AIの導入において、概念実証(PoC)止まりで本番に移行できないまま終わることを繰り返す、“PoC疲れ”と呼ばれる現象がある。多くの場合、AIは開発した後も精度や機能を高めるチューニングや改良が欠かせないが、その段階にいく前に「実用にならない」と判断してしまうようなケースだ。これを乗り越え、AIを有用な経営ツールにするには、どうすればよいのか? ヤマト運輸がエクサウィザーズの協力で導入した「MLOps」に、大きなヒントがありそうだ。
ヤマト運輸はどうやってAIをものにしたのか
AI/マシンラーニング(機械学習)の活用に取り組んでいるが、PoC(概念実証)から先に進まない、一度はAIを現場に導入したが、精度が不十分で今はお蔵入り……。ガートナー ジャパンが2021年10月に公開した、先端技術のハイプサイクルによると「AIは幻滅期を過ぎ、普及期に入った」とされるが、思うようにいかない企業は少なくないだろう(関連記事:日本における未来志向型インフラ技術のハイプサイクル─ガートナー)。
そんな中、ヤマトホールディングスの中核事業会社で宅配便最大手のヤマト運輸が、AIの新たな実装方式とされる「MLOps」を実用化した。ニュースリリースによると、ヤマト運輸は約6500ある宅急便の拠点(センター)における数カ月先の業務量を予測するAIを開発、MLOpsにより運用(オペレーション)の多くを自動化した。MLOpsの導入は大企業ではまだ珍しいという。
とはいえ、「拠点の業務量を予測するとどんなメリットがあるのか?」「通常のAI導入とMLOpsは何が違うのか?」「そもそもMLOpsとは?」など、ピンとこない面がある。そこでヤマト運輸と、MLOpsの導入をサポートしたAI専門企業のエクサウィザーズに話を聞いた。すぐれたAIを開発するだけでは必ずしも十分ではなく、データプレパレーション(データ準備)やチューニングを含めたオペレーションが成果を上げるカギになったことが分かる。
6500拠点に及ぶ人員や車両の適正配置が目的
ヤマト運輸は2020年1月、経営構造改革プラン「YAMATO NEXT100」を策定。2021年1月には、(1)
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その先行的な取り組みの1つが今回のAI活用、具体的には2020年度に約21億個(単純計算で575万個/1日)に達したという膨大な荷物量の予測だ。これをヤマト運輸は全国に6500ある集配拠点(宅急便センター)で処理しているが、荷物量は日々、相当の幅で増減する。
「拠点で働くスタッフや車両を適正に配置するために、拠点毎の数カ月先の荷物量を日次で予測する必要がありました」(ヤマト運輸 執行役員 デジタル機能本部 デジタルデータ戦略担当の中林紀彦氏)。
実際には6500の拠点ごとに、3カ月および4カ月先における1カ月間の荷物量を日次で算出する(マシンラーニングにおける目的変数)。それを各センターはExcelやPower BIといったツールを介してスタッフのシフト勤務を策定したり、車両を手配したりするわけだ。予測には過去3年分の実績データに加えて、季節や曜日、大手ECサイトのセールなどデータ(機械学習における説明変数)を用いているという。
2つの問題を解決すべく、MLOpsに着目
ヤマト運輸は2020年前半に、このマシンラーニングシステムを構築・運用に踏み切っていたが、問題があった。1つは毎月の予測において新たに発生する実績データを抽出し、整形などデータの前処理を施し、学習させなければならないこと。単純な作業に思えるが、月次トランザクションデータやマスターデータの準備、設定ファイルの書き換え、プログラムの手動実行など実施内容は多岐にわたる。よく「データサイエンティストの仕事の8割は(学習に用いる)データプレパレーション」と言われることから推察されるように負担も大きい。
もう1つは、精度向上のための改良にまつわること。予測のためのマシンラーニングシステムは一度作ったら終わりではない。常に予測精度を高めるチューニングや改良が求められ、改良したら本番システムを再作成する必要もある。通常、改良版(機械学習モデル)は複数あり、システムを構成するモジュールのバージョンもあるので、ソースコードを適正に管理するだけでもそれなりの作業になる。
こうしたことを同時並行に、かつ人が行う必要があり、作業負荷が高い状態だった。しかもコロナ禍とあって、それを考慮した試行錯誤も必要だった。そこでマシンラーニングシステムの開発から運用、機能改良などを一貫支援するMLOpsの出番になる。
●Next:MLOpsとは? ヤマト運輸が抱えていた問題をどう解決したのか?
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