[市場動向]

大阪大学に設置した超伝導量子コンピュータ国産3号機が稼働、クラウドサービスを開始

海外製部品を国産部品に置き換えるテストベッドとして開発

2023年12月20日(水)日川 佳三(IT Leaders編集部)

大阪大学を中心とする共同研究グループは2023年12月20日、同大学に設置した超伝導量子コンピュータ国産3号機が稼働開始したと発表した。同年12月22日に量子コンピュータをクラウドサービスの形態で提供を始める。同グループによると3号機は、初号機において海外製で構成していた部品を国産に置き換えるテストベッドとして開発を進めてきたという。

 大阪大学(本部:大阪府吹田市)を中心とする共同研究グループは、同大学に設置した国産3号機となる超伝導量子コンピュータ(注1)を開発し、稼働を開始した。現在42機関が参加する「量子ソフトウェアコンソーシアム」のグループワークに参加する受講者を対象に、2023年12月22日にクラウドサービスの形態で提供を始める。研究者は、遠隔地からの量子アルゴリズムの実行やソフトウェアの改良・動作確認、ユースケースの探索などで利用できる。

注1:超伝導量子コンピュータは、超伝導量子ビットを用いて構築する量子コンピュータのこと。超伝導量子ビット(Superconducting quantum bit)は、超伝導材料を用いた電子回路上でジョセフソン接合というトンネル接合素子を用いて量子ビットを実現する量子コンピュータの方式。量子ビットの「0と1」を表すエネルギー差のスケールが小さいため、希釈冷凍機の中で極低温(約-273℃)まで冷却して熱雑音を抑える必要がある。

 共同研究グループは全10組織で、大阪大学、理化学研究所(理研)、産業技術総合研究所(産総研)、情報通信研究機構(NICT)、アマゾン ウェブ サービス ジャパン(AWSジャパン)、イーツリーズ・ジャパン、富士通、NTT、キュエル、QunaSys、セックで構成する。

 まずは、17~42マイクロ秒のコヒーレンス時間(量子的に重ね合わせられた2つの状態の間で干渉が続く時間)で相互接続した8量子ビット分を使い、小規模な既存アルゴリズムの試験などから利用を開始する。当面は量子ソフトウェアコンソーシアム内での提供に限定するが、順次、大規模かつ新規性のある産学連携プロジェクトの実験研究へと利用範囲を広げていく予定である。

 今回の超伝導量子コンピュータ国産3号機は、理研が提供した64量子ビットチップを用いている。2023年3月27日に公開した、理研の超伝導量子コンピュータ初号機のチップと同じ設計で製造している(関連記事理研が「量子計算クラウドサービス」公開、超伝導方式による64量子ビットの国産量子コンピュータ)。

 3号機は当初、理研が提供した16量子ビットのテストチップのみ実装していたが、同年11月3日に64量子ビットチップを追加で実装した。64量子ビットチップを3号機に輸送・実装する作業は、写真1のように一般公開した。現在、64量子ビットチップのうち48量子ビット分を接続し、このうち37量子ビットが周波数衝突せずにコヒーレントに動作することを確認している。

写真1:2023年11月3日に量子ビットチップのインストールを一般公開した時の様子(出典:大阪大学、理化学研究所、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、アマゾン ウェブ サービス ジャパン、イーツリーズ・ジャパン、富士通、NTT、キュエル、QunaSys、セック)
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国産部品による量子コンピュータ構築を検証

 初号機では低雑音電源、低温増幅器、磁気シールドなどを海外製の部品で構成していたが、3号機ではこれらを極力国産部品に置き換えるテストベッドとしての役割を担っている。実際、冷凍機以外の多くの部品を置き換えても、十分に高い量子ビット性能を引き出せたという。

 具体的には、16量子ビットのテストチップにおいて、80マイクロ秒のコヒーレンス時間、99.9%の1量子ビットゲート忠実度(注2)、98%の2量子ビットゲート忠実度、85%のドイッチュ・ジョサアルゴリズム(注3)正解率を達成したとしている。

注2:ゲート忠実度は、作成したゲートを量子状態に適用した際、理想的なゲートを適用した場合と比べて適用後の量子ビットの忠実度(精度)を示す指標。

注3:ドイッチュ・ジョサアルゴリズム(Deutsch-Jozsa Algorithm)は、1992年にデイビッド・ドイッチュ(David Deutsch)氏とリチャード・ジョサ(Richard Jozsa)氏によって提案された量子アルゴリズム。理論的には既存のどの決定論的古典アルゴリズムよりも指数関数的に速い量子アルゴリズムである。

 量子ビットを制御するためのマイクロ波信号を送受信する制御装置(開発コード名:QuBE)は阪大とイーツリーズ・ジャパンが設計・開発した。理研に設置した初号機も同設計の装置を用いている。同技術は阪大発スタートアップのキュエルに技術移転している。

 「近年、超伝導回路を量子ビットとして採用した量子コンピュータの実験が進展し、量子ビット数の競争が激化している。日本では2023年3月に理研、富士通、阪大、NICT、NTT、産総研の共同開発チームが50量子ビット以上の制御を達成している」(共同研究グループ)

 一方で、初号機は一部に海外製の部品を使っていた。今後、プレゼンスを高めるうえで、多くの国産部品が組み込まれても計算性能が低下しないかを調べるテストベッドが必要とされていたという。

 また、IBMやAWSは、量子コンピュータをインターネット経由で実行するサービスを展開している。「量子コンピュータをサービスとして提供するには、量子ビットチップの制約などを考慮した変換処理を行うトランスパイラ(注4やユーザーや量子計算ジョブを管理するソフトウェアが必要になる」(同グループ)。

注4:トランスパイラ、またはトランスコンパイラは、ソースコードを別のソースコードに変換するプログラムのこと。

図1:大阪大学が稼働させた量子計算クラウドサービスの全体像(出典:大阪大学、理化学研究所、産業技術総合研究所、情報通信研究機構、アマゾン ウェブ サービス ジャパン、イーツリーズ・ジャパン、富士通、NTT、キュエル、QunaSys、セック)
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 図1は、今回開始するクラウドサービスの全体図である。大きく、以下の3つの層で構成している。

  1. ユーザーのコンピュータでプログラミングを行うフロントエンド層
  2. ユーザー認証を行い、ユーザーから量子計算ジョブを受け付けてジョブ管理などを行うクラウド層
  3. 量子コンピュータや、その制御を行うサーバー群からなるバックエンド層

 クラウド層はAWSのサーバーで動作し、バックエンド層は阪大に設置したハードウェアで動作する。ユーザーは、オープンソースの量子計算アプリケーション「QURI Parts」のライブラリを利用して、量子コンピュータで実行する量子回路をPython言語でプログラミングする。量子計算の実行結果はWebブラウザで確認できる。

●Next:プログラム実行時の処理の流れ

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