AIに関して、「なかなか実用化できない」「PoCで終わる」などといった声が一部に聞かれるが、デジタル先進企業はむしろアクセルを踏んでいるようだ。「DX銘柄」で2020年のグランプリを獲得し、2021年も選定された工具・機具専門商社のトラスコ中山がAIベンチャー2社との資本業務提携に踏み切った。
文字や画像の認識、異常検知、あるいは大規模データの分析など、AIの利用価値は高い。アプリケーションで考えても受注処理の自動化や需要予測、生産設備や情報システムの予防保全、物流における荷姿の設計や配車ルートの決定など、AI応用の可能性は枚挙にいとまがない。
このようにAIのポテンシャルは高いものの、いざ実用化に取り組もうとすると多くの場合、難題が降りかかる。
「AIへの知見が社内にない」「適したシステム資源もない」が典型だ。そこで、①時間をかけて人材育成したり既存の専門家を外部から採用する、②コンサルティング会社やITベンダーに業務を委託する、といった道を選ぶことになるが、方法はそれだけではない。③AI企業に出資し、必要な業務機能を実現しながら人材を育成するアプローチもある。
経済産業省と東京証券取引所の「DX銘柄」に2020年、2021年と2年連続で選定されたトラスコ中山は、この第3の道を選んだ。
同社は2021年6月15日、AI-OCR、AI音声認識を提供するシナモン(本社:東京都港区)、ロボットやAIを活用した物流ソリューションを提供するGROUND(本社:東京都江東区)と資本・業務提携を発表した(写真1)。両ベンチャーへの出資額はそれぞれ5億円。同時に名古屋大学とも産学連携協定を結び、今後数年にわたって数億円を投じるという。
工場や建設現場などで使われるプロ工具や現場用機具などの専門商社であるトラスコ中山は、自社の物流センターなどに40万点の在庫を持ち、受注からピッキング、配送を工夫し、例えばドライバー1本でも即日配送する体制をすでに築いている。最近では大口の現場によく使われる工具類をストックする、「MROストッカー」も展開中だ。“富山の薬売り”に倣ったサービスで、ほとんど例のないユニークなビジネスモデルと言っていい。レガシーマイグレーションも終えているので、DX銘柄に選定されるのは当然だろう(関連記事:“究極の問屋”を目指してデータドリブンに舵を切る─トラスコ中山の独創経営)。
しかし、これで十分などと考えているわけではない。同社社長の中山哲也氏は、今後の目標として「2023年までに50万、2030年までに100万アイテムを扱えるようにする/24時間365日の受注を可能にする/欠品・誤受注・誤出荷・棚卸作業をゼロに近づける/瞬時に見積り回答可能にする/できるだけ環境負荷の小さい企業になる、といったことを実現したい」と語った。
だが同社の場合、例えば見積依頼に対して価格や納期を自動回答する「即答名人」と呼ぶシステムを稼働させているなど、従来のIT化で可能なかなりのレベルで実施済み。よりいっそう高いレベルを追求しようとすると、AIやロボットの活用による自動化が不可欠になる。それが今回の資本・業務提携や産学連携に繋がったようだ。
具体的に何をどうするかはこれからだが、トラスコ中山が説明会で示したのが図1。ポイントの1つは図中の「先読み納品」で、前述したMROストッカーで提供する工具類や機材を適切に入れ替える。「(季節商品である)スポットエアコンが欲しくなった時にストッカーにあるようにしたい」(同社取締役・経営管理本部長兼デジタル戦略本部長の数見篤氏)。さらに「商品によって納品時間に差がある状況も改善し、すべてを最短納品にするよう傾注する」という。本業の様々な業務をAIで高度化しようと考えているわけだ。
拡大画像表示
AIベンチャー2社はどんな会社か。シナモンは2016年設立で、日本に加えてベトナムや台湾など海外のAI技術者約100人を擁する。「商品データの拡充、在庫最適化、業務の自動化にAIで貢献したい」(平野氏)。GROUNDは2015年設立で、物流領域(LogiTech)をコアに据えるだけあってトラスコ中山とは2018年頃から協業しており、同社が開発するソフトウェア「DyAS」やロボット活用を提供しているという。実績を踏まえての資本提携である。
●Next:次世代物流センター「プラネット愛知」を名古屋大を含めた協業体制で
会員登録(無料)が必要です