[技術解説]

成熟度で知るSaaSの本質─アーキテクチャがもたらす特性を理解して真の実力を知る

SaaS本番へ! Part3

2009年3月13日(金)城田 真琴(野村総合研究所)

「SaaSとASPは同じもの。単に、マーケティング的な要請から新しい名前を付けたにすぎない」──。日本ではいまだに、そんな誤解がまかり通っている。しかし、SaaSがビジネスにもたらすインパクトはASPの比ではない。Part3では、SaaSのアーキテクチャを解説し、その意義を伝える。

「SaaSとASPはどう違うんですか?」──。これは、SaaSという言葉がよく聞かれるようになった2006年ごろから、筆者が最も多く受けた質問である。

総務省主催の「ASP・SaaSの情報セキュリティ対策に関する研究会」が取りまとめた「ASP・SaaS情報セキュリティガイドライン」では、ASPとSaaSを「ともにネットワークを通じてアプリケーション・サービスを提供するものであり、基本的なビジネスモデルに大きな差はない」とし、特に区別していない。総務省とASPIC(ASP・SaaSインダストリ・コンソーシアム)による「『ASP・SaaSの普及促進策に関する調査研究』報告書」にも、「『ASP』を『ASP・SaaS』と同義語として用いる」と明記されている。

上記のような抽象化したレベルで定義すると、ASPとSaaSに違いは出てこない。確かに、「ソフトウェアの機能をインターネットを通じて提供する」というコンセプトは両者に共通する。しかし、1999〜2000年ごろにブームになったASPと、ここ1〜2年で急激に注目を集めるようになったSaaSでは、そのアーキテクチャや機能面に大きな違いがある。筆者は、「ASPの進化型がSaaSである」ととらえるのが適切と考えている。

SaaSの肝はアーキテクチャにあり

では、ASPとSaaSの違いは何だろうか。最も重要なのは、「シングルテナント」のアーキテクチャだったASPに対して、SaaSは「マルチテナント」のアーキテクチャを備えている点だ(図3-1)。

図3-1
図3-1 シングルテナントとマルチテナントの違い

かつてのASPの多くは、顧客ごとにサーバー環境を割り当てるシングルテナント形式だった。少数ユーザーの顧客に対しても、サーバーやデータベースを個別に割り当てていたため、コスト効率が悪かった。

これに対し、SaaSでは複数のユーザーがサーバーやデータベースをシェアするマルチテナント・アーキテクチャを採用する。これにより、ベンダーは設備投資や運用管理費用を抑え、スケールメリットを最大化できる。そしてそれは、ユーザーに対して比較的安価な月額料金でサービスを提供することにつながる。

さらに、SaaSでは全ユーザーが同じバージョン、同じコードベースのプログラムから成るソフトウェアを使用する。これを、「シングルインスタンス」と呼ぶ。シングルインスタンスの採用により、ベンダーはソフトウェアの設計・開発作業を劇的に効率化できる。ユーザーが所有する多種多様なプラットフォーム環境を想定して設計・開発しなければならないパッケージソフトと異なり、自社のサーバー環境だけを想定して設計・開発すればよいからだ。

バージョンアップ作業の負荷も大幅に軽減される。たった1つのプログラムをバージョンアップすれば、全ユーザーのプログラムをバージョンアップしたことになる。このため、頻繁にバージョンアップして常に最新機能をユーザーに提供できる。例えば、セールスフォース・ドットコムは、アプリケーションを1年に平均3回もバージョンアップしている。

メタデータでユーザーによるカスタマイズを容易に

これまでに述べたマルチテナント・シングルインスタンス以外にも、SaaSとASPには違いがある。

第1は、カスタマイズのしやすさである。従来のASPは基本的に、ユーザー自身がアプリケーションをカスタマイズすることは不可能だった。しかし、SaaSではユーザーごとのカスタマイズ情報を記録した「メタデータ」を利用し、ユーザー自身が個別にカスタマイズできる。この仕組みにより、ユーザーは項目の追加やページレイアウトの変更、ビジネスフローの改変、データモデル(フィールドやテーブル構成など)の拡張を設定変更レベルの容易さで実施できる。メタデータはアプリケーションサーバーとは別に用意したデータベース上に保持されるので、システムをバージョンアップしてもそのまま引き継げる。

外部アプリケーションとの連携という点でも、SaaSとASPは大きく異なる。従来のASPの場合、既存アプリケーションとの連携はファイル転送ベースの単純なデータ統合インタフェースの利用が主流で、洗練されたものとは言えなかった。一方、SaaSでは、既存アプリケーションやSAP、Oracleなどのパッケージ・アプリケーションとの連携を可能とするAPI(アプリケーション・プログラミング・インタフェース)が提供されているケースが多い。

このように、SaaSはマルチテナント・アーキテクチャによりスケールメリットを最大化しながらも、メタデータによってユーザー側でのカスタマイズ性を大幅に高めた点に大きな特徴がある。図3-2にSaaSと従来のASPの違いをまとめたので、参考にしてほしい。

図3-2 SaaSとASPの違い
  SaaS 従来のASP
シングルインスタンス ×
テナンシーモデル マルチテナント シングルテナント
ユーザー側でのカスタマイズ性 ○(メタデータの採用) ×
他のアプリケーションとの連携 ○(連携用APIを公開) △(ファイル転送レベル)
操作性 Ajaxの採用などにより向上 応答性が悪く、使い勝手はいま一つ
この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
関連キーワード

SaaS / ASP

関連記事

トピックス

[Sponsored]

成熟度で知るSaaSの本質─アーキテクチャがもたらす特性を理解して真の実力を知る「SaaSとASPは同じもの。単に、マーケティング的な要請から新しい名前を付けたにすぎない」──。日本ではいまだに、そんな誤解がまかり通っている。しかし、SaaSがビジネスにもたらすインパクトはASPの比ではない。Part3では、SaaSのアーキテクチャを解説し、その意義を伝える。

PAGE TOP