[技術解説]

ハイブリッドクラウドに求められる「3+2+5」の要件とGRC

クラウドを味方にアプリを取り戻せ

2014年2月19日(水)入江 宏志(DACコンサルティング 代表)

クラウドコンピューティングにおいては大きな流れの1つを形作っているのがハイブリッドクラウド(Hybrid Cloud)だ。そこには、情報システムに求められてきた「3+2+5」の要件とGRC(Governance、 Risk management、 and Compliance)の要件が集約されている。「3+2+5」の要件と、ハイブリッドクラウドの対応事例を解説する。

 情報システムを構築・活用するためには、図1に示すような11の構成要素が必要である。クラウドコンピューティングを局所的に定義すると、これらのIT資産をユーザー企業が全く持たないのがパブリッククラウド(Public Cloud)である。ただし、ユーザーがどこまで保有するかで、SaaS(Software as a Service)、 PaaS(Platform as a Service)、 IaaS(Infrastructure as a Service)などに分かれてくる。

図1:情報システムの構築・活用に必要な11の構成要素

 現在のIT業界には、クラウドコンピューティングについて3次元の潮流がある。1つは、SaaS、PaaS、IaaSの各機能を充実させる流れである(図2のx軸)。SaaS/PaaS/IaaSの間で連携するのではなく、単独で機能を充実させる、いわゆる垂直統合型である。

 もう1つは、SaaSがPaaSの上に、PaaSがIaaSの上にと、きれいな形でつながるもので、水平分業型になる流れだ(図2のz軸)。当初のクラウド市場では、垂直統合型が中心だった。しかし最近は、水平分業型に移行しつつある。ネットワークレベルでの分離を促すSDN(Software Defined Network)が普及すれば、水平分業は一層推進される。

 そして最後の潮流が、形態が異なるパブリッククラウドとプライベートクラウドを連携する形である(図2のy軸)。この潮流こそが、ハイブリッドクラウド(Hybrid Cloud)である。そこには、これまでのコンピュータに求められてきたすべての要件が集約されようとしている。

図2:クラウドコンピューティングにおける3次元の潮流

Hybridは第3世代のクラウド

 ビジネスの世界で、インターネットを使ったシステム構築が始まったのは1995年頃からである。そこでは、「一貫性(Consistency)」と「可用性(Availability)」、そして「拡張性(Scalability)」の“3要件”が、特に考慮された。現実には、3要件をすべて満たすというよりは、拡張性を活かしつつ、残りの2要件のいずれか1つを犠牲にしてきた。これが、スケールアウトの世界である。

 そしてクラウドが登場した2006年頃からは、パブリッククラウドの長所である「コスト削減(Cost Reduction)」と「俊敏性(Agility)」の“2要件”に、ユーザー企業は飛びついた。スケールアウトを超えたWebスケールの世界である。これがクラウドの第1世代と言えるだろう。

 だがそこでは、解決が難しい“5要件”があった。「サービス品質(Quality of Service:QoS))と、「セキュリティ&コンプライアンス(Security & Compliance)」「既存システムとの統合(Consolidation)」「自動化(Automation)」「可視化(Monitoring)」である。これらを実現するために登場したのが、プライベートクラウド(Private Cloud)という概念や対応製品/サービスである。クラウドは、Enterpriseレベルに対応した第2世代になった。

 ところで1995年以前は、メインフレームを中心としたスケールアップの時代である。コスト的に拡張性の確保が困難なことから、ユーザー企業はスケールアウトに流れていった。だが、メインフレームが代表する「信頼性」という要件が頭から離れることはない。そこでは「GRC」が求められる。クラウドが第2世代までに実現した「3+2+5」の要件にGRCを加えたものが第3世代のクラウド、すなわちハイブリッドクラウドである。

海外ハイブリッドは5パターンある

 ハイブリッドクラウドの活用事例が海外では増えている。代表的な例をみれば、「3+2+5」の要件およびGRCへの対応の度合いによって、ハイブリッドクラウドには以下の5つのパターンに分けられる。しかも、各パターンの頭文字を並べると「ABCDE」になっている。

【パターン1=Hybrid Apps】

 Hybrid Cloudの本命と言えるパターである。パブリッククラウドとプライベートクラウド、あるいはHosted Private(パブリッククラウド上にシングルテナントを実現する形態)間で、アプリケーションを連携させる。典型的な事例を以下に示す。

(1)メール&コラボレーション

 Hosted Private上で、米Microsoftの「Lync」と「Exchange」を稼働させ、プライベートクラウド上にある同じソフト群と連携させる。パブリッククラウドである「Office365」と異なり、Hosted Private上にシングルテナントとして実装でき、カスタマイズできるのが特徴だ。持株会社などが連結子会社をつなぐハブとして利用するケースなどに向く。専用のポータル・サイトを用意するクラウド/サービス事業者も出てきた。例えば、Dimension Dataの「CSfM(Cloud Services for Microsoft)」などである。

(2)アナリティクス&レポート

 パブリッククラウドまたはHosted Private上でデータを分析し、必要に応じて、プライベートクラウド上のデータベースにアクセスするパターンである。プライベートクラウド上で社内にある静的データを分析しながら、パブリッククラウド上で企業外に流れている動的データを分析するBA(Business Analytics)の事例になる。ビッグデータ分析の入り口とも言える。

(3)パブリッククラウド上のKVS(Key Value Store)と
プライベートクラウド上のRDBを活用したWebシステム

プライベートクラウド上のRDBにあるトランザクションデータに加え、パブリッククラウド上のKVSで管理するトラフィックデータ(検索キーワードやログなどの非定型データ)やCEP(Complex Event Processing)で取得したストリームデータなどを活用するパターンである。

【パターン2=Hybrid Cloud Burst:動的なアクセス】

 プライベートクラウド上に用意したIT資源の能力を超える要求があった時に、契約しているパブリッククラウドのIaaS基盤を使うパターンである。事前に設定した、しきい値を超えた際に、パブリッククラウド側で仮想サーバーを構築する。例えば、プライベートクラウドのIT資源利用率が80%を超えたら、自動的にパブリッククラウド上に仮想サーバーを構築する。あるいは、繁忙期が予め分かっていれば、そこに向けてクラウドサービス事業者と契約し、必要に応じてIT資源を増減する。

 クラウド間は、REST API(Representational State Transfer Application Programming Interface)で連携する。膨大なWeb上の情報を一意に識別できるURI(Uniform Resource Identifier)を定義し、IT資源情報の取得(GET)、作成(POST)、更新(PUT)、削除(DELETE)を実行する。「OpenStack」「CloudStack」といったOSS(Open Source Software)が提供するAPIや、クラウド事業者が用意するAPIを使い、サービスを停止したり起動したりする。

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