クラウドを基盤に利用企業自らがアプリケーションを構築するようになれば企業はどう変われるのか。そんな将来像を先取りする企業群がある。iPad/iPhoneに対応する米FileMaker製ソフトを各社のクラウド環境に見立て、スピード経営を武器に事業拡大を図る中堅・中小企業だ。彼らに習うべきポイントは少なくない。
「FileMaker」は、米Apple Computer傘下の米FileMakerが開発・販売するデータベース製品である。専用ツールによるアプリケーション開発が容易なことが特徴の1つで、Macユーザーの間では、Excel/Accessに並ぶほどの根強い人気がある。2012年4月に登場したアドオンソフト「FileMaker Go」により、iPad/ iPhoneからもネットワーク経由でアプリケーションを利用できるようになっている。
プライベートPaaSと同等の利用環境
クラウドと、このFileMakerに何の関係があるのかと疑問に思われるかもしれない。しかし、iPad/ iPhone対応したFileMakerは、プライベートなPaaS(Platform as a Service)環境になぞらえることができる。厳格な定義に照らせば「クラウド」とは呼べないまでも、利用環境はほぼ同義だ。
利用企業は、FileMakerの開発・実行環境だけを意識してアプリケーションを開発できる。FileMaker Goの登場で、デスクトップからもノートPCからも、そしてiPad/iPhoneからも同じアプリケーションとデータを利用できる。そして何よりも、iPad/iPhoneというモバイル環境を事業推進に最大限活用している。
個々の企業の取り組みは後述するが、今回取材した企業にはいくつかの共通点がある(図1)。1つは、経営トップ自らが、モバイルによる事業推進に信念をもって取り組んでいること。iPad/iPhoneといった機器や各種のクラウドサービスについても積極的に情報を集め率先して利用している。
そして、経営トップに寄り添うようにFileMakerを含めICTに明るい人材が存在することだ。「こんなことができないか」「こんなデータは見られないのか」といったトップのニーズを即座に具現化し、試行錯誤しながらアプリケーションをブラッシュアップする。
もう一つは、経営トップらが進めるICTの仕組みが現場に浸透していることである。その背景には、iPad/iPhoneの導入以前から、品質管理や工程管理のための業務プロセスが確立できていたことがある。紙ベースだった業務プロセス管理をモバイルベースに置き換えたのがスタート点だ。そこから「想像以上の効果に遭遇した」というのが実態だろう。
各社とも、iPad/iPhoneやその通信料は全額会社が負担する。意思決定のスピードアップや営業効率の向上を考えれば、通信料込みで1人当たり月額7000円程度のICT投資は「安い」と判断する。むしろプライベートでもiPad/iPhoneを積極的に利用させ、デバイスに慣れされると同時に、「かっこいい父・母」の姿を家庭でも演出する。
こうした取り組みを「中堅・中小企業だから」と退けるのは簡単だ。大手が望むGRC(Governance・Risk・Compliance)の観点から見れば、未整備な点もあるかもしれない。だが、上記の共通点は、ICT活用の成功条件そのものだ。以下に紹介する各社の取り組みの中に、多くの企業が望むクラウド活用像のヒントがあるはずだ。
ワークキャム:食品用梱包材などの試作品作成
商談中の見積もり・納期回答を実現
「当社の納期は受注後1日か2日。同業種では世界一のスピードだ」――。こう胸を張るのが、ワークキャム(東京・中央区)の野﨑 幸一朗 代表取締役社長だ。月間400から500の案件をこなし、売上高も順調に伸びているという。
ワークキャムが作成しているのは、食品用梱包材や食品成形時に使用する型などの試作品。具体的には、弁当容器や食品トレーなどで、新商品に最適化した形状などを確認するためのテストサンプルである。同社が作成したサンプルで実際に商品を作成し、「OK」が出れば量産に回される。
その試作品作成で世界一というスピード対応を可能にしているのが、FileMakerとiPad/iPhoneなどを使った情報共有環境だ。「今、どの試作品がどの工程にあるのかを全社員がリアルタイムに把握している。営業担当者は商談中でも料金見積もりや納期を回答できる」(野﨑社長)という。
同社の受注プロセスはこうだ。営業担当者は、顧客から用途や必要な数、納期といったニーズを聞きながらFileMakerに入力。その後に営業担当者が図面を作成しサーバーに登録する。このデータを元に3D(3次元)CADの担当者が3Dデータを作成し、切削機械などで型を作る。出来上がった型で弁当容器などをプレス成形し、整形すれば完成だ。
この間、現場の担当者も、最新情報を見ながら作業効率が高まるように段取りを変えていく。作業実績は日報として入力することで、「誰が、どの作業を何分やったのか、作業コストがすべて見える」(野﨑社長)仕組みになっている。
社員20人弱なのに端末は70台も
情報共有のために、ワークキャムのオフィス内には至る所にPCやiPadが置かれている。例えば、営業担当者は、iPad/iPhoneのほかに、デスクトップPCとノートPCも持っている。社内と客先、工程管理と電話応対など「その時々に最適な環境で作業するため」(野﨑社長)だ。CAD用のWindows環境が必要なこともあるが、20人弱の社員数に対し端末数は約70台に上る。フロアが異なる担当者間では、テレビ電話のFaceTimeを使った、やり取りも日常茶飯事になった。
ワークキャムは創業時からMacで管理業務をこなしてきた。当初は野﨑社長自らがアプリケーションを作成することもあったという。現在は、管理部システム管理課の飛田 茂克 氏がシステム関連を一手に引き受ける。
飛田氏によれば、「アプリケーションは日々、変化している」という。野﨑社長のニーズを反映するだけでなく、現場からの要求にも応えているからだ。「現場も『何をどうすれば良いか』が数字で見えるため、仕事が楽になることが分かってきた。オフィス内を歩いていると常に改善要求が飛び出してくる」と飛田氏は嬉しい悲鳴を上げる。
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