独SAPと米アクセンチュアが次世代ERPの開発で関係を強化している。2016年1月にSAPの最新ERPである「S/4HANA」でのデジタルテクノロジー活用での協業を発表したのに続き、同年9月にはファッションを中心とした小売業界を対象にした機能拡張を開始した。小売業界向けの機能拡張では日本でも両者が活動を本格化するという。なぜ今、小売業界のためのERPなのか、どんな仕組みが必要だというのだろうか。
独SAPの「SAP S/4(Business Suite 4 SAP)HANA」は2015年2月に発表された、同社の第4世代のERP製品である。インメモリーデータベースを核とするアプリケーションの開発・実行環境「SAP HANA」上で動作する。SAPがHANAで主張するのは、企業活動に関わる全データを収集し、その分析から”次の一手“を導き出すこと。いわゆるデータ駆動型経営へのシフトである。
しかし、こうしたデータ活用の形態自体は、ERPがそもそものコンセプトだ。ただHANA登場後にはクラウドやモバイル、IoT(Internet of Things:モノのインターネット)やAI(Artificial Intelligence:人工知能)といったデジタルテクノロジーが一気に広がったのも事実。米Uber Technologiesに代表されるシェアリングエコノミーといった新たなビジネスモデルによる“ディスラプション(破壊)”が多くの企業に変革を迫っている。
ERPとしても、単に従来からあるデータの分析にとどまらず、これらのデジタルテクノロジーの取り込みや、ディスラプションを超える企業活動を支援できる仕組みが求められていることは想像に難くない。だが、IoT/AIといった文脈で話題に挙がるのは自動車などの製造業が中心。小売業においては「オムニチャネル」のキーワードが注目されているものの、IoTの台頭でそれも、製造業の顧客接点拡大のストーリーが強まったといえる。
こうした状況下でSAPとアクセンチュアはなぜ、ファッションを中心とした小売業界での開発を急ぐのか。同業界で何が起こっており、どんな仕組みが必要と考えているのか。独SAPで小売業界を担当するグローバルVPのChristoph Schroeder(クリストフ・シュレーダー)博士を中心に、SAPジャパンで同業界のプリンシパルを務める土屋貴広氏、そしてアクセンチュアの製造・流通本部マネジング・ディレクターの谷山敬人氏の3人に聞いた(以下、敬称略)。
−−ファッションを中心とした小売分野でSAPとアクセンチュアが組む理由は。
Schroeder 顧客のデジタルトランスメーション(変革)を実現するためだ。SAPは業界ノウハウやソリューションを持っているのに対し、アクセンチュアはコンサルティングに加えシステムの導入やインテグレーションにも強い。これら両者の強みをグローバルに提供していく。
協業の柱は3つある。(1)開発、(2)導入、(3)イノベーションだ。共同開発により、小売業界に向けたSAPソリューションのロードマップを加速し、共同導入により、顧客企業への導入効率を高める。そして共同イノベーションにより技術革新を継続する。
−−両者は従来からグローバルなパートナー関係にある。特段に強調する必要がある取り組みがあるのか。
谷山 今回の協業は、過去に例のない戦略的な取り組みだといえる。従来のパートナーシップでは、既に顧客が存在し、その顧客のSAP導入に向けてコンサルティングやインテグレーションを提供してきた。だが今回は、想定している顧客像はあるが、導入が決まっている顧客があるわけではない。両者が持っている知見を投入し、ソリューションとなる製品を先に開発する。
想定顧客はグローバルに展開している企業になるが、日本企業が共通に求める要件もあるため、両者の日本法人でもグローバルな動きと足並みをそろえ先の3つの柱に取り組む。
−−顧客ニーズを先取りして作り上げたいという仕組みは、どのようなものか。
Schroeder 「Fashion Management Platform」の実現である。製造から卸、小売りまでが1つのプラットフォーム上でデータを共有することで消費者が求めるスピードで行動できるようにする。
ファッション業界の現状の考えてほしい。これまで同業界では、小売業者と製造業者、卸業者のそれぞれが明確に分かれていた。だが今は、SPA(Speciality Store Retailer of Private Label Apparel:製造小売り)といった垂直統合型のビジネスモデルが力を付けている。業界構造に変革が起こっているのだ。
こうした変革の背景には、消費行動の変化がある。Webサイトで商品を調べ、実際に店頭で商品を確認し、その場でモバイル端末から価格をチェックして初めて購買につながる。小売店にすれば、従来以上に購買につながる情報を顧客に提供できなければならなくなっている。