政府が発表した「働き方改革実行計画」等により、罰則を伴う長時間労働の抑制が推進される中、企業は、これまでも社会的に問題視されてきた「隠れ残業」の実態をいかに把握し、どう解消していけばよいのか。テレワーク時代の到来を見据え、長時間労働の抑止力となり、従業員の満足度と生産性を向上するための、新しい勤怠管理の手法について考察していこう。
ワークライフバランスの実現にはほど遠い、日本の長時間労働
近年、「ワークライフバランスの実現」が声高に叫ばれているが、日本は長時間労働者の割合が欧米各国に比して多く、仕事とプライベートの両立が困難であることが問題視されてきた。今年3月に政府がまとめた「働き方改革実行計画」によれば、週労働時間49時間以上の労働者の割合は、米国16.6%、英国12.5%、 仏10.4%、独10.1%に対して、日本は21.3%との報告がなされている(2014年調査)。
しかし、ここで報告されている数値も日本の労働環境の実態をつまびらかにしたとは言い難い。例えば、「20時になったらタイムカードを押して自席に戻り、仕事を続ける」といった、表には出てこない隠れた時間外労働が行われてきたことも否めないからだ。また、休憩とされている時間であっても、休めない労働者も多いと思われる。
当然ながら、こうした行為は労働基準法に違反するものだ。しかし、労働基準監督署の監視の目を逃れるため、「自宅に持ち帰って仕事をする」といった隠れ残業のいたちごっこが行われていることも現実ではないか。しかも、本来であればワークライフバランスを実現するための制度である、テレワーク、在宅勤務も、ともすれば隠れ残業を助長させいる側面もあり、従業員の労働時間の実態をますます見えにくさせているのだ。
長時間労働に歯止めをかけるべく、政府が働き方改革を推進
こうした現状に対して、前述した働き方改革実行計画では、罰則を伴った長時間労働の抑制が検討されている。罰則付きの時間外労働の上限規制を導入するだけでなく、長時間労働を是正するために企業文化、さらには取引慣行の見直しも推進するというものだ。これにより、労働参加と労働生産性の向上を図るとともに、従業員の健康を確保しつつワークライフバランスを改善し、長時間労働を自慢する社会を変えていくことを目指していくことが示されている。
例えば、週40時間を超えて労働可能となる時間外労働時間の限度を、原則として、月45時間、かつ、年360時間とし、違反には特例を除いて罰則を課すといった労働時間管理の厳格化が示されている。なお、特例として、繁忙期等、臨時的な特別の事情がある場合には、時間外労働時間の年間上限を720時間としている。
同計画に基づいた法改正が実施されれば、従業員の長時間労働の実態を経営層が把握していなかったでは済まされなくなる。当然、違反行為には罰則が適用されることとなる。だが、罰則を回避するためだけでなく、従業員の健康と幸福を守るため、長時間労働を抑制するような取り組みが改めて企業に求められているのだ。
長時間労働の抑制に向け、勤怠管理をITで徹底化
そうしたことから、勤怠管理の目的も大きく変えていかなければならない。すなわち、社員の行動を管理するためのものから、働き過ぎを防止するものへと考え方を変えていく必要があるのだ。また、在宅勤務やサテライトオフィス勤務、モバイルワークなど、今後、働き方の多様化が進んでいく中、テレワーク等にも対応できる柔軟な勤怠管理を実施していくことが急務となる。
テレワークも踏まえた勤怠管理の徹底だが、ITの活用で実現できるようになる。その一例が、出退勤管理システムのモバイル対応だ。PCやスマートフォンを利用してどこからでも打刻できる出退勤管理システムを用いれば、テレワークの申請をはじめ出勤・退勤の打刻までが簡単にできるようになる。集計作業なども管理システムが一元的に行ってくれるため、テレワークの実施に際して懸念となっていた総務部門等の負担も減らせるようなるだろう。
ただし、ここで留意しなければならないのは、出退勤管理システムの打刻時間だけで正確な労働時間を把握できるとは限らない点だ。冒頭で述べたように、「20時になったら、出退勤管理システムに打刻して、再び仕事を続ける」といったことが行われないようにしなければならない。
そうした課題に対してもITを活用することで、テレワークも含めた、従業員の労働時間を正確に把握できるようになる。具体的には、社内システムへのアクセスログをはじめ、ファイルのタイムスタンプやメールの送受信ログなど、様々な社内システムを連携させるとともに関連するデータを収集・分析すれば、実際の労働時間を把握することは可能である。
ここで、ITを活用した勤怠管理の取り組みについて、富士通の事例を紹介しよう。同社は2017年4月から、働き方改革の一環として全社員3万5,000人を対象に「テレワーク勤務制度」を正式導入している。そこで用いられているのが、PCやスマートフォンを利用して、働く場所を問わずに打刻できる出退勤管理システムだ。同システムで打刻された労働時間とPC等へのアクセスログから算出された労働時間に大きな差違が見られた場合には、管理職にアラートを上げる仕組みの導入も検討しているという。また、上司が把握していない状況での労働が発生しないようにするとともに、社員の時間管理意識の向上を目的として、残業申請システムも整備。具体的には、富士通エフサスが開発した「FUJITSU Software IDリンク・マネージャーII」を導入し、残業申請時間外のPCの利用制限を行ったり、ポップアップメッセージによる業務終了を促したりするなど、長時間労働を抑止するような取り組みが進められている。
各種のログから実労働時間が割り出せるのであれば、打刻は無意味だと思われるかもしれない。だが、それは間違いだ。まず、打刻は仕事モードのオンとオフを切り替えるスイッチとして機能する。特にテレワークでどこでも仕事ができるとなったときに、自分の頭を仕事モードに切り替える儀式として打刻は有効だ。また、不正確な打刻をしてもバレることを社員が認識すれば、自ずと正確に打刻するようになり、結果として労働時間の自己管理を促すことができる。何事もそうだが、人にやらされるよりも自分からやるほうがモチベーションを高められるものだ。
労働管理の厳格化が企業の競争力強化をもたらす
労働時間管理の厳格化は、法規制対策に留まるだけのものではない。企業に対して、様々なメリットをもたらすものだ。その一つが「労働時間の見える化」による人的リソースの最適配置である。ある業務を担当する従業員に対して、どのくらいの時間がかかるのかといったデータを多面的に分析していけば、業務に対する担当者の適正・不適正、さらには意欲や不満などを把握できるようになり、適材適所の人員配置に繋げられるようになる。
また、適切な労働時間を維持することで「社員に無理をさせない会社」に変ることができれば、従業員の満足度を高められるようにもなる。従業員の満足度が向上すれば離職率も下がり、ひいては社員の熟練化に伴う生産性向上をもたらす。
このほか、対外的にも働き方改革に積極的に取り組んでいることをアピールすることで、企業イメージのアップにも貢献できるようになるだろう。
最後に、テレワーク時代を見据えた労働時間管理、働き方改革を実践していくためには、ITインフラの整備はもちろんのこと、人事考課制度の整備、そして、何よりも経営者や従業員の意識の改革が重要だ。
永らく日本企業では、「長時間仕事をしていることを評価する」風潮が多々見受けられてきた。そうした文化を廃し、なるべく短い時間で業務を完了するほうが評価される企業文化を醸成していくこと、そして実際の制度を整えていくことが不可欠だ。これにより、長時間労働を抑制し、社員がより効率的に業務を行えるようになれば、生産性の向上、ひいては企業に競争力をもたらされることは間違いないだろう。