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[ザ・プロジェクト]

“究極の問屋”を目指してデータドリブンに舵を切る─トラスコ中山の独創経営

「DX銘柄2020 DXグランプリ」企業の戦略と実践[前編]

2020年12月16日(水)奥平 等(ITジャーナリスト/コンセプト・プランナー)

機械工具や作業用品などの工場用副資材(MRO)を扱い、ドライバー1本から「必要なモノを、必要な時に、必要なだけ」顧客に供給できる“究極の問屋”を標榜するトラスコ中山。そんな同社がデータドリブン経営への転換を目指した経営改革を敢行した。その過程と成果は、経済産業省と東京証券取引所によるデジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄2020)のDXグランプリ選定という形で評価された。同社のビジョンと実践を詳しく紹介しよう。

勘と思い込みを排除すべく、データドリブン経営へ

 トラスコ中山は1964年創業(前身の中山機工)、「がんばれ!! 日本のモノづくり」「問屋を極める、究める」を企業理念に、工具や屋外作業現場用機具を幅広く扱う大手卸売会社である。現在、取り扱いアイテムは約234万に及び、国内26カ所の物流拠点において常に約40万アイテム、約430億円分の在庫を所有している。

 「勘と思い込みは、時として致命的な失敗を犯す」という代表取締役社長の中山哲也氏の信念に基づき、同社は「データの分析と活用を次のステージへの礎とする」というビジョンを経営トップのコミットメントとして掲げ、企業価値向上を目的にデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進を本格化させてきた。

 DX推進の要はIT部門だ。経営管理本部内に置かれていた情報システム部は、情報システム本部への改組を経て、現在はデジタル戦略本部として車内の中央でDXの旗振りを担う。同時に、部門横断による情報共有を強化し、「未来構想メンバー」と称して、システムパートナーをはじめとする異業種との意見交換会や共創ワークショップなどを開催。DX推進に向けての組織を拡充し、積極的に議論の活性化と具現化を図ってきた。

 そんなDX推進活動の中、新生IT部門=デジタル戦略本部の前に障壁として立ちはだかっていたのがレガシーシステム。2018年に経済産業省が「DXレポート」で警鐘を鳴らしたとおり、DX推進の足かせのような存在だった。

写真1:トラスコ中山 取締役 経営管理本部長 兼 デジタル戦略本部長 兼 デジタル推進部長の数見篤氏

 同社はレガシーシステムの刷新に動く。2020年1月には新たな基幹システム「パラダイス3」を本格稼働させた。その際のコンセプトを、トラスコ中山 取締役 経営管理本部長 兼 デジタル戦略本部長 兼 デジタル推進部長の数見篤氏(写真1)は次のように回想する。

 「役員会や経営会議などを通じて、当社では自社の企業価値を向上させるためのオペレーションの革新、社内の業務効率化と顧客体験の向上との有機的結合などをテーマに、常に顧客視点に立脚したデジタル活用を探ってきました。特に注目したのがデータドリブン経営です。データ分析の積み重ねにより、次のアクションを生み出し、改善やイノベーションにつなげていくという発想です。

 しかし、それを突き詰めていくには、基幹システムの柔軟性と拡張性が求められる。「そこで、基幹システムの刷新を決断したわけですが、それは単にレガシーから脱却して運用コストを低減させるのみならず、まさにビジネス変革そのものに立脚したものです。その計画から構築プロセスを通じて、当社のデジタル化を基軸としたイノベーションは具現化へ向けて加速度を増していきました。その意味では基幹システムの刷新がトリガーとなり、DXグランプリにつながったと認識しています」(数見氏)


●Column●
DX銘柄2020/DXグランプリについて

 経済産業省と東京証券取引所が、中長期的な企業価値の向上や競争力の強化を目的に、日本企業の戦略的IT活用の促進に向けた取り組みの一環として、2015年より5回にわたって共同で実施してきたプログラム「攻めのIT経営銘柄」を、2020年度よりDXの実践にフォーカスして「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」に改定。過去最多となる533社のエントリーから「DX銘柄2020」選定企業35社と「DX注目企業2020」21社が選定された。DX銘柄2020のうち、「デジタル時代を先導する企業」としてトラスコ中山と小松製作所の2社が「DXグランプリ2020」に選定された(関連記事ポストコロナに向け、DXを先導するユーザーの着眼点は─「DX銘柄2020」選定企業の顔ぶれ建機革命から20年、“未来の現場”に向けたコマツのDX/オープンイノベーション)。


独自のKPI「在庫ヒット率」を追求し91%を達成

 新基幹システムのパラダイス3の構築にあたってのキーワードは「自動化できる仕事は、システムですべて自動化」。①営業業務、②コミュニケーション、③物流機能、④管理業務を自動化における4本の柱と位置づけ、社内の業務改革と連動しながらイノベーションを具現化していった。

 特筆すべきは、いずれにおいてもKPI(Key Performance Indicators:重要業績評価指標)やKGI(Key Goal Indicator:重要目標達成指標)を設定し、継続的に効果測定やROIを算出し、経営戦略に反映させていることだ。しかも、トラスコ中山のKPIは独自性が高く、それは「DX銘柄2020」の選定においても高く評価された。

 最も象徴的なのが、「在庫」に対する考え方だ。この観点において、トラスコ中山が経営の最優先指標としているKPIが「在庫ヒット率」である。耳慣れない言葉だが、「注文の何%を在庫から出荷し、即納できたか」を示す指標である。

 一般論として、在庫は「売れないものは置かない」「必要最小限に抑える」という発想の下、多くの企業では在庫が「一定期間中に何回入れ替わっているか」を算出する「在庫回転率」を重視する傾向にある。ところが同社は、「在庫はあると売れる」という発想の下、ロングテール商品から管理や配送が困難とされる物流難品まで、工場や建設現場などで使われるさまざまなプロツール(工場用副資材)を在庫しているという。

 また、商品のみならず、「商品の詳細を知りたい」という顧客の要望に即応するため、560社以上のカタログを常時在庫し、商品同様にバーコード管理している。その中で同社は「在庫は成長のエネルギー」とさえ言い切るのだ。

「在庫ヒット率という指標は、当社オリジナルな考え方かもしれません。というのも、在庫回転率は供給側の論理でしかなく、モノを必要とする側の視座に立ってみると、ほとんどメリットがありません。大切なのは、“売れるから在庫する”のではなく、お客様が必要とする際にスピーディーに供給するために在庫をするということ。それが、問屋の使命ではないでしょうか。そして、約40万アイテムの在庫があるからこそ、当社はお客様により多くの商品を即日お届けすることを可能としているのです。そこで生まれる信頼こそ、企業価値につながっていくと考え、当社は在庫回転率に見切りをつけ、1品単位で販売実績動向をデジタル解析することで、すでに在庫ヒット率91%を実現しています」(数見氏)

ロジスティクスに磨きをかけて在庫の最適化を実現

 この「在庫ヒット率91%」を支えているのが、顧客の「今すぐ欲しい」に応える物流力の向上を目的に埼玉県幸手市に建設した同社最大の物流センター「プラネット埼玉」である(写真2)。

写真2:埼玉県幸手市に建設した物流センター「プラネット埼玉」(出典:トラスコ中山)

 同センターでは、最新のデジタル技術とメカ(物流機器)を融合させることで、約40万アイテムに及ぶ在庫の高密度収納かつ高速入出荷を可能にし、必要な時に必要なだけ商品を即納できる体制へ向けて、最適物流と欠品させない在庫を、高度なデータ分析・解析のもとに実現している。「ロジスティクス ワンダーランド」を標榜する同社のロジスティクスの集大成的な存在だ(写真3)。

写真3:物流倉庫には最先端のデジタル技術と物流機器が導入されている(出典:トラスコ中山)

 そして、これらの物流機能の頭脳を担うのが、パラダイス3と連携し、膨大なデータの高速かつ高度な分析処理を可能にする、インメモリデータベースを基盤とした在庫管理システム「ザイコン3」である(図1)。

図1:在庫管理システム「ザイコン3」の概念図(出典:トラスコ中山)
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 トラスコ中山によると、ザイコン3が稼働する以前は、物流倉庫の購買担当者が月次の販売実績をベースに勘と経験から Excelなどを使って属人的に需要予測し、発注を行っていた。その結果、支店・配送センター側で欠品による機会ロスや即納遅れが発生するケースが、少なからずあったという。それらの課題はデータ分析による需要予測を実現して以降解消された。同時に「欠品しない」と「過剰在庫」という二律背反する課題も解決し、まさに「在庫の最適化」を手中にした。

「今後は、KGIに営業利益率の向上を掲げ、さらなる分析の高度化を図っていきたいと考えています。具体的には、商品の嵩(かさ)データと、倉庫内の棚の容積を分析し、スペースに無駄が生まれない在庫計算の実現を目指しています。とはいえ、在庫ヒット率を1%向上させるだけでも、かなりの苦労を強いられているというのも現実です」(数見氏)

 この点においては、実は現場の勘と経験も重要、と数見氏。「現場の勘と経験をいかにロジック化して、アルゴリズムに昇華させていくかについても試行錯誤を繰り返しています。いわゆるデータサイエンティストと呼ばれる人材は十分ではありませんが、システムパートナーを含めたチームで補っていくというスタンスで、真摯にゴールを目指しています」(同氏)

 トラスコ中山のロジスティクスに対する考え方は、米アマゾンのビジネスモデルを想起させるものがある。自らロジスティックスの最適化に注力することでコンペティターと差別化し、圧倒的な競争優位を生む基盤を築き上げていく。その基盤がもたらす顧客体験そのものが強力なブランドイメージを形成していく。B2CとB2Bの違いはあれども、顧客志向の経営戦略が企業の信頼やバリューに結び付いている点で、トラスコ中山は顧客を惹きつけるブランディングにも成功していると思えるからだ。

●Next:AI自動見積「即答名人」、"置き工具"「MROストッカー」……究極の問屋を具現化する独創的なシステム群とKPI設定

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