工業製品の設計を支援するCAD、その登場は1960年代にさかのぼるが、技術的な成長はまだ終わっていない。米国に本社を置く、世界的リーダー企業の1つであるPTCは技術革新への投資に精力的で、クラウドやAIなどの先進技術がCADにも変革をもたらしている。CAD市場の現在地と今後の展開について話を聞いた。
CADは技術革新を続ける成長市場
1960年代に登場したCADは、IT市場においては比較的古株で、すでに市場は成熟しているイメージがある。しかし、「CADの成長は、まだ半分も終わっていない。今でも私たちは多大な投資を行い、驚くべき技術革新を続けている」と説くのが、米PTCで社長兼CEOを務めるJim Heppelmann氏(写真1)だ。
「CAD(コンピュータ支援設計)の市場は年率3~5%成長ほどで推移している。こうしたなかPTCは、新たな設計手法やクラウド化などの革新的な取り組みが市場に受け入れられており、市場全体よりも早いペースで成長している」――。PTCジャパンでビジネスデベロップメントディレクターを務める芸林盾氏(写真2)は、現在のCAD市場をこう説明する。
PTCは、CADの世界で革新を続けてきた。3D(3次元)CADにおいては、寸法などの数値(パラメータ)を変更することによって3Dモデルを設計する“パラメトリックモデリング”と呼ぶ手法の先駆けとして市場を形成してきた。CADソフトウェアの「Pro/ENGINEER」(現在の「Creo Parametric」)は、画期的な方式としてユーザーに広く受け入れられた。「それから何年も経った現在も、多大な投資を行い、技術革新を行っている」とHeppelmann氏は説く。
2007年には、1からモデルを設計するダイレクトモデリング技術を持つ独CoCreateを買収し(現在の「Creo Elements/Direct」)、製品開発に携わる個々の役割に応じたアプリケーション群を開発した。PTCは、これらの新しい機能群を「Creo」と名付け、2011年に最初のバージョンをリリースした。「Creoの発売は、CAD市場において大きな技術的進歩をもたらした」(Heppelmann氏)。
2019年には、Creoとは別ラインのCAD製品として、クラウド型CAD「Onshape」を買収した。これに伴い、クラウド基盤「Atlas」を手に入れている。「現在、PTCの全事業の約15%がSaaS型で動いている。5年後には33%をSaaSに乗せる」(Heppelmann氏)。「クラウド基盤を活用した共同作業によって、働く場所を選ばないリモートワークが実現する」(芸林氏)。
芸林氏は、今後の製造業には、上流の設計情報であるCADデータの活用が重要だと説く。「企業の変革には、デジタルデータをどう流通させるかが大切。CADデータが製造業の業務プロセスをつなぐ。出社しなくても、どこからでも同じ品質の仕事ができるようになる。こうした方向でCADの市場は成長を続けている」(芸林氏)。
革新に投資しジェネレーティブデザインを実現
PTCの技術革新は、現在も継続している。2020年にリリースした「Creo 7」では、モデルの設計方法をさらに革新する“ジェネレーティブデザイン”と呼ぶ手法を取り入れた。「数値による設計も革新的と言われたが、ジェネレーティブデザインは次世代のCAD。設計方法が変わる」(芸林氏)と力説する。
ジェネレーティブデザインは、数値(パラメータ)による設計ではなく、条件を入力するだけで自動的にモデルを生成する。「これだけの力に耐えられるようにしたい」「振動を抑えたい(固有値の指定)」といった要件や、作り方(3Dプリンタ、溶かして型に入れて造形する鋳造、削って加工する切削など)の指定だけで、モデルを作成してくれる。
「ジェネレーティブと呼ぶ所以は、複数の設計案を出していけること」と芸林氏は説明する。ジェネレーティブデザインでは、「条件をこう変えたときに、どうなるのか」といった視点で、複数の設計オプションを提供し、これらの中から最も適した設計を選択する。こうした流れの中で、新しい考え方や、新しい設計思想に気付くことができる。
最新技術を改良しユーザーの声に応える
2022年5月には、Creoの最新版にあたる「Creo 9」をリリース。バージョンアップのポイントは、大きく2つある。1つは、従来版(Creo 7)で追加した最新技術(ジェネレーティブデザインやリアルタイム解析、3Dプリンタ対応など)を進化させて改良したこと。もう1つは、Creoユーザーから届いた要望に応えたことである。
ジェネレーティブデザインはこれまで、構造解析の用途にしか使えなかった。Creo 9では、固有値(固有振動数)解析、つまり振動現象の解析も可能にした。リアルタイム解析も強化し、連成解析、つまり複数の物理現象が互いに及ぼす影響を考慮した解析を可能にした。例えば、熱が上がることで派生する現象として、形状の変更による応力や変位を解析できるようになった。
一方、Creoのユーザーは、米PTCのユーザーコミュニティ内で使われているアイディア投稿サイトに日々要望を上げている。あるユーザーがアイディアを投稿し、これに別のユーザーが投票できる仕組みである。Creo 9では、ここで得たアイディアの多くを実装した。「Creoを日常的に使っているユーザーにとってメリットがあるバージョンになっている」(芸林氏)。
Creo 9では、人間工学を考慮して設計する機能(ヒューマンファクター機能)も、より使いやすくした。例えばある農機具メーカーは、農機具の運転台から稲をカットしている様子が見えないという課題を解決するため、Creoで操縦者の身長や足の長さ、重さなどの設定をカスタマイズして、どうすれば見えるようになるかを考慮した設計を行っている。
3DAモデル(3D Annotated Models:3D製品情報付加モデル)も扱えるようにした。3DAモデルとは、3次元の形状モデルに寸法、数量といった構造特性(アノテーション)、あるいはモデル名、作成年月日などのモデル管理情報を付与したモデルのことで、3次元モデルにアノテーションや注釈(シンボル)を自由に追加できるようになった。作成した3Dモデルを製造工程で利用する際に、シンボルに含まれるパラメータをそのまま製造工程で使える。従来は人間が関与しなければならなかった上流と下流のデータ連携を自動化できる。
2022年中には、クラウドを活用した新たなサービスを提供する予定だ。「現在、Creoの技術サポートに届くサポート依頼は、製品のインストールやライセンス管理に関するものが多い。こうした案件をクラウドで管理できるようにするオプションを提供する」(芸林氏)。また、Creoに今後追加する新機能は、オンプレミス版だけでなく、SaaS型クラウドサービスの形でも利用できるようにしていく予定である。
なお、PTCジャパンでは「Creo日本語特設ページ」を設置したほか、Creoの知られざる機能や使い方などの動画を「クリオの部屋」(画面1)で順次公開しているので参考にしていただきたい。
関心が高まるクラウド化/SaaS化の需要に応える
クラウド対応を強化する背景の1つに、ユーザーのクラウドへの関心が高まっていることが挙げられる。芸林氏によると「新型コロナウイルス(COVID-19)の流行によってワークスタイルが変わったことを受けて、クラウドの需要が格段に増えた」という。クラウドに対してセキュリティ面で不安を持つ人が減ったこともクラウドを推進する要因のひとつと考えられる。むしろ、「クラウドへの移行によってセキュリティの運用をクラウド事業者にアウトソースすることで、セキュリティが高まる」(芸林氏)。
Creoは、オンプレミス環境だけでなく、任意のIaaSクラウドサービスで動作させることが可能である。これに加えてPTCは、Webブラウザからクラウドにアクセスするだけで使えるSaaS型のCADソフトウェア、「Onshape」にも力を入れている。OshapeはPTCのSaaS型製品を支えるクラウド基盤、Atlasの上で動作する。
OnshapeとAtlasの機能の多くは、Amazon Web Services(AWS)上の分散コンピューティングモデルの上で動いている。例えば、データを保存・管理するサービス、ユーザーを管理するサービス、ワークフローやコラボレーションのためのサービス、などがAWS上で動作している。プラットフォームとしては、AWSのほか、Microsoft Azureにも対応している。
Atlas上では、Onshapeだけでなく、他のPTCソフトウェアも動作する。例えばCreoの機能のうち、ジェネレーティブデザイン機能は、すでにAtlas上で動いている。CAD以外の機能では、例えばデータ管理機能やAR(拡張現実)ソフトウェア、PLM(製品ライフサイクル管理)ソフトウェアなどもAtlas上で動いている。
「PTCの製品の多くを、クラウド基盤のAtlas上で動かすことを想定している」とHeppelmann氏は考え方を示している。「現在、PTCの全事業の約15%がSaaS型で動いている。計画では1年あたり3~4ポイント成長させ、5年後には33%をSaaSに乗せる予定だ」(Heppelmann氏)。Creoが今後リリースする新機能についても、オンプレミスだけでなくSaaS型でも使えるようにする予定である(図1)。
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コラボレーティブな共同作業を容易にするOnshape
Onshapeを使うにあたっては、クライアントPC側に専用のソフトウェアは必要ない。Webブラウザがあれば利用できる(スマートデバイス向けにはモバイルアプリも用意している)。必要な機能をすべてクラウド側で提供するためシステム管理なども不要で「TCOを削減できる」(芸林氏)。
Onshapeの最大の特徴は、複数のユーザーが共同で作業できるように、コラボレーションのための機能を標準で組み込んでいることだ。開発している3Dモデルのバージョンを分割し、同時並行型で開発する、といったことが簡単にできる。開発メンバー間でデータを共有し、議論を交わしながら共同で開発するスタイルがとれる。「従来の紙ベースのバージョン管理とは全く異なる」とHeppelmann氏は指摘する。
「OnshapeはCreoの代替え品ではなく、顧客が抱える別の問題を解決するもの」とHeppelmann氏が強調するように、Onshapeは、ライフサイクルの短い製品を開発する企業に向いている。「スタートアップ企業や、スタートアップ企業のように柔軟で機敏に行動する企業に向いている。ユーザーの1社である独BMWは大企業だが、スタートアップ企業のようにビジネスを動かしたいと思いOnshapeを採用した。多くの大企業はスタートアップ企業のように、よりアジャイルな働き方を目指すべきだと考えている」(Heppelmann氏)。
米国の教育現場ではSaaS型への切り替えが加速
Onshapeはクラウド上でデータを共有できることから、CADの教育現場でも積極的に使われている。「COVID-19の影響で世界中のほとんどのCADの授業が、ある日突然休講になった。ところが、Onshapeであれば学生はどこでも作業ができるので、授業を問題なく続けることができた」とHeppelmann氏は説く。
「授業が終わった後、学生が図書館でノートPCを開くと、授業で開発したモデルを見られる。バスで帰宅途中も、スマートフォンでモデルに変更を加えられる。家に帰れば、自宅のPCを使い、最新のモデルを呼び出して操作できる」(Heppelmann氏)。こうして作成した3Dモデルは、クラウド上で教師と共有できる。
米国では多くの学生や教師がOnshapeに切り替えており、リリース後数カ月で100万人以上が導入した。数年前までは20万人程度だったOnshapeユーザーが突然100万人に増え、現在では約150万人の学生や教員が利用している。
Heppelmann氏は、PTCのもうひとつのマイルストーンとして、PLM(Product Lifecycle Management)製品のWindchillを挙げている。「PLMは、CADシステムにコンフィギュレーションの可能性を提供する頭脳と考えるべき」とHeppelmann氏は言う。「スウェーデンのボルボ・トラックは、同じエンジンを複数ブランドのトラックやバス、船に搭載しており、たった1つのエンジン工場で対応している。これが運用上の利点をもたらしているが、組み合わせは何百万通りの構成が可能となっている。Windchillはそれらすべてを管理できる」(Heppelmann氏)。WindchillはCreoとの組み合わせで何百万回、何十億回、何兆回とジオメトリを再利用することを容易にしようと試みているという。
●お問い合わせ先
PTCジャパン株式会社
URL:https://www.ptc.com/ja
問い合わせフォーム:https://www.ptc.com/ja/contact-us
Creo日本語特設ページ:https://www.ptc.com/ja/products/creo/digital-campaign-jp#YouTube
クリオの部屋:https://www.youtube.com/playlist?list=PLJ4cTu43gSpVke99Sy7YqlIK15B_nzZhq