デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)と呼ばれる時代のうねりの中で、日本企業はかつてない大きなチャンスと危機の両面に直面しています。HULFT DAYS 2018 東京で行われたパネルディスカッションには、ユーザー企業とベンダーのそれぞれの立場を代表する識者が集結。既存システムをどうすべきなのか、そして我々が未来に向けて根本的に取り込むべきことは何か、本音ベースの議論を繰り広げました。
既存システムに突き付けられた「2025年の崖」という課題
田口:デジタル変革が進む中で、企業は最新のテクノロジーを駆使したエンゲージメントのシステムやサービスをスピーディに構築し、進化させる必要に迫られています。一方で既存の業務システム、いわゆるレガシーシステムをどうするのか、どういう方向があるのかといった議論が沸騰しています。その発端の1つが経済産業省がまとめた「DXレポート」であり、「このままでは運用保守費が高騰したり、エンジニアが不足したりし、それがDXを阻害する。放置すれば2025年に崖を迎える」と指摘しています。まずは皆さんがこの課題をどのように認識しておられるのかを伺いたいと思います。
吉留:私たち第一生命には、メインフレームで構築したシステムが多く存在しています。スクラッチ開発しており、自前で運用保守してきています。生命保険の場合、契約期間が長期にわたりますのでデータ品質の観点からもメインフレームは使い続ける計画です。だからといって経済産業省のいう「2025年の崖」を否定するわけではありません。この問題への対応には様々な分野の方の協力の下、取り組んでいく必要があると思います。
田口:既存の業務システムを維持しながらだと、FinTechやInsurTechといったイノベーティブな動き、あるいは異業種からの参入者に対抗できないといった危機感はありますか。
吉留:もちろんあります。でもそれは既存システムの問題というより、様々なシステム同士で効果的にデータ連携できるか、あるいは顧客サービスのためにデータを利活用できるか、といったことだと認識しています。また、対抗するという考え方よりは、様々な企業との連携を通じて、お客さまへ貢献できるエコシステムの構築が重要だと考えています。これを実現するためには、データ連携基盤というものが必要になるだろうという認識です。
田口:データ連携基盤によって既存システムを抽象化するわけですね。ありがとうございました。次にDeNAの成田さんに伺います。成田さんは、事業サイドが担うオンラインゲームやカーシェア事業など事業に直結するサービスやシステムを除き、全社共通の様々なシステムを担当されていますね。
成田:ええ。基本的にはそうです。業務システムや情報系システムだけでなく、全社システムとして共通利用する開発環境なども担当しています。
田口:そのシステム群を拝見すると、ほとんどが世界的に著名なSaaSやパッケージです。どういう経緯からこのような構成に行き着いたのでしょうか。
成田:以前は国産パッケージやスクラッチ開発したシステムがバラバラに存在していました。それをどう刷新するかを検討して導入を進めてきた結果、この構成になりました。いろいろなメリットがありますが、端的に1つ挙げると優秀な人材を確保するためです。DeNAのような企業では優秀なエンジニアが最大の財産である一方、ライバル会社との間で人材の引き抜き合戦も活発に行われています。そうした中で、どうやって優れたエンジニアの目を引き付けるかというと、彼/彼女らが重視するのは「どういう環境で仕事ができるか」なんですよ。どんなシステムを有しているかが”福利厚生的な感覚”で評価されるところがあり、ライバル会社よりも一歩先を行く業務環境を整備することが常に求められます。
吉留:確かに、どういう環境で仕事ができるか、というのは大切な視点ですね。優秀な人材に自社を選んで入ってきてほしい、不自由なく仕事をして欲しいという思いは私たちも同じです。「この会社で働きたい」と思ってもらえるシステムインフラを整備していく視点はとても大切だと思います。
小野:DeNAが使っているSaaSやパッケージのほとんどは、セゾン情報システムズでも採用しています。実際に使い勝手は優れていますし、SaaSの機能が社員を刺激する面さえあります。
田口:本業に関わる基幹システムは別にして、業務システムやコラボレーションのシステムは今後、DeNAのような構成になっていくかも知れませんね。
ITが本業そのものとなり破壊的な競争力を手に入れる
田口:さて、小野さん、多くの企業の情報システムをご存じの立場から「2025年の崖」は避けられない未来だと思いますか。
小野:まず2025年の崖に対して、「大げさに言い過ぎ」「メインフレームがオープン系に、さらにオープン系がWeb系に移ったときも同じことを言っていたではないか」という意見があることは承知の上で、現在進むDXは様相が異なると思います。これまでのITは社内業務を効率化するために存在しましたが、DX時代のそれは斬新なサービスを顧客に提供したり、新しいビジネスモデルを生み出したりします。
そうしたイノベーションは元来とても長い時間がかかるものでした。しかし今あるデジタル技術を組み合わせて軽々とイノベーションを実現するとか、それがディスラプション(破壊的イノベーション)につながったといった事例を、私たちはすでにいくつも目のあたりにしています。ITの位置づけが変わったのです。「2025年」はむしろ先過ぎる、つまり崖はもっと近いのかも知れません。
田口:同じく、広く企業ITの実態をご存じの齋藤さんはいかがでしょう。
斎藤:DXの位置づけについて、小野さんとまったく同感です。これまでのITの役割は、人間の仕事をサポートすることがすべてだったと言って過言ではありません。そうしたことから「ITは所詮、道具にすぎない」「ITはコアコンピタンスではない」と延々と言われ続けてきました。昨今、大きな話題となっているRPAも例外ではなく、人間が働くという業務のプロセスを基本的に何も変えていません。
これに対してDXとは何かというと、2004年にスウェーデン ウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が定義した「業務がITへ、ITが業務へとシームレスに変換される状態」に本質があります。人間が働くことを前提に最適化された業務プロセスを、システムやAI、ロボットが働くことを前提に新たな業務プロセスへと組み替えていくのです。さらに業務の現場での出来事をデータとして把握し、ITで最適解を見つけ出し、それを現場にフィードバックし、一層の改善を図っていきます。
顧客やモノ、コトもIT化されているので、まさにビジネス現場とITが一体となって、これまでの価値基準や品質などの常識を変革していくのです。端的に言えば、ITが本業そのものになっていく。デジタルテクノロジーをマスターした企業は破壊的な競争力を手に入れることができる――DXにはそんな側面があり、この潮流を捉えることができない企業は崖に直面することになります。
ROIの議論に終始していては先に進めない
田口:ありがとうございます。話を進めます。既存システム刷新も新規システム開発も含めて新しいステージに向かおうとすると、必ず抵抗もあります。IT投資の視点では、何らかの課題や目的が明確な場合はともかく、課題をあまり明確にできないDXのような取り組みや、レガシーシステムの置き換えとなると容認されにくい。「抵抗勢力のかっこうの餌食になる」というと言い過ぎかも知れませんが。
吉留:おっしゃる通りで、投資をする以上はどんな効果を得られるのかという議論が必ず起こります。ROIの視点をしっかり見ていくことに加え、定性的な効果も加味していく必要があります。PoCを進めていきながら幅広い視点で合意形成を図っていくことだと考えています。
田口:経営層の理解を得られるかどうかが鍵を握ると言えますね。
吉留:経営層のご理解を得るためには、ビジネス現場で働く人たちの熱意も大切だと思います。
田口:DeNAはどうでしょう。常にROIを問われますか。
成田:もちろんROIは重視しますが、誤解を恐れずあえて言うならば、ROIにとらわれ過ぎずに施策を推し進めることもあります。昨年もRPAを導入したのですが、研究開発の一環としてやろうということで踏み出しました。ROIにとらわれていると、リターンの根拠は何かといった説明に時間をとられるばかりで、まったくスピードが上がらないのです。スモールスタートでトライし、スピード感を持ってまず形にしていくことを重視しています。
田口:セゾン情報システムズは? 小野さんはCTOなのでROIだの抵抗勢力だのを気にせず、IT予算を自由に使えるとか(笑)
小野:そんなことあるはずないじゃないですか(笑)。とはいえ成田さんが指摘された通り、ROIにとらわれるとスピード感が上がらないのは事実です。そこで私たちはROIを分けて考えることにしています。「SoR(System of Record)」や「モード1」と呼ばれる基幹システムを中心とした“守りのIT”についてはROIをしっかり議論しますが、「SoE(System of Engagement)」や「モード2」と呼ばれる新たな事業創出や、利益拡大の原動力となる“攻めのIT”についてはROIをあまり考えません。
田口:齋藤さんはIT投資やROIについてどう見ていますか。
斎藤:強調したいのは、「ROIなんて嘘っぱち」ということです!(会場からどよめき)。既存の業務を改善するのであれば、現状という基準があるのでROIを算出する意味がありますが、DXのように新しいビジネスモデルやサービスを生み出そうとしている取り組みにおいては、そもそもベンチマークできるような基準が社内にも社外にもありません。DeNAのシステムのところで話題になった「Slack」のような企業チャットも同じです。ROIを無理やり算出して説明したところで、それは稟議を通すための方便に過ぎません。
田口:斎藤さんからきわめて率直かつ辛辣なご意見をいただきました。私自身も「ROIの議論に終始するのは、そろそろやめにしませんか」と訴えたいです。うがった見方をすれば、「ROIを示して皆で議論し、納得したのだから、仮に失敗したとしても自分だけの責任ではない」といった言い訳になっている一面もあるように見受けられます。少なくともROIがデジタル変革のブレーキになる事態は避けるべきです。短い時間でしたが、今日はありがとうございました。
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