[市場動向]
システム起点から利用起点へ─「非所有」を超えて広がる価値とシステム像
2011年11月8日(火)桑原 里恵(札幌スパークル システムコーディネーター)
修理担当者の端末には地図に訪問先、顧客の機器構成そして画像マニュアル。 その場で部品手配。顧客が画面にサインし、写真付きレポートを即情報共有…。 モバイル、地図、画像、CRMなど最新の技術要素を組み合わせたシステム。 クラウドは企業ITに新しい常識と可能性を創り出す。"活かす発想"を考える。
クラウドの特徴である「非所有」は、資産や費用との関わりだけでなく、「システムの成長を誰が判断するのか?」を意味している。
クラウドではサービスの提供者が自身のタイミングでシステムを更新する。利用側に拒否する権利はない。使用機能の選択があるだけだ。個人向けサービスでは事前の予告もなく、気がついたら変わっていたということがよくある。プライベート・クラウドでも、共通部分は更新の適用が原則だ。構造上の理由であると共に、「進化はよいこと」という共通認識に立っている。
従来の自社開発では、当然のこととして、ユーザー企業が自分で「いつ、何を改変するのか」を判断した。今のクラウドと比べれば、更新の頻度はずっと低い。パッケージでは製品の改変内容と時期はベンダーが決めるが、反映の如何はユーザー企業に委ねられる。実際、問題修復のパッチは運用業務として日常化しても、機能強化の更新まではなかなか手が回らない。
一般に、手組みでもパッケージを使っても、大きな改変は何年かに一度。使用する製品モジュール間や他環境との相性で、否応なく更新に迫られる例も少なくない。結果、更新はいつも大仕事になり、ますます遠ざかっていく。そして何度目かの再構築が訪れる…。
ユーザー企業にとって、クラウドを使うことは手段や技術の変化以上に、システム・ライフサイクルに及ぼす影響が大きい。日常的で頻繁な更新、提供側による判断。従来の「版の概念」が薄くなり、恒常的に進化するようになる。どんどん成長していく発想だ。
不安定で振り回される感覚は確かにある。しかし、利点ははるかに大きい。これを前向きにとらえて、進化の時間軸を自社のシステム化に活かすことができるか。導入時だけではなく、システム・ライフサイクル全体に関わる価値観がクラウド使用の本質にある。
「Design First」利用起点がクラウド2.0の本質
クラウドの進化は該当するサービスの改変や機能拡張だけでなく、連携する様々なサービスや製品によってもたらされる。主力となるサービスには、凄まじい勢いで関連のサービスが生まれる。この選択肢の豊富さと次々と候補が登場する活気がクラウドの醍醐味となっている。今はできなくても、少しすればきっとできる。何か出てくるかもしれない、という期待感がある。
クラウドのサービスは個々に完結するのではなく、相互に連携して1つの利用状態をつくる。それを前提にサービスはそれぞれに位置を持ち、特化するようになった。メインとなるデータを持ち、基盤を提供するクラウド。そのデータを使うアプリケーション。特化した機能を提供するもの。基盤を使い機能分野を拡張するサービスが多数登場し、有力なクラウド間が相互に連携、統合する動きも起きている。
これらを組み合わせて、自社に最適なシステムを実現する。「Choice & Customize」と呼ぶこの発想が、今日のクラウド利用の特徴であり、「クラウド2.0」の世界観である(図1-1)。
その前提は、利用側が求める姿に対して、複数の手段を組み合わせること。「Design First」。まず求める姿を描くことで、様々な手段や技術を活かすことができる。オンプレミスや既存システムも構成要素の1つになる。たくさんの手段や技術の中から、必要なものを”選び”、組み合わせて”自社に最適な”システムを実現する。
システムを起点に考えるのではなく、利用を起点に考えること。今日の企業ITに共通する基本姿勢が、「Choice & Customize」の前提にある。その意味において、クラウド2.0とは「クラウドを使うこと」に主眼があった『システム起点』の発想から、「何を実現するか」に軸足を置く『利用起点』の発想への転換と理解すべきである。
事業の個性に応える基幹プロセスにクラウドを使う
クラウドの初期には、オンプレミスにあったシステムをクラウド上に置き換えること、あるいは、クラウド上で提供されるサービスを使うことに意識が集中していた。そうなると、オンプレミスでパッケージを使う以上に、自由が効かない。よって、「基幹系にはオンプレミスを使い、周辺にクラウドを使う」といった話になる。事業との密着度が低く、合わせやすい部分にパッケージを使うのと同じ発想だ。
しかし、これは2つの点で現実と合っていない。1つはクラウド自体の性格。複数のクラウドを組み合わせることで、個性に対応しようとしている。もう1つは、基幹系の要件。基幹系に関わる業務プロセスは一様に、IT化の範囲が人により近い、業務の最前線へと広がっている。業務に密着したシステムほど個性的で変化が激しい。技術や情報への要望も可能性も大きい。
クラウドの位置情報や画像、外部情報の参照、メッセージなどを組み込んだアプリケーション。モバイル。基幹系のプロセスにはクラウドのサービスを活かす場面が多数ある。地図を組み込んだアプリケーションが至るところにあるのと同様に、多様なサービスが業務を支援し、仕事の仕方を変える。
1つ変化したのは、確定データを担う基幹部分やハブとなるデータベースのクラウド化が進むと共に、それらをオンプレミスに置いたままでクラウドのサービスと組み合わせるハイブリッドのアプリケーションが現実化してきたことだ。環境技術が進化している。プライベート・クラウドもあり得る。
ただし、これには5つの前提がある。1つはあくまでも組合せによって最適化をはかること。自社開発も組合せの1つ。そのための道具やPaaS環境は揃っている。個々のクラウドを改修する考えではない。2つめはクラウドごとの信頼性が担保されていること。何にどれだけの信頼性を求めるのか。信頼性のための組合せもある。
3つめは組合せを支える基盤を用意すること。特にオンプレミスとクラウド、パブリックとプライベート・クラウドといった複合利用には必須だ。仮想環境製品を中心に多数の技術が登場している。4つめは運用体制の強化。クラウドはアウトソーシングと違う。総合的な運用責任は利用側にある。運用基盤の確立と地力強化。これを補う第三者サービスや管理機構を付加したパッケージ型のサービスも選択肢になる。
そして5つめは全体像を描き、常に状態を把握すること。クラウドに限らず、複数を組み合わせて求めるシステムを実現する今日のIT化には、全体像とその構成の把握は不可欠であり、IT部門にとって最大の役割となる。
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