「脱エクセル」、ここ数年で一気にIT業界に広まったキーワードだ。その主旨は「エクセルで行っている業務を専用の気の利いたツールに置き換えて、効率化しましょう」というものであり、「○○業務の脱エクセルは××で!」といった類のセールストークを、いたるところで目にする。すっかり悪者扱いされているエクセルだが、本当に非効率なのだろうか。本稿では、エクセルの何が問題なのかと、脱エクセルの立役者である「Webデータベース」について論じてみたい。
「脱エクセル」の本質とは何か
エクセルは便利だ。この長年愛されてきたアプリケーションは非常に自由度が高く強力で、見積書や報告書、申請書、稟議書、顧客管理に進捗管理など、様々な書類がエクセルで作られている。関数やマクロ、入力規則、条件付き書式などの機能を組み合わせれば、かなり本格的なアプリケーションを作ることができる。皆さんの会社にも「エクセル職人」と呼ばれるような、達人級の使い手がいるのではないだろうか。
企業の情報化、特に人材と予算の乏しい中小企業の情報化を支えてきたのがエクセルだ。なぜ、この便利なソフトウェアを捨てよというのか。
エクセルを悪役に仕立て上げた存在の一つに、「エクセル方眼紙」や「ネ申エクセル」(神エクセル)などと呼ばれるものがある。これがどんなものかはWeb検索してもらえばわかるが、極端に狭いセル幅とセル結合を多用して作られた、紙の書類様式を忠実に再現したエクセルファイルのことを指す。
これをやられると、データの入力やコピー&ペーストが不自由になり、メンテナンスもしにくくなる。中には、ふりがな欄のセルが1文字ごとに分けられているようなものを目にすることもある。筆者も大嫌いだが、これは道具が悪いのではなく使い方が悪いのだから、これをもってエクセルを悪と断ずるのは早計であろう。もっとも、配布されたフォーマットを使うだけの人間からすれば、エクセルを呪いたくなるのも致し方ないかもしれない。そうしたときは、ぜひクレームを上げて改善を要求してもらいたい。
ともあれ、結論から言うと、エクセルが非効率とされる理由は、実はあまりエクセルそのものには存在しない。その理由の大部分は、エクセルのデータがファイルという形式で保存され、情報共有がされにくい点にある。
エクセルのデータをどう管理・共有するか
エクセルはデスクトップアプリケーションであるから、データがファイルに保存されるのはごく当然なことだ。だが、そのせいでいろいろと不都合が発生する。
例えば、ある取引先から「先日の見積りに1項目を追加して出し直してくれ」と電話がかかってきたとしよう。ところが、担当者が長期休暇に入っていて捕まらない。見積りデータは担当者のノートPCに入っていて、それも自宅に持ち帰られている。こうなると、もうお手上げだ。恥を忍んで「ウチから出した見積り、メールで送ってもらえますか?」と取引先にお願いするしかない。
もちろん、見積書をエクセルファイルのまま送付していることはないだろうから、送ってもらったPDFを見ながら、見積書を再作成することになるだろう。余分な手間がかかるのもちろんのこと、恥ずかしいだけでなく、情報共有ができていない会社として、取引先の印象を悪くする恐れもある。
こうしたトラブルに陥らないよう、大抵の会社は、何らかの対策を講じていることと思う。見積書を提出する際は、必ずCCに上長のアドレスを入れておく、提出した見積書はファイルサーバーの所定のフォルダーに入れておくなどである。だが、こうした運用ルールはうっかり忘れてしまうこともあるし、そのルール自体が業務プロセスをより面倒にする原因ともなりかねない。
例えば、ファイルサーバーにデータを保管していても、どのファイルが目当てのものか分からなければ、それらしいものを一つひとつ開いて確認しなければならない。そこで、ファイル名で中身が推測できるように、ファイル名の命名ルールを作り部内に通達する。こうした運用ルールの不備を別の運用ルールでカバーするやり方は、際限がなくなりがちだ。ついには、ファイルをコピーし忘れないように、ファイル同期ツールを配布して退社時に実行するように義務付ける、といった実効性が疑わしいルールにまで発展しかねない(ファイルのコピーを忘れるような人は、きっと同期ツールの実行も忘れる)。
このような問題は、クラウドストレージを導入して、自動的にクラウド上にバックアップされるようにしても解決しない。原本がファイルであると、いずれバージョン違いのファイルが量産されて、管理しきれなくなるからだ。
「データがファイルとして生成され、その原本が個人PCのローカルディスクにある」という根本的な原因にメスを入れる必要がある。
Webデータベースが中小企業の救世主に
いうまでもなく、ソリューションとなるのは業務プロセスのシステム化だ。そして、市場には業務プロセスごとに様々な専用システムが提供されている。販売管理に在庫管理、生産管理、人事管理、顧客管理等など、挙げていけばきりがない。
だが、多くの業務をエクセルで済ませてきた中小企業にとって、そうした専用システムはどこか別世界のもののように感じられるものだ。クラウド時代になって、多くの業務システムがSaaSで導入可能になり、コスト面での敷居はかなり下がった。しかし、それらを使いこなすための人材やノウハウの不足といった課題は、一朝一夕に解決するわけではない。「新たにCRMを導入するから、来月から顧客管理はこれを使うように」と言っても、すぐ運用できるわけがない。既存のデータをインポートし、社員にトレーニングを受けさせる必要がある。クラウドサービスの契約はすぐ済むかもしれないが、そのシステムを実際に利用するにはそれなりのリードタイムが必要だ。自社に合わせてカスタマイズする必要があれば、コストとリードタイムはさらに増大する。
業務プロセスのシステム化は中小企業でも急がれるところではあるが、「エクセルで行っている業務をシステム化したい」という要望に対し、専用システムは重厚長大に過ぎるというケースがよく見られるのだ。
こうした中小企業のニーズをうまくすくい上げるかたちで急速に市場を拡大してきたのが、「Webデータベース」と呼ばれるジャンルのプラットフォームである。サイボウズの「kintone」が代表格だが、ジャストシステムの「UnitBase」やネオジャパンの「desknet's DB」など、選択肢は豊富だ。中小企業や部門レベルの導入が主だが、大企業向けを謳う「ひびきSm@rtDB」(ドリーム・アーツ)のようなサービスもある。
サービスごとに提供する機能に違いがあるが、共通するのは「非技術者がプログラミングなしでWebアプリを構築できる」という点である。ブラウザからアクセスして、マウス操作で入力フィールドなどのコントロールを配置していくだけで、Webアプリが構築できる。エクセルファイルを取り込んで、自動でWebアプリ化してくれるサービスも多い。
あえてエクセルをそのままWebアプリに
もっとも、Webデータベースでもコーディングが一切不要というわけではない。既存システムや他グラウドサービスとの連携など、高度な機能を実現しようとすれば、コーディングの必要が出てくる。せっかくシステム化するのだがら、より高機能に、より効率的にしたいと考えるのは人情というものだろう。だが、欲をかきすぎるのは考えものだ。
エクセルで行っている業務をシステム化するのなら、最初はそのままWebデータベースに載せ替えるくらいでちょうどいい。エクセルファイルのインポート機能を持つサービスならすぐにWebアプリ化できるし、そうでない場合もエクセルのフィールド構成のまま作ればよいので短時間でアプリを作れる。そして何より、社員(利用者)のトレーニングが最小限で済む。機能強化は、使いながら改善要望を募って、優先度高いものから対応していけばよい。
どんなかたちであれ、アプリケーションをWebデータベースに載せてしまえば、最大の目的であるデータの一元管理と共有は達成される。ファイルサーバーの中を探し回る必要がなくなるし、バージョン違いのファイルに悩まされることもなくなる。面倒な運用ルールも削減できるだろう。