[イベントレポート]

「変化なき者は生き残れず」─D2Cで斬新な顧客体験を競い合う世界の小売業

世界最大規模の業界イベント「NRF2020」で目の当たりにした小売/ECの最前線

2020年1月31日(金)堀野 史郎(マクニカ コーポレ一トマーケティング 室長)

2020年以降、日本でも増えそうなビジネス形態がD2C(Direct to Consumer)だ。デジタルテクノロジーを活用して消費者と直接の接点を持ち、斬新で個客ベストフィットなカスタマーエクスペリエンス(顧客体験)を生み出すアプローチである。このD2Cの広がり、業界での切磋琢磨を示したのが、2020年1月中旬に米ニューヨークで開催された世界最大規模の小売業/ECイベント「2020:Retail's Big Show & Expo」だ。日本から参加した著者が、ここで目の当たりにした小売/EC業界のグローバル最前線を報告する。

 皆さんは米国の小売業界の状況をどう見ているだろうか? アマゾン・ドットコム(Amazon.com)やeBayといった大手EC事業者が席巻し、今も勢いが衰えない。特にアマゾンはECに加えて先端テクノロジーを活用したリアル店舗の展開を強化し、既存の小売企業を飲み込む取り組みを加速させている。

 有力EC事業者に対抗して、世界最大の小売チェーンである米ウォルマート(Walmart)が近年、実店舗網を生かしてECを強化しているのも注目される。ただし、リアル店舗を有する多くの事業者は防戦一方──。おおむね、こんな感じではないだろうか?

 だが、イメージと実際は異なっていた。全米小売業協会(National Retail Federation:NRF)の主催で、リテール(小売)事業者を対象に、米ニューヨークで2020年1月11日から14日まで開催した「NRF 2020 Vision:Retail’s Big Show & Expo」(写真1)をこの目で見た筆者の実感である。この世界最大規模の小売業イベントに参加したことで、メーカーが消費者に直接販売するD2Cの広がりや、相対的に小規模なアパレルブランドが自ら取り組むオムニチャネルの事例などを数多く見聞することができた。

写真1:NRF2020 Visonの会場となったジャビッツセンター(Javits Center)。ニューヨーク・マンハッタン中心地の近くにあるコンファレンスセンターである。

 大手EC事業者の勢いが強いのは事実にせよ、個々の小売業もそれぞれにテクノロジーを活用してオンラインとオフラインを融合させたり、パーソナライズ化されたカスタマーエクスペリエンス(CX)/ユーザーエクスペリエンス(UX)を実現したりして、活路を見いだそうとしているのだ。実際のところ、米国の小売業界におけるテクノロジーはどういった方向に向かっているのか。2020年の注目すべき動きは何か。NRF 2020 Visionの模様から報告したい。

大手も新興もD2C(Direct to Consumer)で切磋琢磨

 まず、NRF 2020 Visionのオーバービューから。今回は、米国内はもとより世界99カ国、社数で1万8000社、人数で約4万人が参加した。一部を除き日本円で10万円超の参加費を支払ってのことと考えると、その規模を想像していただけるだろう。出展社数も800社以上に上り、展示スペースは、日本の東京ビッグサイトや幕張メッセの倍以上。我々もよく知るグローバルベンダーはもとより、日本では見かけることのないグローバルベンダーやローカルベンダー、スタートアップが軒を連ねていた。

画面1:日本上陸が話題になったスニーカーのAllbirds(オールバーズ)のECサイト(https://www.allbirds.com/)

 セッションでは多様なテーマや話題があったので何か1つに集約するのは難しいが、NRF 2020では「D2C」の浸透や広がりが明らかだった。日本上陸が話題になったスニーカーのAllbirds(オールバーズ、画面1)や、オンラインのメンズアパレルBonobos(ボノボス)など人気の新興ブランドがセッションを持っていたからだ。

 こうした企業からするとAmazon MarketplaceやeBay、その他の有力ECサイトを経由した販売は、集客面では良くても消費者との直接的な接点は持ちにくい。そこでメーカーが自ら販売サイトを展開し、リテールまでを担うD2Cというわけである。実店舗を持つ小売業も同じでD2Cならダイレクトな顧客接点を拡充できる。

 加えて、決済サービスや物流などD2Cに欠かせない機能の多くをクラウド経由で利用できるようになり、小規模なメーカーでもリテールまでできる環境が整ってきたことも背景にある。まとめると顧客の購買までのデータ、言い換えればリアクションを直接収集し、そこからサービスをアップデートしていくことが、1つのトレンドとして定着しつつあるわけだ。コモディティ化が進みつつあるAIを活用すれば、需要予測や価格設定など経験と勘で行ってきた業務も効率化・自動化できる。

「デジタルを脅威ではなく、機会と捉えよ」とNRF会長

 次に、筆者が参加できた範囲に限られるが、個別セッションを紹介しよう。NRFは2020年1月11日の前夜祭を経て、実際には1月12日午前のキーノート(基調講演)からが本番だ。開幕キーノートにはNRFの会長であり、BJ's Wholesale Clubの会長兼CEOでもあるクリス・バルドウィン(Chris Baldwin)氏が登壇し、こう述べた。

 「5年前はリテーラーが生き残るかさえ不明確だった。2019年は具体的な機会をつかんでビジネスを拡大しているリテーラーがいくつも出てきている。それらはデジタルがもたらす劇的な変化を脅威や問題としてではなく、積極的なチャンスと捉えて変化を取り込んでいる」──。変化している事業者のみが勝ち残っているのだ。

 なお、BJ’s Wholesale Clubは、名称が示すように会員制の卸売店で、日本では知名度がないが、米国ではコストコ(Costco Wholesale)のライバルとして知られる大手企業である。バルドウィン氏はさらに、「スマートデバイスの普及がデジタルリテールを推進させ、顧客体験の向上が必須になっている。マスアプローチではなくパーソナライズされた体験の提供が、我々リテーラーに求められている」とも語った。実店舗であっても消費者にもっと寄り添った、例えばスマートフォンアプリによるユーザー体験の設計がカギになる、といった見解である。

 講演の終盤にバルドウィン氏が強調したのが、「ユーザー体験や、それを裏支えするCRMやサプライチェーン領域への投資だけではなく、プライバシー保護、サイバーセキュリティへの投資を怠るな」という点だ。確かに、決済情報を扱うリテール企業で万一のことが起れば、消費者にとって資産の流出や口座情報の再設定など不便極まりない事態に陥る。小売企業にとっても致命傷になりかねないだけに、セキュリティ投資はきわめて重要だろう。

 続いて、ビッグネームがステージに上がった。米マイクロソフト(Microsoft)のCEO、サティア・ナデラ氏だ。「従来のリテールのスタイルでは消費者の期待に応えられない時代が来ている」とし、デジタルファースト時代の必然性を強調した。自社のソリューションや製品を絡めながらの話でもあり、このあたりまでは強いインパクトは感じられなかった。しかし、それで終わらないのが米国小売業界におけるマイクロソフトの強み。同社が小売業に多様なテクノロジーを提供している実績を、事例を通じて紹介した。

●Next:NRF2020で披露された、世界EC/小売業界のD2C先端事例

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