マスターデータがいかに重要なのかは何年も前から指摘されてきたが、実践する企業が増えているという話は聞かない。しかしながら、データから価値を創出して競争優位を築き、デジタルトランスフォーメーション(DX)に向かうのに、ここを疎かにするのはありえない。MDMは今日どうあるべきか。来日した米インフォマティカ(Informatica)で長年MDMに携わるキーパーソン、マノイ・タイリアーニ氏に聞いた。
マスターデータ不全に陥りやすい理由
日本情報システムユーザー協会(JUAS)の「IT投資動向調査2023」が、企業がIT投資で解決したい短期的な経営課題をまとめている。筆頭は、業務プロセスの効率化(省力化、業務コストの削減)だった(図1)。以下、セキュリティ強化、働き方改革、採用や人材育成・組織開発、顧客重視の経営、と続く。これらの大半に影響するにも関わらず、経営課題として認識されず、見過ごされがちな課題がある。マスターデータマネジメント(MDM)に関わる問題だ。
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顧客や商品、在庫、従業員など、ほぼすべての業務システムに備わるマスターデータには、①一意性(同じものを示すデータは1つだけである)、②完全性(不完全な項目がない)、③一貫性(システムが異なっても同じものを示すデータは共通である)という、3つの条件を維持することが求められる。しかし、これらクリアし続けるのは難しく、マスターデータの分散や重複、情報の欠落といった問題がある。
というのも、マスターデータは一般に個々の情報システムを構築するときに設定され、メンテナンスは当該システムを所管する部署や担当者任せになりがち。結果、さまざまなシステム案件がある中で、どうしてもマスターをメンテナンスする優先度が低くなり、時間と共に一意性や完全性が失なわれている可能性が高いのだ。3つの条件が維持されなくても、現場の気働きなどで日々の業務には支障がないことも多い。このこともマスターデータの不全に拍車をかける。
加えて複数の事業部がある大手企業では、部門ごとに情報システムを運用しており、複数の顧客マスターや商品マスターが存在していることも珍しくない。最初から一貫性がない状態が生じている可能性があるわけで、日々の業務に支障はないにせよ例えば取引先や顧客の社名が変わった時、複数あるマスターを1つ1つ更新する手間がかかり、ミスも起こり得る。
企業内に散在するデータを収集・集計・分析する場合にも問題が生じる。例えば顧客マスターの社名が異なっているため、同じ会社なのに別の会社と認識されてしまうようなケースだ。こうなると特定の企業の取引額を、事業部門を横断して算出しようとしてもうまくいかない。ダメなデータを分析しても示唆に富む結果は得られないという、いわゆる“ガベージイン・ガベージアウト”の問題が生じる。
データの品質を高めなければ活用がままならない
こうしたマスターデータにまつわる問題は何年も前から重要性が指摘されてきた。にもかかわらず、実践する企業が増えているという話は聞かない。MDMを実践するためのツールやソリューションについても導入が増えている話はもちろん、ベンダーによる製品リリースや機能強化の発表さえまれである。
しかし「データは21世紀の石油」という言葉があるように、今日、高品質のデータを蓄積することは重要だ。簡単なエピソードを挙げると、2023年、最大のホットトピックになった生成AIがある。生成AIを単に利用するのではなく、自社が保有するデータを学習させる場合には当然、高品質なデータでなければならないのは自明だろう。
企業価値の向上につながる可能性もあり、こうした点でMDMは今こそ取り組む必要のある新しいテーマと位置づけられる。それ以前にMDMをしっかり実践できない企業や組織が、膨大な非定型データをうまくマネジメントしたり、生成AIを含むAI技術をうまく活用できるとは言えないのではないか。
ではMDMは今日、どうあるべきか。目指すべきTo-Be(理想的なMDM)はどんなものか?このヒントになるのがMDMベンダーの最新ソリューションだ。そんなわけで来日した米インフォマティカ(Informatica)でMDM & 360 Applicationsシニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネジャーを務めるマノイ・タイリアーニ(Manouj Tahiliani)氏に聞いてみた(写真1)。
インフォマティカは6年連続で米ガートナーのMQにおけるリーダーに位置づけられており(図2)、タイリアーニ氏は同社に9年在籍するベテラン。その前には米オラクルで14年間、一貫してデータマネジメントに携わってきたという。「マルチドメインMDM」や「360(全方位)」といった、一見、単なる宣伝文句に思えるフレーズが出てくるが、そうとは言えないことが分かるはずだ。
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──最初に、MDMツールの普及状況についてお聞きします。日本ではツールが限られますし、採用事例も多くはない印象です。米国ではどうなんでしょう?
以前のMDMは、使い勝手が複雑でマニュアルでやらないといけないところがあったり、機能的にも限定的でした。世界的にもなかなか浸透しなかったのですが、今は違います。欧米では複数のベンダーがツールを提供していて、米国では普及していると言える状況です。そこにはグローバルでプレゼンスを持っている日本企業も含まれます。
──今お話しいただいた、手作業も必要で複雑でもある点に関わるのですが、そもそもMDMは何が難しかったのでしょうか。
端的に説明すると、MDMは、例えば顧客データや製品データを単一のビューで見ることができるようにする取り組みです。単一のビューで見るためには複数のシステムのマスターデータを共通にする必要があるのですが、多くの場合、断片化してしまっています。しかし個別に構築・設定されたマスターデータのインテグレーションは複雑でしたし、システム間のオーケストレーションも求められます。
加えて、データの業務上の意味や特性を示すメタデータをしっかりと理解しなければ、一度、インテグレーションしてもすぐに断片化してしまう問題もあります。ところで当社での調査は、MDMに取り組む企業は平均して5種のツールを使っているという結果でした。データ統合だけでなく、データ品質のためのツールも含めてです。費用を別にしても、それだけのツールを使いこなすのは大変ですし、それで何が得られるのかという問題もありました。
──インフォマティカはETLツールを中心としたデータ統合の専門企業でしたね。かなり前にMDMベンダーを買収したと記憶しています。それ以降のMDMツールの実績を含めて教えてください。
2009年頃から、MDMツールの機能を向上させるだけでなく、マイクロサービスアーキテクチャに則ってコードを書き換えてツールをクラウドネイティブ化しました。現在は「Intelligent Data Management Cloud(IDMC)」(関連記事:ワリアCEOが語るインフォマティカの再上場と経営改革、“Data 4.0”への道)の1製品として「Multidomain MDM SaaS」を提供しています。
MDMツールがどのくらい利用されているのか、実数は話せませんが、当社の3本柱の1つであることは確かです。残る2つの柱はデータカタログを含めたデータ統合(ETL)、それにアプリケーション統合です。これらはもう長い間やってきています。MDMは相対的に新しいソリューションですが、顧客の関心レベルとしては同等以上です。
「マルチドメインMDM」がなぜ必要なのか
──「マルチドメインMDM」とは? どんな仕組みなのですか?
図3がMultidomain MDM SaaSの全体像になります。階層構造になっていて、図の中央がMDMの機能群です。データ品質やマッチング、重複する情報や矛盾する情報を修正するサバイバーシップといったものがあります。左側ですが、モデリングやリファレンスデータのマネジメント機能もあります。
IDMCの機能として提供される、図の下部にあるクラウドデータ統合やデータ品質、データカタログなどをMDMで利用できます。下部右側のガバナンス関連の機能(ツール)も同様で、マイクロサービス化されていますので組み合わせてもいいし、単独でも使えるようになっています。
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一番上のオレンジ枠で囲んだ部分が、ドメイン特化のマスターデータ本体です。ドメイン特化と言いましたが、マルチドメインに対応したマスターデータがその本質です。マルチドメイン(複数の業務領域)は分かりにくいかもしれないので、顧客マスターを例に説明しましょう。
よりよい顧客体験を提供するためには、顧客の基本情報だけでは不十分です。(顧客が購入した)製品情報も必要になるし、 サプライヤーの情報や店舗のロケーションの情報なども必要になってきます。デジタルトランスフォメーション(DX)の取り組みでは、こういったマルチドメインのマスターデータが絶対に必要です。
──つまり顧客マスターや製品マスター、取引マスターなどのそれぞれを個別にマネジメントするだけでは不十分であり、各種のマスターを関連づける必要がある?
はい。複数の顧客マスターを一元化するのは当然としても、顧客や取引先、製品といった別々のドメインのマスターデータを別々の仕組みやソフトウェアを使ってマネジメントすると、 それらを相互運用させるために統合する手間が発生します。マルチドメインに対応しないMDMのままでは、結局は断片化されている業務システムの問題を解決するだけです。例えば顧客体験の向上を図るために別の手続きや手間が生じてしまうのです。
もう一度、先ほどの図を見てください。レファレンス、カスタマー、プロダクト、サプライヤーといったマスターデータは当社側で作ったドメインです。それぞれが別々にあるわけではなく、相互に連携します。中央にあるように、そうしたことのために必要な機能はドメインに関わらず、すべて提供しています。1番右側のエニードメインがありますが、これは企業がノーコードで独自のマスターデータを定義できることを意味しています。
──なるほど。ところで今、お話しいただいた「レファレンス」とは? 何かのメタデータですか。
いえ、そうではありません。レファレンスというマスターデータは、国コード、州コード、ロケーションのコードや、またその企業が属する業界固有のコードなどです。企業固有ではない、ジェネラルなデータです。MDMの中では、レファレンスデータとメタデータはとても重要です。
●Next:MDMにおいて「360」が意味するものは?
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