[インタビュー]
「企業は“トライモーダル”で生成AIに取り組むべきだ」─米ガートナーのトップアナリスト
2023年12月13日(水)田口 潤(IT Leaders編集部)
2023年最大のテクノロジートピックになった生成AI。その能力・ポテンシャルから2024年も引き続き台風の目になることは確実だ。CIOやITマネジャーは生成AIをどう捉えて取り込むべきか? 従業員がChatGPTなどを利用できる環境を整えさえすればまずは及第点なのだろうか? ガートナーフェローに就く同社のトップアナリストの1人、デーブ・アロン氏に聞くと、Fear(恐れ)、Fact(事実)、Faith(忠実)の“トライモーダル(Trimodal)”な捉え方が必要という答えが返ってきた。
2022年11月に米OpenAIの「ChatGPT」が一般公開されて1年あまり。さまざまな企業のビジネス、あるいは情報システムに大きな影響を及ぼし、組織とシステムの関係に重大な変化をもたらすはずだが、それは一体、どのような変化なのか。CIOや情報システム部門は生成AIのようなテクノロジーに、どう向き合えばよいのだろうか。
これらの疑問を、来日した米ガートナーフェローでディスティングイッシュト バイスプレジデント アナリストのデーブ・アロン(Dave Aron)氏(写真1)に聞いた。本稿の後半では、同氏はITを含めたこの先のビジネス戦略に関して、Fear(恐れ)、Fact(事実)、Faith(忠実)の3つの観点に注目した「トライモーダル(Trimodal)」に言及。生成AIなどがもたらす不確実な時代における成長戦略を強化するという。
生成AIへの悲観的な見方、楽観的な見方
──まず生成AIをどのように捉えればよいか、捉えるべきかについて、アロンさんの考えを聞かせてください。
アロン氏:前提として、生成AIは、単なるテクノロジーでもビジネストレンドでもありません。人間とマシンとの関係に重大な変化をもたらすものです。テクノロジーの進化によって、マシンは「人間の代わりに何かをする」ものではなく、「人間と共に何かをする」ものに変わりつつあります。マシンはツールからチームメイト、同僚へと進化しつつあるのです。
そのうえで、いくつかの角度からお話しましょう。悲観的な見方と楽観的な見方の両方があり、ガートナーとしては私も含めて楽観的ですが、まず、悲観的なものについてお話します。
最も多いのが「AIが人間の仕事を奪う」という議論です。過去に登場してきたさまざまな技術、電力でも列車などでも何でもよいのですが、新しいテクノロジーが登場するたびに人間の仕事が奪われると言われてきました。私たちはそのようには捉えていませんし、現実も異なりました。
生成AIの進展で、失業は出てくるし、新しいスキルを学ぶことを余儀なくされるケースも増えるでしょう。しかし生産性の水準や仕事への期待値が一緒に上がっていくので、結局、人間の仕事はなくならずに今日まで来ています。ガートナーでは、トータルの業務数は今後数年ニュートラルな状態が続き、その後は新たに発生してくるケーパビリティに伴って仕事は増えていくと予測しています。
次に、ハルシネーション(注1)と呼ばれるような「ミスを犯すから危険だ」という見方もあります。これは現在の生成AIでは避けられませんが、安全に使う方法もあります。人間が必ずチェックすること、必ず人間を輪の中に入れて回していくわけですね。英語で“Human in the loop”と言います。もちろん創造性を発揮するような領域のように、ハルシネーションが問題にならないこともあります。
注1:ハルシネーション(Hallucination:幻覚、幻影)は、AIが事実に基づかない情報を生成する現象のこと。生成AIでは、大規模言語モデルの特性上、事実とは異なるもっともらしい偽の情報を出力することがしばしば見られる。
悲観的な見方の3つ目はハイプ(Hype)、つまり過大評価で大袈裟に持ち上げられているという面です。これは間違いではなく、現実の性能や能力はよく言われることよりも少し低いところにあります(関連記事:「業務効率化だけでなく、産業革命の始まりと捉えよ」─ガートナーの生成AIハイプサイクル)。
──とはいえ、言語や画像などの面で生成AIの能力には驚くべきものがあります。過大評価という指摘はあたらないのでは?
少し違うお話をしましょう。私は囲碁が趣味なのですが、「AlphaGo」は覚えていますか? 英ディープマインド(DeepMind)が開発したAI囲碁ソフトで、2016年に人間の囲碁チャンピオンに勝利したことで話題になり、その後、囲碁AIがどんどん強くなったのはご存じのとおりです。これに対し、far.aiというAIベンチャーが最近、世の中の囲碁AIに共通する弱点を発見しました。彼らは囲碁が好きでも何でもなく、ただ囲碁AIの弱みや仕組みというのを解明するために研究したわけです。
発見した弱点を元に人間をトレーニングする、つまり攻略法を人間が身につけたら、囲碁AIを負かせるようになりました。そういう逆転現象があります。結局、AIの学習方法はよりよくなるベストケースを発見し、それを磨いていくアプローチです。ワーストケースは顧みられず、そのままになっていますから、アキレス腱のような弱みがあるのです。
──とすると、生成AIは今後そういった弱点を解消する方向に進化するのでしょうか?
そう思います。その1つとして挙げられるのが「ニューロシンボリックAI(Neuro-Symbolic AI)」です。ニューラルネットワークの生成AIとシンボリック(記号的表現に基づく推論など) に基づくAIを統合して、それぞれの弱点に対処し補い合うものです。大学や研究機関ではよく知られたアプローチです。
ディープラーニング(深層学習)が登場する前は、ルールや統計に基づいてアルゴリズムを実行するシンボリックなAIが主流でした。今は深層学習ばかりになっていますが、それだけだとミスも犯します。そこで以前のアプローチと組み合わせるとよいものができるのでは、というわけで、さまざまな研究が進められています。
──なるほど。前の質問の確認ですが、アロンさんは現時点ではハイプ、期待過剰であるにせよ、それが生成AIの価値を削ぐことはないというお考えですよね?
そのとおりです。正しい使い方、適切な用途を選んで活用するという前提で、現在の生成AIは非常に大きな可能性を持っています。例を挙げましょう。YouTubeで講座を配信し、世界中のだれもが無料で学べる米カーンアカデミー(Khan Academy)をご存じでしょうか。この非営利教育機関は生成AIをユニークな方法で活用しています。
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YouTubeの聴講だけでなく、出題を学習者が解いていく機能があり、その時、単に正解を示すのではなく、学習者がどう解いていくかを見て、それに応じたヒントを出してくれます。あと、歴史上の人物、例えばマーチン・ルーサー・キングの口癖や喋り方を真似て、本人が語る形で公民権運動を学べます。同様に、キュリー夫人が核物理学を講義したりと非常に斬新なのです。
ChatGPTを教育に使うのを危険視する意見もありますが、カーンアカデミーのようなアプローチならリスクはほぼありません。すぐれたアイデアを形にして、特定の世界、ここでは教育分野にディスラプションを起こしている好例と言えます。
CIOは生成AIをどう自社に取り入れるか
──そんな中で、CIOなど企業のIT責任者は生成AIをどう取り込むとよいでしょうか。
アロン氏:それについては、「Everyday AI」と「Game-changing AI」という2つの見方ができます。前者は、企業の会計や人事、営業といった日々の仕事の7~8割に影響を及ぼすものです。法律事務所の取り組みが分かりやすいのです。200ページほどの契約書の大半を生成AIが作成して、「ここは人間の弁護士のチェックが必要です」という部分をハイライト表示するといった活用で、実際、すでに一部の法律事務所が取り組んでいます。
一般企業にもさまざまなEveryday AIの例があります。再生可能エネルギー企業の英オクトパスエナジー(Octopus Energy)は、顧客からの問い合わせへの応答にChatGPTを用いることで、フルタイムの社員換算で250人分の労働力の節約を図りました。AIの応答内容を人間のスタッフが監視していますが、応答への顧客満足度は人間だけの場合よりも高くなっています。
レガシーシステムのモダナイゼーションに使うアプローチもあります。ガートナーは技術的負債(Technical Dept)と呼んで、古いシステムを使い続けていることが足かせになっている問題を指摘しています。それを今日的なシステムに変えていく作業は生成AIの大きなチャンスがある領域の1つです。
これらはEveryday AIの例です。実践したからといって競争力を大幅に高められるわけではなく、差別化にもなりません。だれでもできることだし、いずれ多くの企業が取り組みますから。とはいえ当然、実践しないとまずいのですが。
──英BT(British Telecom)も生成AIで雇用の一部を削減すると報じられていますね(関連リンク:BT to cut 55,000 jobs with up to a fifth replaced by AI)。ところで、細かな話ですが、レガシーモダナイゼーションに生成AIが貢献するのであれば、急いで技術的負債を何とかしようと考えなくてもよいでしょうか?
そうとも言えますが、結局、それはビジネスの基本、つまり費用対効果をどう捉えるかにかかってきます。待つことで機会損失するコストやリスクがありますから、Efficiency(効率)、Effectiveness(効果)、Integrity(完全性)、Agility(俊敏性)の4つの価値の源泉から検討する必要があります。完全性や俊敏性が失われたら、どうなるかという話でもあります。
先行きが不透明で、経済的にも地政学的にもいろいろな状況が世界で発生している中で、脆弱なレガシーシステムを抱えながら、小回りを効かせて方向転換が求められたとき、できない場合はどうなるのかを考慮しなくてはなりません。
──なるほど。では、Game-changing AIはどういったものなのでしょう。
1つは先に述べたカーンアカデミーのような取り組みで、ユニークでクリエイティブなアイデアを思いつくかどうかが重要です。冒頭で、マシンは人間の代わりに何かをするものではなく、人間と共に何かをするものに変わりつつあるとお話しました。どれを実現できるかどうかは人の想像力に縛られます。
もう1つは、ニューロシンボリックAIのような技術が確立し、使えるように成熟する過程で一気に広がるでしょう。先行するのは医療や創薬の領域だと思います。特に新薬の開発では、ゲームチェンジングで画期的な動きがあります。一方、で残念なことに毒物を開発するような影の部分も起きるでしょう。
──生成AIを単に活用するのではなく、企業が基盤モデルからみずから開発する可能性はあるのでしょうか。
OpenAIのGPTー4だと1兆パラメータという規模です。これはとてつもなく巨大なモデルで、さまざまなプロンプトに応じられるように大量のデータを学習させるブルートフォース(総当たり、 力任せ)の手法です。こういった規模の基盤モデルを開発するのは、デジタルドラゴンと呼ばれる巨大テック企業が中心になるでしょう。
一方で、より小さなオープンソースのモデルを使って企業が自社領域のモデルを構築する動きはあります。一例がブルームバーグの「BloombergGPT」です。500億パラメータと比較的小規模ですが、金融関連のタスクに特化して高性能を発揮するとうたっています。
●Next:バイモーダルの新バージョン「トライモーダル(Trimodal)」とは?
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