[イベントレポート]
「データ基盤に統合されたAIで誰もがディスラプターになれる」─IBMロメッティ会長
2018年3月23日(金)河原 潤(IT Leaders編集部)
「第3の“指数関数的シフト”が始まった。IBM WatsonのAIとデータプラットフォームの完全な統合で、誰もがディスラプターになれるチャンスがある」。2018年3月19日~23日(米国現地時間)、米ネバダ州ラスベガスのマンダレイ・ベイ・ホテルで米IBMの年次ユーザーイベント「IBM Think 2018」が開催された。同社会長・社長兼CEO、ジニ・ロメッティ(Ginni Rometty)氏の基調講演から、企業にとって今後重要になりそうな示唆を紹介する。(IT Leaders 編集委員 河原 潤=ラスベガス)
「人とマシン」の協働で獲得するビジネスの最適解
IBMが促す、AIとデータへの一体的な取り組み。着手にあたって企業はどんなスタンスで臨むとよいのだろうか。ロメッティ氏は着目すべき観点として「変局点(inflection point)」という言葉を用いて、企業個々のビジネス、社会全体、そしてそれらの取り組みを支援するIBM自身、それぞれの変局点について説明した。以下にビジネスと社会にとっての変局点について要旨をまとめた。
ビジネスにとっての変局点
まず、AIとデータの最大活用に向けて、その基盤となるデジタルプラットフォームの確立が必要だ。これは対象・用途に応じて複数のプラットフォームを持つことになる。「Workday」や「Salesforce.com」を導入している企業は多いが、それらのプラットフォームにもWatsonが組み込まれている。
何より重要なのが、取り組みを「人だけ」「マシンだけ」ではなく、必ず「人とマシン」の協働でやっていくこと。人とマシンの共存の時代を迎えている。IBMが行った調査で、人とマシンを組み合わせたほうが、人だけマシンだけより、適切な解が得られることが証明されている。
フランスのテレコム企業によって設立されたオレンジ銀行(Orange Bank)はすでに、業務処理の50%にWatsonによるAIを用いている。また、フランスの銀行クレディ・ミュチュエル(Credit Mutuel)では、カスタマーサービス部門のスタッフ自身がよりよい仕事を行うためにWatsonを選択した。毎日顧客から届く膨大な問い合わせの大半をWatsonのAIエージェントが回答し、必要なところはスタッフが回答している。同社スタッフは、自分たちの仕事を助けてくれるAIとの“協働”に非常に満足しているという。
社会にとっての変曲点
データ/AI技術の成熟は社会を変革する最大のチャンスであると同時に、種々のリスクも孕んでいる。データに関する社会的責任の最たるものは、プライバシー情報をはじめ、クリティカルなデータをいかにセキュアに保護するかである。IBMは、データプリンシパルと呼ぶ、AIとデータの時代におけるデータ保護の原則を策定している。
そのプリンシパルの中で、IBMはみずからを、社会や企業のビジネスを支援するポジションにあることを明確に宣言している。例えばWatsonの活用で顧客が作成したAIエージェントは当然ながら顧客に帰属する。この関係性の順守によって、顧客とIBMのビジネス方向性が完全に一致する。
量子コンピューティング(Quantum Computing)のような次世代技術の実用化も見え始めたとことでの最高レベルのセキュリティにまつわる問題も今後顕在化する。量子コンピュータの性能はこれまでのコンピュータの常識が通じない破格なものであり、これで既存の最高レベルの暗号化が突破される懸念がある。一方で、量子ビットの演算でも破れないLattice-based Cryptography(格子暗号)などの技術もあり、コンピュータセキュリティが社会や国家の安全性に対してこれまで以上に深く関わってくることになることに留意すべきだ。
社会へのインパクトでいうと、データとAIの時代の職や雇用に関する心配の声は大きい。AIの普及でどれぐらいの雇用がAIで失われるかといった調査をよく聞くようになった。だが、IBMはそれらとは違う将来を見ている。
AIに職を奪わるという価値観で勝ち組と負け組がはっきり分かれてしまう将来に希望はない。AIとデータの力を借りて、その時代にふさわしい新しいスキルを皆が取得できるような世界をIBMは目指している。ブルーカラーでもホワイトカラーでもないニューカラーの創出が必要だ。人種、性別の区別なく、皆が生涯的な新しいニューカラースキルを獲得できるような手助けを行っていく。