【第4回】Amazonの「CIA cloud battle」が示した専門性の強み
2014年2月3日(月)入江 宏志(DACコンサルティング 代表)
2020年を見据えた「グローバル企業のIT戦略」を取り上げる本連載。IT戦略における日本と世界の差異を見極めるための観点として、第3回では、日本と海外の間にある「ITのとらえ方の違い」を考えてみた。そこには“真逆”といえるほどの違いがあった。今回は、「専門性への取り組み」について考えてみよう。日本では「専門家が育たない」と良く指摘されるが、そもそも“専門”のとらえ方から異なっているようだ。
専門性の重要性を示す事件が、米CIA(Central Intelligence Agency:中央情報局)のクラウド調達案件で起こった。ICTの世界における“専門店”である米Amazonが、米IBMを含む大手総合ベンダーに対し競り勝ったのだ。それも、“安さ”を売りするのではなく、提案内容によって勝ち取った。契約額は、10年間で6億ドル(600億円。1ドル=100円換算、以下同)で、他社提案よりも5400万ドル(54億円)も高かったらしい。
専門性がリスクをオポチュニティに変える
「CIA cloud battle」と呼ばれる、この内容を知ったとき、20年前のある言葉が頭をよぎった。筆者が某百貨店のコンサルティングに携わった際に某大学関係者から聞いた以下のコメントである。
「百貨店もITベンダーも、何でも提供していると、いずれ駄目になる。専門店を目指すべきだ。百貨店では、社員が商品展示を工夫していない。商品を展示しているのはメーカーから派遣された人だから、複数メーカーの商品を組み合わせた販売ができない」
これは、筆者が初めて有料コンサルテーションを実施した1993年の話である。それ以前は、SE(システムズ・エンジニア)の作業は、メインフレームを購入するユーザー企業に原則無料で提供されていた。某百貨店には「情報システムについて」と題し、プロトタイプ込で、かなり分厚いコンサルティング資料を作成したと記憶している。
どの業界でも、勝ち組は専門店である。百貨店を含め、何でも扱う総合店は、難しい時代を迎えている。バブル期には、小売業界では、より広い売り場面積を持つ店舗を作れば、周りの小規模な店の商品をまるごと扱えるため、「大きいほうが勝てる」とされていた。そんな時代も今では懐かしい。
CIA cloud battleを教訓に、競り負けたITベンダー各社は、ITインフラを米国連邦政府に提供する場合に必要な認証である「FedRAMP(Federal Risk and Authorization Management Program)」を素早く取得し、次の案件に備えている。リスクをオポチュニティ(機会)に変えようとするグローバル企業の前向きさは見習いたい。
なお、最近のニュースで、米国連邦政府の情報収集に対し、Google、Yahoo!、Facebook、Twitter、Microsoft、LinkedIn、Apple、AOLの米国企業8社が制限を要請したが、AmazonとIBMが、そこに名を連ねていないは興味深い。
密結合型の日本と疎結合の海外
日本人は、職務分掌があいまいで、良い意味で、自分に与えられた範疇以外の仕事もよくこなす。人間関係を大切にし、密な結合を好むといえる。データセンター業務においても同様に、ハードウェアを丁寧に扱い、壊れれば何度でも修理する。すなわち、密結合の社会である。
これに対し海外では、職務分掌が明確で、極端に言えば、職務記述書に書かれていること以外はやらない。データセンター業務では、ハードウェアは壊れれば修理せず交換する。非常に合理的と言えよう。これは、疎結合の世界であり、疎結合が故に高い専門性を求めることになる。
筆者は1989年に日本IBMに中途入社した。“桁違い”に優秀な方と仕事ができることを期待したからだ。当然、そこで出会った方々は、ほとんど全員が優秀であった。ただ残念ながら、その後の日本Oracleを含めた約23年の間に、専門性で「アッ」と驚くような方々には出会えなかった。
ところが、現職についた時に、いきなり凄い専門性を持ったコンサルタントに出会った。シンガポール在住のスウェーデン人である。入社してすぐに、彼と3カ月間の有料コンサルティングに携わったが、前職の3年分に相当する内容だった。
誤解がないように言えば、IBMやOracleに専門性が高い人がいない訳ではない。桁違いに凄い人材は、海外に出ていることが多かったのである。定年間際のIBMの方が、筆者の相談に対し、帰ってきた答えは、今も鮮明に覚えている。「優秀な人は、日本法人にもたくさんいる。だが、突出した人材は日本にはいない。いたとしても、彼らは米国本社にいる」
現在はグローバルな時代である。日本にいるかいないかは、大きな問題ではなくなってきた。だが、グローバルで通用するためには、他から認められる専門性が必要である。標準に準拠した人材ではなく、良い意味で、専門的に突出した人材が常に求められている。
プロマネは専門職にあらず?
システム開発においては、プロジェクトを管理するPM(Project Manager:プロジェクト・マネジャー)は不可欠な存在である。日本でもPM育成に力を入れる企業は少なくない。だが、海外ではIT業界を除くと、「専門がPM」といっても納得されないようだ。
コンサルタントやエンジニア、PMなど多種多様な専門家が集まる研修会のときのことだ。外人講師が、参加者それぞれに各人の“専門”を尋ねた。データベースや、ネットワーク、ERP(Enterprise Resource Planning)などと答える中で、1人が「プロジェクト・マネジメントが専門だ」と答えた。すると、その講師は困った顔になり、「プロジェクト・マネジメントは専門性ではない。あなたの専門は何ですか?」と、また質問したのである。
講師の本意は、「プロジェクト・マネジメントは誰にも必須な能力である。その上で何ができるのか」を聞きたかったというわけだ。事業推進というプロジェクトにおいて、何の領域の専門家であるかについては、PMだけでなく、多くの管理職も意識しなければならないだろう。
運用比率の高止まりの陰に“日本版DevOps”
IT部門の専門分野として、開発と運用といった分け方をしている企業は少なくない。最近は、開発(Development)と運用(Operation)を合成した「DevOps」というキーワードが話題になっている。アプリケーション開発者とITインフラ運用者が密に連携することで、開発したアプリケーションを即座に本番稼働させ、ビジネスに直結するITサービスの価値を早期に刈り取るのが狙いだ。
ところで、日本企業の中には、開発のための費用が捻出できず、運用費で開発を賄っているところがあると耳にする。本来のDevOpsとは異なるアプローチであり、“日本版DevOps”だと言える。日本ではここ10年、ハードウェアやソフトウェアなどのテクノロジにかける費用が横ばいで推移する中で、開発費は減少し、運用費が8倍に増えている。その背景には、ボトムアップによる改善を続ける日本版DevOpsの存在もありそうだ。
また日本のユーザー企業では、インフラ担当者とアプリケーション担当者に分けるケースも多い。データベースやミドルウェアはインフラ担当者が、ユーザー・アプリケーションはアプリケーション担当者が、それぞれ責任を持つという考え方である。しかし、両者が専門になり過ぎるが故に、それぞれの範疇で最適化を図っているつもりが、逆に間違った結果になってしまうことが少なくない。
例えば、DR(Disaster Recovery:災害対策)を考えてみる。インフラ担当者は、ストレージ・メーカーからストレージ・レプリケーション(複製)のソリューションを買う。一方でアプリケーション担当者は、データベース・レプリケーションのソリューションをデータベース・メーカーから買ってしまう(図1)。二重に持つメリットとデメリットを十分に理解したうえで購入・利用しているのなら良いが、全社最適の視点で合理性も考慮すれば、いずれか一方で十分である。
この例で判断を難しくしているのが、データベースの位置づけだ。データベースは特別なアプリケーション、すなわちミドルウェアの1種であると考えるか、データベースはOS上で動くアプリケーションの1つに過ぎないと考えるかである。データベースをミドルウェアとしてインフラ担当者が管理すれば良いが、データベースをアプリケーションと考えて、アプリケーション担当者に権限を持たせると、上記のように、似たような機能を買うという無駄を招く。
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