ITで経営を改革/高度化するのは、人材や資金力に勝る大企業の専売特許ではない。ピリリと辛い山椒の小粒に似て、むしろ中小零細企業の方が、安く、使い勝手の良くなったITを活用している面がある。今回は福岡に本拠を置くクリーニング店と、金沢市にある自動車部品のリサイクル企業の取り組みを紹介する。
前号の本欄で説明したCIO百人委員会の発足と相前後して、日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)がCIO人材の養成を目指す「イノベーション経営カレッジ」の開講を発表。3月末には中小企業のIT経営を支援する「J-SaaS」がスタートした。いずれも経産省が陽に陰に主導、支援している。これらの動きの背景には、企業や自治体の“点”にとどまっていたIT改革の手法を横断的に広げる狙いがある。
同省が描くのは、グローバル規模の大企業と中央省庁が方向性を示し、大手・中堅企業と都道府県・政令指定都市は自力で、中小企業と小規模自治体には指導と支援で、といった構図だ。ところがどっこい、中小企業はピリリと辛い山椒の小粒に似て、IT改革の恰好のモデルである。改革しなければ生き残れないという必死さもある。
“IT出遅れ”は本当か
全国に存在する事業組織は、個人商店や休眠会社まで含めて470万事業所(中小企業庁『中小企業白書』)、会社組織は163万社(総務省『事業所・企業統計』)で、そのうち157万社(97.2%)が資本金1億円以下の中小・零細企業だという。IT、CIOといった話題で取り上げられることが多い大手・中堅企業は、全体の3%に過ぎない。
大多数を占める中小・零細企業のIT利活用のイメージは、おおむね次のようなものだろう。
- IT投資の余裕がない。
- IT化人材がいない。
- ITリテラシーが低い。
ITを活用しているのは経理業務の一部と若干の顧客管理。Webサイトやメールは使っているが、ITの事情には疎く、大口取引先に追随するのが精一杯。“ないない尽くし”の中で右往左往しているというイメージだ。157万社の多くがそうであることは否定できない。しかし母数が巨大だから、ITの利活用に成功している企業があると考えるのも妥当な推論である。
実際はどうか? 経産省が3月31日に開始した「J-SaaS」の事前キャンペーンに関わっていた筆者は、2月から4月にかけて全国各地に出向き、中小零細企業の情報化実態を取材する機会を得た。取材してみると、北は北海道から南は沖縄まで、多くの中小・零細企業がITの戦略活用に取り組んでいる。ITの利活用だけではない。これまでの社会・経済の構造を変革する新しい発想に基づいた産業モデルを形成しつつある。まさに地殻変動が静かに始まっているのだ。
今回はそんな企業から2社の取り組みを紹介する。事業モデルはもとより、安く手軽に使えるようになったITを活用する、システムは自分で設計するなど、大企業にとってもモデルにできることが少なくない。
Report 1 トゥトゥモロウ(福岡県福岡市)
クリーニング店をネットでFC展開
筆者が福岡市を訪れたのは2カ月ほど前、桜が満開のときだった。J-SaaSのキャンペーンイベントで知った、“デリバリークリーニング”というサービスを提供する会社を取材するためだ。
福岡市天神から西鉄の各駅停車に乗って4つ目の平尾駅から徒歩約10分。大通りから少し入ったところに、小さなクリーニング店がある。看板には赤い文字で「raccoon LAUNDRY」、歩道に面して「進化したシミ抜き“匠抜き”」のポスター。店に入ると、カウンター越しにビニールカバーに覆われた仕上がりの衣類がハンガーラックに並び、「会員募集中」のポップが貼られたレジの向こうで、若い女性従業員が立ち動いていた。
一見、何の変哲もない町のクリーニング屋さんだ。この店が福岡市内に直営5店舗を持ち、インターネットでさいたま市と横須賀市にフランチャイズ(FC)店を展開するベンチャー企業の本社であり、クリーニング業界に変革の波を起こしつつある発信源だとは、道行く人も思わないだろう。
御用聞きの復活が原点
社名は(株)トゥトゥモロウ。「明日へ」を意味する名前で、経営するのは坂田知裕氏。創業は1993年の11月。6年後に会社組織に改組した。現在の資本金は2700万円、従業員数は約30人である。坂田氏は起業のきっかけをこう話す。「東京の会社に就職して独り暮らしをしていた時、クリーニングの不便さを感じたんですよ。一念発起して起業したんですが、普通のクリーニング屋さんをやる気はありませんでした。お客さまが指定した時間に玄関先まで出向いて衣類をお預かりし、指定された時間にお届けするようにしたかったんです」。
共働きや単身赴任の世帯、勤務時間が不規則だったり深夜に及ぶ勤労者は多い。そういう時代の中でデリバリー型のビジネスが急成長している。「ですから当社がやっているのは、新しいビジネスモデルではありません。クリーニング業界で昔の御用聞きを復活させた。それだけのことです」。
それだけのことと、こともなげに言う背後にITの活用がある。店の奥、ストックヤードと事務所を兼ねたスペースに並ぶコールセンター・システムが同社のビジネスのコアとなっている。
システムはさほど複雑なものではない。電話で注文が入ると、パソコンにデータを入力する。するとその情報がエリア担当者の携帯電話にメールで転送される。エリア担当者は指定の時間に顧客を訪問し、衣類をピックアップする。預かった衣類には管理用のコードを付け、指定の時間に届ける。この一連の情報を社員全員が共有できるようにしたのがポイントといっていい。
「これまでの取引実績を参照できるので、去年の今ごろはどんな衣類を引き受けたかが分かる。それが現場ごと、その時どきの判断をバックアップしているんです。何でもかんでも店長、社長が指示しなければならないんじゃ、店の運営は成り立たないですから」。デリバリーだけに、料金は他店と比べて割高だ。にもかかわらずリピート客が増加しているという。
IT業界の言葉でいうと、ERP、SCM、CRMを一石三鳥で実現したことになる。坂田氏が外部のITベンダーに開発を依頼していたら、複雑で高度なデータ構造を持ち、様々な例外処理に対応できるが、高価で必ずしも使いやすいとは言えないシステムになっていたかもしれない。「投資余力はほとんどなかったので、どうすればデリバリーが可能になるかだけを考えました。使ったのは簡単な顧客データベースと表計算ソフト、あとはインターネットと携帯電話です。難しいところは専門会社にお願いしましたが、金額はそれほどでもありません」。
同社の事業は順調に推移し、質的な転換も見えてきた。「御用聞きですから、ついで、が成り立つんです。ついでに古着をリメークしくれないか、ついでに靴も磨いてくれないか、という具合です」。坂田氏は、システムを外販し、SaaSサービスを提供する新規事業を視野に入れているという。衣類という人間生活に必須のアイテムに、循環型経済の仕組みを導入する構想もある。「どこの家庭にも、タンスや押入れに入ったままの衣類が山ほどある。そこに3R(リユース、リサイクル、レデュース)の考え方を導入すれば、省資源・省エネルギーにつながっていくと思っています」。
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