業務のシステム化は効率性や利便性を高める半面、副作用ももたらす。その1つが業務の基本やノウハウを喪失しかねない問題だろう。この副作用をできるだけ小さくするには、どうすればいいだろうか?1つのヒントになりそうなのが、業務パッケージベンダーのワークスアプリケーションズが2013年から始めている「業務の基本を教える学校」である。
業務のIT化に伴う副作用として、次のようなケースは、さほど珍しくはない。(1)何らかの要因でシステムが止まると業務が全くできなくなる、(2)システム任せなので、ある数字が、なぜその数字になったのかを業務担当者が説明できない、(3)数年前に導入したシステムを改変する際、業務担当者が業務処理の内容を説明できない--。
ある製造業のCIO(最高情報責任者)は、こんな話も打ち明ける。「生産管理をシステム化する計画があったのですが、『出来る限り自動化を進める』という目標があったのでストップをかけました。自動化すれば早く、確実に業務を進められるかも知れません。しかし何年か経つと業務をどのように遂行していたのか、誰も分からなくなる。その可能性を考慮したのかどうかに疑問があったからです」。
だからといってシステム化を止めてしまえば、本末転倒になりかねない。この製造業では、システムと人の役割分担を見直してシステム化を進めたという。だが、それで万事問題なしとはいかない。
人事担当者が給与・賞与の計算方法を知らない!
ワークスアプリケーションズのカスタマー事業本部長を務める豊田修弘氏によれば、「10年以上、当社の人事・給与システムを使い続けている企業では担当の方も変わります。3代目や4代目になるとシステムを使うのが当たり前で、業務の仕組みが分からなかったり、システムの設定がなぜそうなっているのかを理解していない方が増えてきます」と話す。
ここで人事や給与の業務とは、新入社員の入社時に必要な業務にはどんなものがあるか、住民税や社会保険の仕組みや手続きはどうなっているか、給与や賞与の計算はどんなデータをもとにどう算出されるか、といったことだ。企業の人事担当者には欠かせないにしろ、基本的な項目であることも事実。専門会社による教育研修などが提供されていそうだ。
だが実際には、「組織戦略や人材育成に関わるセミナーや講習会はたくさんありますが、人事の基本となると皆無に等しい。大学に経営学はあっても“人事学”はありません」(豊田氏)。そのため、「ユーザー企業の人事部長も悩んでいて、『御社が教育してくれないか?』と頼まれるようになりました」という。
そこでワークスアプリケーションズが企画したのが、教育コース、「<学校>COMPANY人事・給与講座」である。同社製品を利用する企業の人事担当者を対象に、仮想の企業を設定して給与規定と社員台帳、それに必要な設定を施したCOMPANYベースのシステムを用意。これを使って、4月から12月にかけて人事部が行う業務シナリオを実習しながら学んでいく。
業務シナリオには、月ごとに想定される業務を盛り込んである。例えば4月のシナリオには、新入社員の受け入れに必要な情報、すなわち社員番号や住所、社会保険、給与振り込み口座などの登録や昇格発令の登録などがある(図)。6月には住民税、社会保険、給与計算、賞与計算といった業務を割り当てている。豊田氏は、「4月から12月に発生する主要な業務を盛り込んだので、人事業務のA to Zを理解できる仕組みです」と説明する。
ユーザー企業のリクエストで9講座を開講
これだけだと、ごく表面的、あるいは単なるCOMPANYの実習にも思える。だが、そうではないという。
「例えば社会保険料の算出です。あまり知られていませんが、前年度の年収などではなく、4月、5月、6月の3カ月の給与平均を元に10月からの保険料に反映する仕組みなんです。意図的にこの3カ月の給与を減らし、その分を後で支給するといったコントロールができるので、制度上は但し書きが山のようにあります。この複雑さが社会保険労務士という専門人材の仕事がある一つの理由ですが、人事担当者なら、こういったことも知っていなければなりません。これも業務シナリオに組み込んでいます」(豊田氏)。
教育コースは昨年5月に開講。1回あたり13時30分~19時の5時間半で週1回×8回。延べにすると44時間になり長時間だ。受講料9万8000円も徴収する。にもかかわらずユーザー企業からは好評で、「これまでに9講座を実施し、合計で140名が受講しました。当初は当社の営業がアプローチしましたが、現在はユーザー企業からの問い合わせやリクエストを受けて開催している状況で、結果として講座の開催頻度は2014年に急増しています」(同)。それだけ問題意識を持つ企業が増えている可能性があるわけだ。
ところでワークスは、人事・給与専門の会社ではない。会計や販売管理、生産管理などのパッケージも手掛けている。これらの業務分野における同様の教育コースは、どう考えているのだろうか。豊田氏は、「会計など他の分野の展開も検討はしています。しかし、それよりも企業の要である人事・給与を深掘りする方が先決ではないかと考えています。例えば海外の先進企業を調査し、その上でディスカッションするような教育コースです」と答える。
つまり、生産や販売業務を想定した教育コースはあるとしても、まだ先である。システム化が引き起こす副作用である業務ノウハウの喪失問題は、そう簡単には解決できないようだ。