[市場動向]
クラウドやIoTは何を引き起こすのか?─米国トップエンジニアが語る「これからのIT」
2014年9月12日(金)情報サービス産業協会(JISA)
情報サービス産業協会(JISA)は2014年5月26日、「アメリカのTOPエンジニアとこれからの『IT』」を語り合おう」というイベントを開催。当日の討論の模様を会報誌「jisa quarterly 2014 Summer」(No.110)に収録している。ITリーダーにとっても示唆に富む内容が含まれているので、同協会の許可を得て転載する。
はじめに
コンピューティング・コストが極限まで安くなると何が起きるか? あらゆるモノがインテリジェントになるとどうか? そこまで行かないにしても、クラウドの進展は企業に何をもたらすのか? そして、アプリケーション(ソフトウェア)開発のスタイルはどうなっていくのか?
──こうしたことを探るため、米国のIT/ソフトウェアの先端動向に詳しい成本正史氏(米マイクロソフト パターンズアンドプラクティス シニアプログラムマネージャー)を招いた討論会「アメリカのTOPエンジニアとこれからの『IT』を語り合おう」を、情報サービス産業協会(JISA)が実施した。聞き手はJISA副会長の横塚裕志氏(元・東京海上日動システム社長)、コメンテータは細川努氏(アーキテクタス代表)である。
ある種の極論が含まれるが、それでも成本氏の話は示唆に富む。「今までもソフトウェアは重要だったのですが、これからはソフトウェアが企業の優劣を決定づけるようになります。IT を活用できている会社とできていない会社では、当然できている会社が勝つわけです──<中略>──ITが利益を生むので、コストダウンするのではなくて、ITに倍払ってもいいから、例えばエネルギー効率を2倍改善してくれということになってくるのです」といった下りがその1つだ。
そこでJISA会報(2014 Summer)に掲載された討論会の記事を、同協会の許可を得てそのまま転載する。なお、この記事の想定読者は情報サービス企業の経営層であることに注意頂きたい。ユーザー企業のCIOなどITリーダーの方々には多少違和感のある記述もあるが、そこは読み飛ばして頂ければ幸いである。
なお、記事は3回に分けて掲載し、本稿はその「第1回」となる(本誌)。
横塚 日本のITはアメリカ、ヨーロッパ、あるいはアジアの最先端のITの世界と比べて、やや遅れ気味ではないかという問題意識から、米国マイクロソフトコーポレーションのTOPエンジニアとしてご活躍中の成本様をお招きしました。それでは成本様、自己紹介からどうぞ。
成本 成本正史です。1988年に横河電機に入社し、ファクトリーオートメーション、当時はSCADA(Supervisory Control and Data Acquisition。産業制御システムの一種)と呼ばれるものを、パソコンで開発していました。当時のWindowsに備わっていた世界最先端の分散COM(Component Object Model)という技術を使って製品化し、VisualBasicを採用して技術的には非常に自信があったのです。
しかし結果としては、アメリカの別の会社の取り組みが非常に注目を浴びてしまいました。そうした経緯もあって、このまま地味に続けるのはどうかなと疑問に思ったのです。どうせ移るのであれば、一番目立ちそうなところに行ったらいいのではないかという単純な理由で、マイクロソフトに移りました。
職歴で言うと最初はプログラマーとして働き始めたのですが、途中でテスターもやり、エバンジェリスト、コンサルタントと技術的なところは一通りやって、いまのところプロジェクトマネジャーが面白いので、しばらくはこういう感じで続けようかなと思っております。
部署はパターンズアンドプラクティスというところで働いています。パターンは文字どおりデザインパターン、プラクティスはアプリケーション開発のガイドなどを提供する専門の部署です。
横塚 続いて、アーキテクタスの細川様。
細川 日本総合研究所で20年ぐらいエンジニアをやっていました。9年ぐらい前に独立して、大手ユーザー企業のシステム構築へのアーキテクチャコンサルティングをするかたわら、政府CIO補佐官として総務省におけるシステム構築などのPMOを担当させていただいております。
横塚 「今後ITの世界に起きること」というテーマで、成本様から今後ITの世界で起きることについてお話しいただき、その後で質問していきたいと思います。
成本 最初にコンシューマ向けと企業向けで大体こういうふうになるだろうといったあたりを皆さんに紹介したいと思います。ここから先の話はマイクロソフトの見解ではなく、あくまで個人の考えだという点を予めご了承ください。
コンピューティングの無料化
成本 フェイスブックに「DroneProject」という、無人飛行機を飛ばし、Wi-Fiをビームで提供して、インターネットへのアクセスをタダにするプロジェクトがあります。Googleも同様の試みをしています。これらは途上国向けに限定されてますが、ポイントは今後ネットワーク環境が限りなく無料もしくは非常に安価になるだろうということです。
このネットワークの無料化は、非常に大きな鍵になると思っています。ストレージはもう無料化の方向に進んでいます。すでにギガバイトの単位がタダで提供されていて、テラバイトまで無料というのもそう遠くはないでしょう。
そうなれば残りはコンピューターの計算処理だけですが、これもほぼ無料で提供されるようになると思っています。すべてクラウド上で実行してしまえばいいことなので、いまパソコンやデバイスで実行している処理も全部クラウドに移して、マルチテナント環境で、ユーザーが必要なときだけコンピューティングパワーを提供すれば、それほどコストはかかりません。
なぜタダにするのかというと、タダにすることによって他に儲かるビジネスがあるからです。なぜグーグルがGoogleDocsをタダで提供できるかというと、広告ビジネスのほうがソフトウェアビジネスの5倍大きいからです。この次のセクションで詳しくお話しますが、今後は広告よりよほど大きなビジネスが待ち構えています。
コンピューティングの無料化によって何が起きるのでしょうか。今日の時点でPCがすでに20億台、スマホを含めた携帯が50億台、人口は70億人です。今後の伸びをみると、あと5年、2020年までにスマートデバイスと呼ばれるものが500億台まで増えます。それらで使われているスマートな小さなチップも含めると5年以内にスマートデバイスは10兆個になります。
そうなるとデバイスはありとあらゆるところにあり、コンピューティングが無料なので、どこからでもコンピューティングにアクセスする時代だということです。またありとあらゆる事象がデータとして取り込まれ、分析されることにもつながります。
さてスマートデバイスとよく呼ばれますが、スマートとは何なのかを定義してみます。インターネットに接続されているのが第一条件です。二つ目は各種センサー、カメラといったインテリジェントな部品が高度に集積されていることです。スマホなどを見ても、ジャイロがあり、GPSがあり、カメラがあり、マイクがある。そういうものが全部集積されています。三つ目が非常に重要な条件ですが、APIが公開されていて、外部デベロッパーが高度に集積された部品を使って新しい使い方を提供できることです。僕はここまでを含めてスマートデバイスだと思っています。
同じことがテレビでも起きます。サムスンはスマートテレビを始めていて、スマートテレビ用のアプリケーションが何千、何万と開発されています。これは自動車でも起きます。自動車から上がってくるデータを分析して、より運転技術を向上させるようなサービスとか、ドライビングパターンから保険料を直接決めるということが、すでに行われています。
今後、ほぼすべてのデバイスがスマート化されるわけですが、スマートデバイスにおいてはソフトウェアが競争力、優劣を決めます。iPhoneとか、Androidとか、WindowsPhoneなどの成功を決定する要因はいくつかありますが、デバイスがハードウェアとして優れているかどうかは一つの要素でしかありません。
より大きな要素としては、iOS、Android、Windowsという3つのOSに紐付いたマーケットプレイスなり、そこで売買されているアプリケーションなり、オンラインサービスなりであり、それらが全体の価値を決めるのです。ハードウェアとしての優劣だけではなくて、ソフトウェア、対応サービスを含めたところがデバイスの優劣を決めています。つまりソフトウェアが大きな役割を果たしているということです。
オンラインビジネスの爆発的増加
成本 デバイスの増加、コンピューティングの無料化を経て、次に起きるのはオンラインビジネスの爆発的増加です。アメリカの小売り全体に占めるeコマースの割合は、図1のグラフの通り伸びています。
アメリカが一番多いのですが、それでも小売り全体の6%。94%はまだオンラインになっていないのです。だから僕はまだ伸びる、爆発的に増加すると見ています。全デバイスが常に使える環境になって、ネットワークもタダ同然になれば使わない理由がなくなるからです。
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これはよく全業種での「アマゾン化」と呼ばれています。すべての業種とは何かというと、例えば銀行です。実店舗が要らなくなり、銀行はほぼすべてオンラインになるでしょう。
教育もオンライン化します。これもアメリカでは既に起きています。ハーバード大学などの非常にクォリティの高いコンテンツに安価にアクセスできるようになっていて、年に何百万円もかけて大学に行く必要がなくなります。
医療も遠隔でできるようになってきています。例えば、スマ-トフォンに血圧モニターなどのセンサーをプラグインして、自分で血圧、体温その他バイタルデータを測って、そのデータがそのまま病院なり医者に直接送られて、診断してもらいます。そのデータは自動的に処理されるので、病院に行く必要がないのです。本屋はすでにオンライン化されているし、グローサリーストア、レストランもいずれそうなります。
配達をどうするかというと、アマゾンがとっくに考えています。有名なのでご存じの方も多いと思いますが、小型の無人ヘリコプタ(Drone)で配送センターから皆さんの自宅に30分ほどでものを届けます。技術的にはもうできています。なぜ広まっていないかというと、法的整備が必要なので、アメリカの議会で議論しているということです。
もはやオンラインに移行することが大前提であって、それに対して何か阻害する要因があれば、それを解決していくところがビジネスチャンスになります。全業種がアマゾン化するというのは、アマゾンが全部やりますと言っているわけではなくて、アマゾンみたいな会社がどんどん増えるという意味です。
オンラインですべてのビジネスを提供すれば、いまの小売全体のビジネス規模がオンラインサービスの規模になるので、インフラをほぼ無料にする代わりに、オンラインビジネスで稼ぐことになるでしょう。
コンテンツやアプリを無料にして広告収入で稼ぐモデルが、今度はオンラインビジネスというはるかに大きなスコープで起きるということです。そこで重要になってくるのがオンラインビジネスのためのプラットフォームです。
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