独SAPと米アクセンチュアが次世代ERPの開発で関係を強化している。2016年1月にSAPの最新ERPである「S/4HANA」でのデジタルテクノロジー活用での協業を発表したのに続き、同年9月にはファッションを中心とした小売業界を対象にした機能拡張を開始した。小売業界向けの機能拡張では日本でも両者が活動を本格化するという。なぜ今、小売業界のためのERPなのか、どんな仕組みが必要だというのだろうか。
加えて、新たな競争相手も増えている。「スポーツアパレル」や「ライフサイエンス」分野から、IoTに対応した機能商品が登場し、消費者の様々なデータを収集し始めている。製造業者の小売りへの進出や、小売業からの製品企画への関与もあるが、単に衣料品を作って売れば良いという時代でもなくなっている。
これをITの側からみれば、製造現場と小売り現場のシステムが別々でプロセスやデータが分断されていては、今の顧客の期待には応えられない。だからFashion Management Platformで、それらの統合を図り、SPAが求めるレベルでの在庫の可視化と、データに基づく意思決定を支援する。
−−既存のERP製品でもファッション業界対応はうたっていたはずだ。何が変わるのか。
Schroeder 先にも説明したように、これまでは1つのファッションブランドでも、それを作る会社と売る会社は別々だった。だからERPも、それぞれの企業が製造業、あるいは小売業として導入してきた。SPAのモデルにも対応してきたが、データの管理は別々のままだったし、プロセスが完全に一体化できたわけではなかった。
SPAといった垂直統合型のビジネスモデルでは、プロセスの統合が重要になる。調達業務の一元化や、グローバルレベルでの在庫配置の最適化などを図らなければならないからだ。そのためには、製造工程で生成されるデータと、店頭のPOS(Point of Sales:販売時点情報)システムで得られるデータを組み合わせ、生産や配送の計画を最適なものに調整する必要がある。データこそが経営のための"燃料”の時代となり、理想はデータの一元管理だ。そこにHANAのインメモリーデータベースが生きてくる。
谷山 もう少し喫緊の課題を例に挙げたい。小売業では、ECサイトや店頭などの複数のチャネルで共通の顧客体験(CX:Customer Experience)を実現するオムニチャネルが大きな課題になっている。だが現実には、ECサイトと店頭のPOSシステムが別々の仕組みになっているのがほとんどだ。結果、在庫が偏るという問題が発生している。
これが垂直統合型にシフトすれば、販売状況に合わせた計画変更のためのリードタイムは短くなるため、不具合はさらに大きくなる。製造から流通、販売のそれぞれの現場で何が起こっているのかをリアルタイムに把握する仕組みが必要だ。意思決定のためには、そうしたデータが不可欠になってくる。
土屋 日本市場では特に、サイロ化したシステムが大きな問題になっている。どんな企業も最初は単一のビジネスモデルで事業をスタートさせる。だが、経営環境の変化や競合の動きに合わせる形でビジネスモデルを増やす過程で、システムのサイロ化が進んでしまった。これが今、小売業の“足かせ”になっている。サイロ化したシステムを改修するアプローチでは何年かかるか分からないからだ。
今後、どんなビジネスモデルが台頭してくるのかが読み切れない今、従来と同じアプローチが限界なことは明確だ。だからこそプラットフォームの必要性が高まっている。プラットフォームは変化のスピードのための土台である。
−−オムニチャネル対応では、そこに特化した旧Hybrisを買収し「SAP Hybris」として展開している。Hybrisとの棲み分けは。
Schroeder Hybrisは、いわゆるSoE(Systems of Engagement)のための仕組みであり、顧客との対話をマネジメントする。これに対し、Fashion Management Platformでは、安定した基盤と、顧客との対話に必要な仕組みを実現する。SoR(Systems of Record)としての安定基盤はHANAのことだ。もう1つの顧客との対話のために用意するのが「Customer Activity Repository:CAR」と呼ぶ仕組みである。
CARには、顧客の購買に関わる行動や、様々なチャネルや店頭の在庫情報などを管理する。CARの情報を基に、Hybrisによるマーケティング活動や、マーチャンダイジング(商品化計画)につなげる。そこでは、予測エンジンによる将来予測の機能も必要になるだろう。
−−Fashion Management Platformが目指す機能の一部は既に、製造業を顧客に持つSCM(Supply Chain Management)ベンダーなどが提供している。そうした仕組みとは何が違うのか。
Schroeder 製造業からのアプローチはプッシュ型であり「何が売れるのか」を探るのが目的だ。これに対し今、求められているのは顧客中心のアプローチでありプル型になる。そこでは消費者と小売業者が一体になって行動しなければならない。これに応えるのがFashion Management Platformになる。
ただ繰り返すが、ファッション業界は垂直統合型にシフトしており、製造、流通、小売りの境界は、ますますあいまいになっている。その意味で、Fashion Management Platformの顧客は「ブランド」の所有者だ。それが小売業者であっても製造業者であっても構わない。加えて、Fashion Management Platformのアプローチはマスカスタマイゼーションへの対応だとも言える。今回の取り組みは、ファッション分野に限らず、他業態・他業種のブランド所有者のニーズにも応えられるだろう。
谷山 共同開発の対象が話題になったが、多くのニーズに応えるという意味では、導入作業に向けた共同の取り組みにも意義がある.製品開発の過程で、ブランドホルダーのための新しいアーキテクチャーを定義するとともに、リファレンスモデルも実現し、提供していくことになるからだ。