働き方改革関連法の成立が目の前に迫っている。企業の中には、新法の施行を前に就業規則や人事制度を更新したところもあるだろう。ただし、働き方改革は終わりのない取り組みであり、新たな動きもすでに始まっている。その次世代の働き方改革を牽引するキーワードの1つが、「人生100年時代」である。
進まぬ副業・兼業を起点に次の働き方改革を考る
働き方改革を構成するキーワードには、長時間労働の是正、柔軟な働き方の実現、同一労働・同一賃金、ダイバーシティなど様々なものがある。働き方改革関連法案の成立を目の前に、各企業は取り組みを強めており、CSRの一環として自社の働き方改革の成果をアピールしている企業も少なくない。
もっとも、働き方改革の中でも進んでいる分野、遅れている分野はあり、ほとんど手付かずといえる分野もある。それが「副業・兼業の推進」だ。
就業規則で社員の副業を禁止している企業は約7割と言われているが、残り3割が副業を認めているとは限らない。単に就業規則に副業に関する項目がないケースも含まれるからだ。
ちなみに、副業・兼業の禁止に関しては、明確な法的根拠があるわけではなく、各企業が自社のルールとして定めているにすぎない。そのため、副業が発覚して懲戒解雇された社員が、不当解雇として会社を訴えるというケースが過去何回も発生している。そうした裁判における原告の典型的な主張は、「勤務時間外の副業は自由に行えるべきであり、それを禁止する就業規則は個人の権利を侵害している」というものだ。裁判の判決はケースバイケースであり、原告の主張が認められることがある一方で、本業に支障が出るほどの長時間の副業を行っていたケースでは被告側が勝っていたりする。
つまり、現在の副業・兼業はグレーゾーンだらけであり、労働者が十分に活躍できる環境になっていない。そこで企業に対し、副業・兼業を認めるにあたってのルールづくりを促そうというのが、昨今の働き方改革における「副業・兼業の推進」の主旨である。
もっとも、副業・兼業の推進に積極的な企業は稀である。その理由は明らかで、それが自社にもたらメリットを見い出せないからだ。たしかに、副業・兼業の推進は、貴重な労働力を外部に流出させる機会を増やしかねず、ルールづくりも面倒など、企業のデメリットとなる可能性はある。
副業・兼業をなぜ認める必要があるのかを理解するには、企業と労働者の関わり方についてより大きな視点から見直す必要があるだろう。
1つの会社でキャリアを全うすることが非現実的に
「人生100年時代」という言葉がよく使われるようになったのは、この2年くらいのことだ。2016年末に日本語版が出版されたリンダ・グラットン氏の『LIEF SHIFT―100年時代の人生戦略』がベストセラーになり、日本政府も2017年9月から「人生100年時代構想会議」を開催して人生100年時代を見据えた経済社会システムのあり方について検討を進めている。
日本人の平均寿命は男性80.98歳、女性87.14歳(どちらも2016年統計)なので、100年には遠く満たないが、平均寿命なのでより早く死ぬ人もいれば、より長く生きる人もいる。実際、年齢100歳の人というのはそう珍しくなくなってきており、そういう意味ではすでに人生100年時代は始まっているという見方もできる。
さて、寿命が長くなると何が変わるのか。定年後も働き続ける人が増える。60歳で定年を迎えた場合、その後の人生は40年もあるのだ。金銭的な理由で働かざるを得ない人もいるし、社会との結びつきを求めて働きたい人もいる。では、定年年齢を引き上げれば済むかと言えば、そうでもない。
というのも、人間の平均寿命が伸び続ける一方で、企業の寿命は短命化しているからだ。東京商工リサーチの調査によると、2017年に倒産した企業(7,318社)の平均寿命は23.5年(前年比-0.6年)であり、そのうち31.2%は業歴30年以上の老舗企業だという。そして、企業の短命化は今後加速する可能性が高い。デジタル・トランスフォーメーションによって、ビジネスのあり方が大きく変わり、業界ごとの浮沈も激しくなることが予想されるからだ。
もちろん、企業経営者の多くは、従業員に末永く働いてもらいたいと願っていることだろう。しかし、企業の短命化という数字の前では、1つの会社で勤め上げるという昔の日本型雇用のあり方は現実味が薄い。どこかのタイミングで転職するのが普通のことになる。
現在でも、定年後に再就職する人は多く、公益社団法人シルバー人材センターや、民間でも高齢者を対象とした転職サービスはたくさん提供されている。ただし、定年後の再就職といった2段階型のキャリアプランには限界がある。「人生死ぬまで勉強」と言われるが、高齢者が新しいスキルを獲得して別業界で再就職というのはどうしても難しい。結局は単純作業や作業補助的な仕事しかもらえないということになってしまいがちだ。
そこで『LIEF SHIFT』の著者、リンダ・グラットン氏が主張するのが、“マルチステージ”型の人生設計である。これまでの「教育」「勤労」「引退」という3ステージの人生から、「学びながら働く(学生起業)」、「働きながら学ぶ(リカレント教育)」、「複数の仕事や活動を並行して行う(副業・兼業)」、「自身のビジネスを始める(起業)」といった、様々なステージを行き来しながら人生を送るというのが、グラットン氏が言うLIEF SHIFTの主旨である。
人は成長し、年齢を重ねるに連れて、仕事のどこにやりがいを感じるかといった価値観が変わってくるものだ。それだけでなく、現在とは別の業界・別の職種への関心が高まることもある。
そうした場合、従来であれば一大決心をして転職ということになるわけだが、いざ転職してみたら、予想と大きく違ったということはよくある。業界自体への理解が足りなかったのか、それとも入った会社がたまたま自分に合わないものだったのか、いろいろなケースがあろうが、転職にバクチ的な側面があることは否めない。
ここでもし、現在所属する会社で副業・兼業が認められていれば、人生への負のインパクトを最小化しつつ、自身の可能性を探求することが可能になるだろう。副業・兼業は、労働者自身による自律的なキャリア形成を実現するうえで、大きな武器となる。
成長させてくれる企業が選ばれる
では、副業・兼業を認めることで会社が得られるメリットとは何か。これはいくつか考えられる。
まず、外の風を社内に呼び込むことができるというのが1点。副業をする社員は、外で異なる業界や異なる会社の文化に触れることになる。そこに見習うべき点があれば、自社にフィードバックしてもらうこともできるだろう。副業制度利用者に社内セミナーを行ってもらうというのもよい。
これも従来は、転職者に期待されていた役割だが、新参者の転職者は社内への影響力が十分でないと考えられるし、そもそも自社に慣れていないうちは、客観的な観察などできない。
2点目には、新たな雇用機会を得られることがある。副業というと「自社の社員が外で副業を始める」と考えがちだが、もちろん「他社の社員が自社で副業を始める」という逆のパターンもある。この人手不足の中、フルタイム勤務にこだわって門戸を狭める理由はない。育児や介護で時短勤務を認めているのであれば、副業による時短勤務でも優秀な人材はほしいはずだ。
そして3点目。副業・兼業を認めることは、従業員の自律的なキャリア形成を積極的に支援してくれる会社として、従業員とのエンゲージメントを強めることにつながる。副業・兼業を禁止したままだと、チャレンジ精神のある社員が会社をやめて飛び出してしまう可能性がある。テレワークなどの理念とも通じるころだが、多様な働き方ができる会社にすることが、社員に選ばれ、働き続けてもらえる会社になる要件の1つになるのだ。
人生100年時代の社会人基礎力とは
さて、副業・兼業の推進は、従業員の自律的キャリア形成支援策の1つにすぎない。自律的キャリア形成を会社が支援するうえでは、社員教育の改革が必要不可欠になる。
日本における社員教育は長らくOJT中心で行われてきたが、OJTは特定業務に関するスペシャリストを育てるには適しているものの、人生100年時代に求められるのは、OJTだけでは得られない業界・業種・職種を超えて通用するスキルである。
先に触れた「人生100年時代構想会議」では、このスキルを「人生100年時代の社会人基礎力」と位置づけており、これには以下の3つが含まれるとしている。
・前に踏み出す力(主体性、働きかけ力、実行力)
・考え抜く力(課題発見力、計画力、想像力)
・チームで働く力(発信力、傾聴力、柔軟性、情況把握力、規律性、ストレスコントロール力)
社会人基礎力をどう養っていくかについて、経済産業省の経済産業政策局 産業人材政策室がまとめた資料では、「教育機関におけるプログラム開発・展開や、企業・組織による人事配置・ 人事施策の充実等が求められる」とし、教育機関と企業の双方での取り組みの必要性を訴えている。
まず、教育機関は、開発した教育コンテンツを、Ed-Techを活用して多様なスタイルで学べる環境を構築してリカレント教育(生涯学習)推進する。一方、企業における取り組みとしては、本稿で取り上げた「副業・兼業」のほかに、「企業内の配置」、「学びへの支援」、「出向・社内起業」、「インターンシップ、海外留学・留職、他社留学」などの制度が有効であるとしている。
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自律的キャリア形成(キャリア自律)とは、労働者が自らの意思でキャリアプランニングを行うことではあるが、それを支援する体制の構築が企業に求められているのだ。