[イベントレポート]
"Athena"でめざすオラクルと富士通のゴール
2012年10月3日(水)五味 明子(ITジャーナリスト/IT Leaders編集委員)
2008年に超高速データベースマシンを謳う最初のExadataを市場に投入して以来、データベースの処理性能向上をひたすら追いかけてきたオラクル。サン・マイクロシステムズ買収後は、ハードウェアとソフトウェアの融合という"Engineered Systems"を掲げ、ハードウェアの設計からソフトウェアのデプロイ、テストまでオラクルがすべて手がけた筐体を顧客のもとに届けている。
2012年9月30日から米国サンフランシスコで4日間に渡って開催されているOracle OpenWorld 2012では、次世代ExadataであるインメモリーマシンのExadata X3、500以上の新機能を擁するというOracle Database 12cなど、新製品の発表が相次いでいる。
そうした中にあって、オラクルのラリー・エリソンCEOに先駆け、1万人以上の参加者を前にOOW 2012の最初の基調講演を行ったのが富士通 執行役員常務 豊木則行氏である。これは今回のOOWにおいて、富士通からのメッセージがオラクルおよびオラクルの顧客企業にとって最も重要な意味合いを持つということにほかならない。
9月30日(米国時間)、OOW 2012初日のトップバッターとして登場した豊木氏が明らかにしたのは、ソフトウェアの能力をプロセサに持たせるという、これまでにないまったく新しいハードウェアコンセプト"Athena(アテナ)" ~データベースの処理をプロセッサ上で行う"Software on Chip"を実現するプロジェクトだ。
富士通 執行役員常務 豊木則行氏
データベースを本当に速くしたいならCPUの近くに持ってくるのが論理的には正しい。いや、それよりもCPUそのものの上で処理させたほうがはるかにパフォーマンスは高くなる。そうした考えの下、富士通とオラクルが出したひとつの重要な解とも言えるAthenaは、どのような価値を顧客に届けることができるのだろうか。また、データベースの高速化に強いこだわりを見せ続けるオラクルは、2013年度に向けてどんな製品を世に出そうとしているのか。本稿では初日の基調講演でつづけて行われた豊木氏とエリソンCEOのプレゼンテーションの内容を紹介しながら、両者がめざすゴールについて検証してみたい。
富士通のエンジニアリング技術を1つのチップに集約した"Athena"
"ビッグデータ"という言葉がバズワード化するほど、企業が扱うべきデータ量は爆発的に増え続けており、その傾向は強まる一方だ。当然ながらデータベースが処理すべきデータ量も肥大化し、パフォーマンスにも大きく影響することになる。これほどまでにデータ量が増えてしまえば、単純にサーバの台数やCPUの数が増えれば解決できるという問題ではなくなっている。
「本当の意味でハードウェアとソフトウェアが融合したマシンが必要。そのためにはプロセサレベルから考え方を変える必要があった」と豊木氏は振り返る。究極のデータベースパフォーマンスを実現するため、富士通は以下の5つのポイントを開発のカギとした。
- 京コンピュータ … SIMD(Single Instruction Multiple Data: 一度の命令で複数のデータを扱う処理)を含むスーパーコンピュータ「京」の能力
- ハードウェアの拡張性 … 最大16のビルディングブロック
- メモリーキャパシティ … 1ソケットあたり512GBのメモリー容量、最大32TBまで拡張可能
- 水冷システム(LLC: Liquid Loop Cooling) … CPUとメモリーの距離を短くすることでメモリーのアクセスタイムを極小化
- Software on Chip … アプリケーションの実行時間を激減
富士通はこのプロジェクトの開発コードをAthenaと名付け、パートナーであるオラクルとともに開発を進めた。ベースとなっているチップはSPARC 64であり、当然ながら同じ開発手法が採られている。
Oracle Databaseを実行するのに最適な設計となっているが、「エンタープライズデータベースであれば、ほとんどがAthena上で動作する」と豊木氏。ただし、Athenaに搭載されている先進的な機能を、既存のデータベースで活かすことはできない。現在、Oracle DatabaseはAthenaでの動作を前提に開発されており、AthenaにはOracle VMがビルトインされる。両社の密接なコラボレーションが生み出す性能は、「SPEC_int rateベンチマークでIBM Power 7の2倍、暗号化パフォーマンスに至ってはSPARC64 VII+マシンの150倍以上」という劇的な数値を叩き出している。
Athenaの圧倒的なデータベース処理能力は、1つの筐体内でのOLTPとOLAPの両立をも容易にする。「メインフレームの流れを組む富士通のハードウェアは、これまでOLTPに強いというイメージが強かったが、AhenaによりDWHのような情報系への進出にも大きなはずみがつく可能性は高い」と豊木氏は自信を見せている。
Athenaを搭載した製品は「2013年のそれほど遅くない時期」(豊木氏)に登場する予定だという。
マルチテナントなデータベースシステムOracle 12cの最新機能
豊木氏に続いて、エリソンCEOが登壇し、4つの新発表を行った。
- IaaSの提供 … すべてがEngineered Systemsで提供されるIaaS
- Oracle Private Cloud … Oracle Cloud(パブリッククラウド)の拡張で、ファイアウォールの後ろに置くことができるプライベートクラウド
- Oracle Database 12c … 世界初のマルチテナント/プラガブル型のデータベース
- Exadata X3 … 最大26TBまで搭載可能なインメモリー型のデータベースマシン
SaaS、PaaSに加え、今回新たにIaaSを提供することで、オラクルのクラウドメニューは大きく拡充した。競合他社に比べてIaaSへの取り組みが遅すぎるのではという批判もあるが、エリソンCEOは「IaaS提供に時間がかかったのは、まずプラットフォームの構築を最初に行ったから。オラクルが提供するIaaSは、コモデティではなく、すべてExadataなどのEngineerd Systemsで構成されている。そのおかげで、データベースとミドルウェアを強化でき、さらにはFusion Middlewareを取り入れたことで、最強のクラウドプラットフォームが出来上がった」と語り、後発の弱みはないと断言する。また、「IaaSにおけるライバルはAWSであり、IBMではない」とも強調している。
基調講演の壇上に立つオラクルのラリー・エリソン氏
パブリッククラウドを拡張した形態のプライベートクラウドもEngineered Systemsで構築していることに強くこだわるエリソンCEO。パブリッククラウドとして実績を積んできたクラウド基盤を、顧客の「ファイアウォールの後ろに置く」、つまりデータセンターの内側に構築することを可能にするソリューションだ。"ビハインド・ファイアウォール"を実現したことで、信頼性やセキュリティを高めているだけでなく、当然ながらOracle Cloudとは100%互換であるため、パブリック⇔プライベートのデータ移行も容易だ。
Oracle Database 12cについては、今回のOOWでの登場が噂されていたが、マルチテナント型のプラガブルデータベースという予想外の機能強化に会場からは驚きの声が上がった。12cのcはcloudを意味するが、まさしくクラウドのためのデータベースとして仕上がったようだ。当初、エリソンCEOはマルチテナント型に反対していたという。
「セキュリティを考慮すれば、アプリケーションレベルでマルチテナントを実装すべきではないと考えていた。しかしデータベースのレベルで実現できるならば、つまり個々のデータベースをプラガブルにすることで、テナントひとつひとつのセキュリティを担保できることがわかった。今ではクラウドで事業を展開する企業には欠かせない機能だと確信している」と語る。プラガブルにしたことで、ハードウェアリソース、とりわけメモリの割り当てが従来よりも適切に実行できるので、コンフリクトが起こりにくく、性能も大幅に向上する。エリソンCEOによればこのマルチテナント機能で「ハードの数は1/5に、効率は5倍になる」という。
もうひとつ、Oracle Database 12cで特徴的なのはヒートマップの採用だ。これはストレージコストを削減するために強化された機能で、アクセス頻度によって圧縮率を変え、ユーザには色分けしてデータを表示する。赤であればホットなデータなので圧縮せず、ブルーであればアーカイブすべきデータなので高い圧縮率で格納し、さらにHybrid Columnarで階層的に圧縮することも可能だ。
最後はExadata X3だ。超高速性を追求するExadataの最新機だけあって、メモリ容量最大26TB、従来比で10倍の圧縮率、今回も驚くようなパフォーマンスの数値が並ぶ。ワークロードは場合によっては現行Exadataの100倍もの高速性を実現できるという。読み込みだけでなく書き込みの速度が高いのも特徴で、書き込みで秒間100万IOPSというパフォーマンスを誇る。
だが、Exadata X3でもっとも驚かされたのはインメモリーマシンとして登場したことだろう。インメモリで220TBのデータを格納可能で、エリソンCEOはインメモリーデータベースのSAP HANAを引き合いに出し、「SAPのHANAとかいうインメモリーデータベースは0.5TB程度…ずいぶん小さいね」と揶揄し、「Exadata X3こそが本物のインメモリーソリューション」であると断言している。
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今回の富士通とオラクルの協業強化からは、両社がクラウドビジネスにおける対IBM戦略を強く意識していることが伺える。IBMに勝つということは、クラウド市場をIBMロックインから解き放つということでもある。
Athenaがもたらす超高速性と、クラウドプラットフォームとしてブラッシュアップされたフラグシップ製品。オラクルは常に「圧倒的な速さは業務を変える」と提唱しているが、次のフェーズではAthenaで動くOracle Databaseが提供する世界がいかに高速で、いかに業務を変えることができるのか、その証明が求められるはずだ。両社が実現しようとしている"比類なきデータベースパフォーマンス"の実体に、いま多くのオラクルユーザーが強い関心を寄せている。(五味明子=フリーITジャーナリスト)