電磁波を利用した物体認識技術である「RFID」。物流や在庫管理の効率改善効果に目が行きがちなRFIDだが、うまく使いこなせば環境保全の手段として活用できる。その能力にいち早く注目した欧米企業は、導入効果を少しずつ形にし始めた。(編集部)
IEEE/IT Professional誌「The Green Potential of RFID Projects: A Case-Based Analysis」(Indranil Bose and Shipeng Yan、翻訳:古村浩三)
サプライチェーンマネジメント(SCM)やトレーサビリティ、製造工程管理といった分野でRFIDの導入が進んでいる。RFIDに関してはこれまでにさまざまな研究がなされてきたが、要素技術やその応用、セキュリティに焦点を当てたものがほとんどだ。一方で、RFIDが潜在的に備える「環境保全効果」についてはほとんど研究されてこなかった。
IT機器が環境に与える影響はポジティブなものではない、と考える人は少なくない。その一要素であるRFIDについても同様だ。実際、専用機器でRFIDタグの情報を読み取るには、相応のエネルギーが必要になる。少なくとも現状のRFIDタグは生物による分解が可能なものではなく、部品をリサイクルできるわけでもない。これだけ見ると、RFIDが環境に対してポジティブな影響を与えるとは考えにくい。
だが、実際は違う。RFIDは企業に経済的な価値をもたらすだけでなく、システムと適切に組み合わせることで、環境保全に大きく貢献する力を秘めている。例えば、温度センサー付きのRFIDタグで農作物の状態を追跡し、適切な温度調整をすることで損傷を防げる。これにより廃棄の発生を抑え、農作物の栽培から収穫、梱包、配送に至る課程で必要となるエネルギーを節約できるのだ。
13の事例から導入効果を探る
RFIDが、ITによる環境保全の取り組みにおいて中心的な要素となることを理解するため、環境保全を主目的にした13個のRFID導入事例を調査した。その結果、RFIDは企業に経済的な価値をもたらすと同時に、環境負荷の低減効果を確実に持つことがわかった。
事例は米国や欧州のものからピックアップした。特に欧州では、国境を超えた高度な環境保全活動が活発だ。プロジェクトの目的は様々だが、リサイクルやエネルギーの効率化、トレーサビリティを目的にしたものが目立つ。以下、それぞれの事例の概要を記す。
- Walmart(米Wal-Mart Storesが展開する大手小売チェーン):商品に貼付したRFIDタグにより、商品の配送や納品、販売といったサプライチェーン全体の管理効率化を推進
- 米Recyclebank(リサイクル業者):家庭内のごみ箱にRFIDタグを取り付け、その家庭がどれくらいリサイクルに貢献したかを測定し、それに基づき報奨として商品券を提供する
- 米Rewards for Recycling(リサイクル業者):家庭内のごみ箱にRFIDタグを取り付け、その家庭がどれくらいリサイクルに貢献したかを測定し、それに基づき報奨として商品券を提供する
- Multi Life Cycle Center(廃棄された電気製品や電子部品の再利用/リサイクルシステム):再使用やリサイクルという観点から、RFIDを電気製品や電子部品の分類や追跡、価値測定に活用
- 米Concept2 Solution(RFIDを利用したシステムの開発企業):RFIDタグを貼付した容器と、タグの読み取り機器を備えた回収車を利用し、家庭がリサイクルに参加しているかどうかを判別できるシステムを開発
- PROMISE(製品ライフサイクル管理の効率化手法を研究する欧州のプロジェクト):RFIDをベースにしたトレーサビリティシステムを構築し、自動車で使用されたプラスチック部品のリサイクルプロセスを追跡
- Indisputable Key(生物材料の活用促進と環境保全を図る欧州のプロジェクト):木材にRFIDタグを装着し、サプライチェーンを移動する木材を追跡
- Smart Vareflyt(食料品の流通効率化を目指す欧州のプロジェクト):RFIDを使って食材流通の最適化を図り、サプライチェーンにおける食品の腐敗を防止
- スイスのイチゴ小売業者:温度センサーを組み合わせたRFIDタグにより、配送時に適切な温度管理をすることで、イチゴの損傷を防止
- 英City of London School for Girls(ロンドンの名門私立女学校):RFIDタグと温度センサーを組み合わせた無線のセンサーネットワークを教室の床下に構築し、室内の温度管理を改善
- 伊Nestlé Italy:RFIDを温度管理に使用して商品の損傷を軽減し、品質の向上とエネルギー関連コストの削減を推進
- TruckTag(米非営利企業PierPASSが実施する、配送用トラックのセキュリティチェック効率化プロジェクト):海上ターミナルに乗り入れるトラックや運転者のセキュリティチェックを迅速化・自動化し、排気ガスの発生量を抑える
- SmartTruck(ドイツポスト傘下の配送大手独DHL Internationalが実施する、配送管理の効率化プロジェクト):配送用トラックの積荷にRFIDタグを貼付し、配送や集配の効率を向上
4つのプロセスに分けて評価
RFIDの導入効果を明らかにするため、プロジェクトを4つのプロセスに分解し、それぞれを評価するというフレームワークを用いた(表1)。4つのプロセスとは、モチベーション(動機)、エグゼキューション(遂行)、チャレンジ(課題)、インパクト(影響)、である。4つのプロセスを基に、各事例におけるRFIDの導入効果を評価する。
1. モチベーション(動機)
今回取り上げた13の事例は、いずれも環境保全を目的としたものだ。一方で、RFIDの導入に至った動機を見ると、次の3つに分類できる。
(a)財務面:RFIDの導入動機として一般的にもっとも多いのは、この財務面である。コスト削減や収益向上効果を期待してRFID導入に取り組むケースは多い。例えばPROMISEプロジェクトの場合、自動車に使用しているすべてのプラスチック部品のリサイクル状況を追跡することで、リサイクルにかかるコストを抑えている。スイスのあるイチゴ小売業者は、イチゴの配送時に適切な温度管理をすることで、イチゴの損傷に伴う廃棄が減少し、利益を8%押し上げたという。
(b)経営面:経営という立場からは、新機能の追加や効率向上といったニーズが、RFID導入を推し進める原動力となっている。RFIDの導入で、商品の品質向上と同時に商品の廃棄やエネルギー消費を削減するといった事例が増えるにつれて、RFIDは経営効率化と環境保護の効果を併せ持つものだという理解が広がりつつある。
(c)戦略面:社会的責任の取り組みや法規制への順守を受身的な姿勢で進める企業がある一方で、環境保全を積極的に推進しようという企業もある。全社の戦略目標として、環境保全に関連した目標を設定する企業が増えていることが、この背景にある。
環境保全活動に積極的な姿勢で臨むことは、企業にとってプラスの効果をもたらす。それは一般市民に対するブランドイメージの確立にとどまらない。環境保全を目指したRFIDシステム開発を進めていけば、環境関連の法規制が将来的に変更されても余裕を持って対応できる可能性が高まるだろう。
2. エグゼキューション(遂行)
RFID導入プロジェクトの遂行に影響を与える要素としては、管理粒度やプロジェクトの推進、プロジェクトに参加する組織間の協業、といった要素がある。
(a)ユニットレベル(管理粒度):RFIDを使ってどれぐらいの粒度でものを管理するかが、管理の正確性や効率性、そしてコストに影響を与える。例えばRecyclebankの管理粒度は、ごみ箱1つひとつの単位だ。管理単位が細かければ細かいほどコストは高騰するが、管理の正確性はより高まる。Indisputable Keyプロジェクトの場合は、導入や管理にコストがかかるものの、サプライチェーンにおける個々の木材の状況を正確に把握するため、1つひとつの木材にRFIDタグを付けている。
(b)プロジェクトの進捗:強い財務基盤や経営上の優位性を持つ大企業の場合、環境保全を目的としたRFIDの導入は比較的進んでいる。それを如実に示すのがWalmartの事例だ。RFIDの導入効果を高く評価したWalmartはその購買力を生かし、すべてのサプライヤーに対して製品へのRFID貼付を強制した。WalmartのRFID導入プロジェクトは、既にパイロット(試験)フェーズから実施フェーズに移行したと見てよい。
プロジェクトの進捗は、構築したシステムの成熟度だけでなく、システムをどれだけうまく使いこなしているかを示す尺度となる。小規模の企業の中にも、パイロットフェーズから一歩踏み出した段階に進んだ企業がある。Reward for Recyclingは、地方での事業展開が成功したことで自信を付け、より広範な地域への事業展開を模索中だ。
(c)パートナーシップ(協業):プロジェクトに参加するパートナーの数と種類は、完遂に必要なリソースとその範囲に依存する。今回の事例のほとんどは、複数の民間企業や公的機関が共同で進めている。例えばIndispute Keyプロジェクトは、森林事業を営む企業群と政府機関、学術機関といった広範にわたる組織が連携したプロジェクトだ。
環境保全に取り組む際には、多くのリソースや組織間の共同作業が必要となる。協業やそれに伴うコミュニケーションには相応のコストがかかる。だが協業で得た豊富なリソースを活用すれば、一組織ではなしえなかった、より大規模な取り組みが可能になる。
3. チャレンジ(課題)
RFIDの導入に当たっては、技術や情報、組織上の問題という課題を避けて通ることはできない。
(a)技術面:今回調査した事例のうち6件は、いまだパイロットフェーズにとどまる。RFIDで取得した情報の信頼性や正確性をどう確保するか、金属による電波干渉の影響をどう解決するか、といった技術面での課題に対する挑戦が続く。
DHLのSmartTruckプロジェクトでは、RFIDタグの読み取り時間が極端に短いと、情報を正確に読み取れないことが課題となっている。運用上、読み取り時間が十分でないケースを完全になくすことは困難だからだ。
(b)情報面:RFIDシステムが単独で稼働する場合ではなく、他の情報システムと連携して稼働するときに明らかになるのが、情報面の問題だ。
Smart Vareflytプロジェクトでは、単独では問題なく稼働したRFIDシステムが、既存の情報システムに接続したとたん、うまく稼働しなくなった。こうした問題は、RFIDの読み取り精度だけでなく、登録してあるデータと実際のデータの内容が異なっていたり、データを適切に更新していないなど、データマネジメントが十分でない場合に発生する。
複数の組織が協業やリソースの共有を続けていくと、情報に関する複雑な課題に直面する場合がある。Smart Vareflytプロジェクトでは、参加企業間の競合関係を適切な状態で維持するために、情報の共有範囲をどうするかが大きな課題となったという。
4. インパクト(影響)
RFIDの導入は、次の3つの分野で大きなインパクトをもたらす。環境の持続可能性、ビジネス上の価値、社会的責任、の3つである。
(a)環境の持続可能性:今回取り上げた事例は、程度の差はあるものの環境負荷の低減を実現している。Walmartがバーコードを使った既存の商品管理システムを置き換えるべく構築したRFIDシステムは、商品在庫の現状を可視化して在庫管理を効率化。毎回まとまった量の在庫を配送することで配送車の出動回数を減らし、CO2排出量を3.2%削減したという。
(b)ビジネス上の価値:RFIDを導入する組織のほとんどは、コスト削減効果を期待する。City of London School for Girlsが構築したセンサーネットワークの設置コストは、有線のネットワークで構築する場合と比べて80%節約できた。Nestlé Italyは配送時の温度管理によって商品の損傷を減らすことで、配送物にかける保険料の支払い総額を抑えている。
(c)社会的責任:一般市民からの圧力により、大企業は自らの社会的責任を果たすことが緊急の必要事項となってきた。DHLがSmartTruckプロジェクトを実施したのは、CO2排出量の削減という約束を順守するためだ。配送物の自動スキャニングで配送用トラックのアイドリング時間を短縮し、燃料消費を削減した。
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