業ITとは別のところで、テクノロジーを使った潮流が起きている。こうした企業ITとは異なる世界を「デジタルワールド」と表現している。

鈴木 雅喜 氏 ガートナー ジャパン リサーチ部門 ITインフラストラクチャ&セキュリティ リサーチ ディレクターの鈴木雅喜氏

-企業ITとの関係は?

 ビッグデータやモバイルなどの登場を契機に、社会が大きく変わろうとしている。しかし企業ITは社会の変革に追随できずにいるのが現状だ。従来の企業ITが果たす役割を踏襲するだけでは、社会が必要とするものとのかい離が大きくなるばかり。事業を成長させるためには、社会の変革に向けて企業も変わらなければいけない。そのためには、コンシューマーを中心に広がっているテクノロジーを自社の競争力にどう結び付けるのかを考えるべきだ。企業ITとは別の役割を果たすための仕組みを模索することが必要である。

-ビッグデータ、モバイル、ソーシャル、クラウドに注力するのとは違う?

 それも必要だが、ビッグデータなどのトレンドから「今後もいろいろな変化が起こる」ことに留意するのが大事である。例えばインターネットが登場した1990年代は、現在のような大きなインパクトをもたらす技術になるとは誰も想像できなかった。しかし現在、ビッグデータなどのトレンドが登場し、大きな変化をもたらそうとしている。歴史に倣い、これらがどんなインパクトをもたらすのかを真剣に考えるべきである。

 変化が起こる周期も短くなっている。10年も経たずに新たなトレンドが社会に大きなインパクトをもたらすかもしれない。例えば、モバイルやソーシャルは瞬く間に社会に根付いていった。こうした変化の兆候を見逃してはならないし、軽視してはならない。

-どんなテクノロジーが企業にインパクトをもたらすのか?

 どう活用すべきか分からないテクノロジーでも、大きな可能性を秘めている。現在使えるかどうかは問題ではない。将来、どんな可能性をもたらすのかをイメージすることが大切である。例えばグーグルやサムスン、ソニーは腕時計型の端末を相次ぎ発表している。「いらない」と考えている人がいるかもしれないが、こうしたトレンドの可能性を真剣に探ることが重要だ。

IT部門は業務部門と一緒に事業を模索すべき

-IT部門はデジタルワールドに向けて何をすべき?

 まずは社会の変化を現実感を持って受け入れるべきである。自社のシステムには関係ない、では済まない。社会の動向や最新テクノロジーに敏感になることが必要だ。

-IT部門が主導してデジタルワールドに対処する?

 企業によっては業務部門が可能性を見い出しつつあるし、ベンダーは鮮明に業務部門へのアプローチを進めている。かといって例えばマーケティングや営業などの特定部門向けのみの課題でもない。IT部門と各業務部門がともに取り組むべきテーマだ。

 これまでテクノロジーといえば、IT部門が主導して評価したり導入を検討したりしていた。しかし社会に急速に浸透するテクノロジーはその限りではない。テクノロジーを活用することで事業をどう変革できるのかを業務部門は考えるべきだ。IT部門は業務内容を理解し、新規事業の価値を見い出すのは必ずしも得意ではない。しかし、新たな機会に対して、テクノロジーを理解しているIT部門側からも探索を進めるべきだ。

-IT部門が果たすべき役割は何か?

 まず、この変革の波をチャンスと受け止めてほしい。IT部門は業務部門と一緒に事業を考えられるようになる。これほどやりがいのある仕事は、それほどないのではないか。社会の最新トレンドやそこで使われているテクノロジーに精通することで、どう新しいビジネスを創り出すのか。業務部門とともにその問いに答える役割を担ってほしい。ただし、従来の企業ITを管理する役割は今後も残る。デジタル・ワールドに向けた取り組みは、これとは別の話になる。

-IT部門の役割はこれまでと変わってくる?

 取り引きするベンダーを見直すことが必要だ。企業ITに精通するベンダーではなく、デジタルワールドで浸透するトレンドやテクノロジーに強いベンダーと協業すべきだ。“デジタルの波”が押し寄せたとき、付き合うベンダーも入れ替わることを認識してほしい。従来の企業ITで成功体験を持つベンダーは、既存ビジネスを引きずりながら“デジタル”向けのビジネスを展開することになる。過去の実績や成功体験を壊すのはそう容易ではない。まだ見ぬ新興ベンダーの方が、“デジタルの波”に乗りやすいかもしれない。デジタル・ワールドに向けたベンダーの取り組みに注視したい。

 重要なのは、ベンダーの言いなりにならないこと。トレンドの裏側に潜むテクノロジーの進化を感じとり、その効果や必要性を探ることが重要だ。ベンダーに依存せず、IT部門がテクノロジーを評価できるようにしたい。ベンダーと同等に戦えるよう、テクノロジーを目利きできるようになることも必要である。

 IT部門に属する人は、これまでと「モノ」の見方を変えるべきだ。従来の企業ITと決別し、ビジネスにテクノロジーをどう活用するのかという視点を持ち合わせることが必要である。そのためには積極的に自社の業務に関与する姿勢を示してほしい。

-デジタルワールド指向のシステム像とは?

 価値を生み出すシステムであるかどうかが重要。極端な言い方をすれば、価値さえ生み出せれば、不安定で頻繁にダウンするようなものでも構わない。

 例えばビッグデータから価値を生み出すシステムならば、従来の枠を超えたスケール感を備えられるかが重要。分析対象の領域を社外にまで広げ、ソーシャルデータや顧客の行動情報まで取り込めるシステム像を模索したい。

 そのためには業種の垣根を超え、異業種の企業と連携することも検討すべきだ。他業種のデータを組み合わせることで価値が見込めるなら、異業種の企業との協業も視野に入れたい。ただし、こうした取り組みはIT部門だけでは成し得ない。経営課題として取り組むべきである。

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