移動体通信機器メーカー大手であるスウェーデンのエリクソン(Ericsson)が、クラウドコンピューティングを含めたITサービスに大きく舵を切っている。2015年3月には、データセンター用のコンバージドシステムとなる「Ericsson HDS (Hyperscale Datacenter System) 8000」を発表した。エリクソンは、どんなITサービス事業者を目指しているのか。日本市場における舵取りを担うマイケル・エリクソン(Mikael Eriksson)氏と野崎哲氏の2人の代表取締役社長に聞いた。(聞き手は志度 昌宏=IT Leaders編集部、文中敬称略)
──ITサービス事業を強化していると聞くが、移動体通信機器大手というエリクソンのイメージからは遠い。
マイケル・エリクソン(以下、エリクソン) 2015年に創業139年を迎えるエリクソンは、確かに重厚長大なイメージが強いかもしれない。だが、これまでも常に変革を続けてきたし、そのスピードは増している。例えば、ここ10〜15年で、全売上高にハードウェア事業が占める割合は73%から34%に下がっている。つまり、既にソフトウェアやサービスの売り上げが過半数を占めている。そうしたDNAを持つ当社が今、目指しているのが総合的なICT企業への変革である。
これからの社会は、当社のビジョンでもある「ネットワーク社会」になっていく。当社はこれまで、携帯電話同士をつなぐための機器を提供してきた。今後は、接続することによって利点が得られるものは、すべてつなげていく。そのためにはクラウドコンピューティングやビッグデータのアナリティクスといった機能/サービスも提供するということだ。
野崎 哲(以下、野崎) 「エリクソンの変革」といってもドラスティックなイメージはないだろう。スウェーデンの企業らしく、地道にコツコツと変わってきたからだ。その結果として、世界180カ国で400を超える通信事業者を相手に事業展開が出てきている。「移動体通信のナンバー1」にこだわるような体質ではない。
変革の裏側では、常に先進的な市場における先進顧客のニーズに正対する姿勢がある。「ネットワーク社会」というビジョンなども、米AT&Tが2013年ごろから取り組んでいる「Domain2.0」というプロジェクトに早期に参画したことがベースにある。そこから研究開発やビジネスの方向を決めている。
AT&TのDomain2.0は、各種のネットワークサービスをIP(Internet Protocol)ベースでクラウド化を図るというもの。基盤技術には、SDN(Software Defined Network)やNFV(Network Fabric Virtualization)などを使うが、単純に通信サービスだけを提供するものではない。主要顧客のニーズに対応するためには、当社もサービス提供者に変わらなければならない。
業種別クラウドサービスは提供済み
既に、業界別のクラウドサービスを提供している。その1例が、船舶業界に向けた「Maritime ICT Cloud」や「Connected Vessel」だ。前者は、港から船舶会社、船舶、ターミナルなど船の運航に関する全ステークホルダーが情報を交換/共有するためのサービス、後者はコンテナ管理のサービスだ。船舶に基地局を設置し、衛星を使って航行位置を把握したり、最適な運航経路を導き出したりする。
デンマークの大手海運会社であるマークスラインが顧客の1社だ。船舶は、港ムダに停泊すると停泊料が発生するため、遅く着くのはもちろん、早く着くのも良くない。同社は両サービスによって、燃料費を20%削減できているほか、積み荷である生鮮品を破棄する率も大幅に削減できている。
この他にも、自動車業界向けの「Connected Vehicle Cloud」や、業種別サービスの共通基盤となる「Ericsson Cloud」などもある。こうしたサービスを提供するために、コンサルティング部隊とSI(System Integration)部隊ももっている。SI部隊は全世界で1万6000人が所属する。
エリクソン 顧客が求めているのは常にソリューションだ。当社の事業構成がソフトウェア/サービスにシフトした一因もここにある。通信事業者は、移動体通信のための機器が必要なのではなく、サービスを提供したい。だから当社は、通信機器を販売せず、それらを通信事業者に代わって自ら運用し、サービスだけを提供する割合が増えている。当社が運用する移動体通信サービスの利用者数は世界で10億人に上る。
この流れは、通信事業者でも一般企業でも変わらない。特定業務のためや個人用のアプリケーションになれば別の専門性が求められるが、PaaS(Platform as a Service)やSaaS(Software as a Service)などプラットフォーム(基盤)の提供においては当社の強みが発揮できる。
──2015年3月には「Ericsson HDS (Hyperscale Datacenter System) 8000」を発表した。コンバージドシステムも今や激戦区だ。クラウドサービスを提供するにしても、基盤用のハードウェア/ソフトウェアまで自前で抱える必要があるのか。
エリクソン 戦略の実行に必要な部分は自ら取り組む。当然、オープンに基づく競争は大いに歓迎するし、競業のほうが優れていれば協業もする。
HDS8000は、米Intelの「Rack Scale Architecture」に沿った製品であり、当社のサービスの重要なコンポーネントになる。サーバー、ネットワーク、ストレージを統合し、ソフトウェア定義型の「Software Defined Infrastructure(SDI)」を実現する。管理用のソフトウェアも組み込んでいる。通信事業者がサービス事業を提供するための基盤にもなれば、一般企業が利用する基盤としても提供する。
ルーターやスイッチといった通信機器の分野でも、Software Defined(ソフトウェア定義)による汎用品の使用が広がっている。その一方で、汎用品を使用することによる問題も浮かび上がってきている。例えば、製品のライフサイクルが3〜4年と短く、サービスビジネスの投資サイクルに合わないなどだ。だから当社としては、汎用品で十分な部分は汎用品を採用するが、拡張性が重視される部分は自社開発する。
自社開発のための研究・開発には年間50億ドル(6000億円強)を投資している。研究者も2万6000人に上る。彼らはスウェーデンのほか、米シリコンバレーにある研究拠点で、次世代にプラットフォームの研究・開発に取り組んでいる。
──ネットワークサービスとコンピューティングサービスの境界がなくなってきているのは分かるが、コンピューティング分野では米AWS(Amazon Web Services)や米Googleといった巨人が先行する。
エリクソン ネットワーク社会で求められるのは、人やモノがどう動くかを、いかに最適なコストで把握するかだ。そのためには、コミュニケーションを理解することと、そのために効率が高いネットワークが必要になる。クラウドサービスを展開するにしても、これまでの通信分野での経験が生かせるし、差異化要因になる。
例えば、昨今話題のIoT(Internet of Things:モノのインターネット)を考えてみたい。自動販売機の売り上げデータを収集するのなら既存の通信インフラでも十分かもしれないが、自動車の自動運転になれば、通信にもリアルタイム性が求められるし、信頼性に対する要求も高くなる。またIoTではセキュリティも重要な構成要素だが、これも通信を基盤としたテクノロジーである。
野崎 通信/ネットワークと一口に言っても、移動体通信は目に見えない部分があるだけでなく、エンドツーエンドでサービスを提供するための仕組みだという特徴がある。これは、ネットワーク社会における全サービスに通じるものだ。
別の見方をすれば、IT分野に進出するからこそ、スピーディーで大胆な手が打てるとも言える。移動体通信分野で当社の競合は数社だが、IT分野では星の数ほどになる。だが、新規参入者の当社は、過去のしがらみも現在、収益源になっているビジネスモデルもない。失うモノがないことが、大きな推進力になっているといえる。
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