[イベントレポート]

韓国や中国の躍進に存在感薄れる日本、システム品質の優位性をどう活かすか

2010年10月6日(水)佃 均(ITジャーナリスト)

戦後、右肩上がりで経済成長を遂げてきた日本。IT分野でもアジア地域でトップを走ってきた。が、その勢いも、韓国や中国の躍進の陰に隠れがち。殊に行政システムにおいては完全に出遅れた感もある。とはいえ、システム品質の高さなど日本ならではの優位性もある。今、やるべきこととは何か。

この15年ほど、筆者は日韓IT交流にかかわっている。正確には「にも」というべきで、中国ともわずかばかり縁がある。日本に軸足を置きつつ、日中台韓の連携を推進する動きに関心がある、といっていい。仁川国際空港に直結したハイテク特区構想(実現はしなかったが)の工事現場に立ったのをきっかけに、ソウル市江南区や大田市の電子政府システムやIT人材の育成に取り組む大学の取材を続けてきた。

1990年代の半ばから、韓国が国を挙げてブロードバンド・インターネット網の整備とIT人材の育成に取り組み、その成果として世界トップクラスの電子政府システムを実現したのは周知の事実である。また台湾は新竹地区に電子機器やソフトウェアの開発・生産基地を建設し、CPUボード、通信機器の領域で大きく躍進した。

つい最近、上海市、無錫市を中心に中国のソフト産業や政府のIT化推進策を見聞してきた。広大な土地に建設用の重機が休む暇なく動き、年間50万人のソフトウェア技術者が輩出されている。「これまでは海外から受託する案件が中心だったが、今年を境に内需が出始めた」と現地のソフト会社は今後に期待する。

「先進工業国から仕事を持ってくる時代は終わろうとしている。今度は我々が世界に出て行く番がやってくる」「日本は中国に抜かれるのではない。我々から見れば、元に戻るだけではないか」─。彼らの言葉は自信に満ちている。

環東シナ海諸国の連携

中国高速鉄道 写真1:中国高速鉄道。日本のJRの技術協力で国産化された車両は新幹線そのもの

中国については、「すごいエネルギーを感じるのは事実だが、国を挙げて土建業と不動産業にいそしんでいるだけではないか」という冷ややかな向きもある。また、韓国については、「IMF(国際通貨基金)管理下に入った国民的な危機感があったからで、国内経済は決して好転していない」ともいわれる。どのように評価するか、意見の分かれるところではあるけれど、韓国・中国は国がIT化とIT産業の振興をトップダウンで強力に推進しているのは間違いない。

これに対して日本はどうかというと、方向性を示すべき国の所管省庁は各省各様で統一性に欠け、「票に結び付かない」ことを理由にITの何たるかを理解しようとしない政治家も少なくない。産業の国際競争力を強化する、国民の生活を豊かにし利便性を高める等々は口先だけのことではあるまいか。景気回復がままならない中での円高・株安に、政権与党である民主党は代表選の派閥闘争を繰り広げている場合ではないだろう。

また民間は、いつまで目先の利益とコスト削減を追いかけるのか。国内の雇用や社会保障を国任せにして、大手企業だけが回復しても中小・零細企業はますます細り、産業全体の空洞化はとめどなく進む。

中国の台頭は目覚しく、向こう5〜10年で彼我の地位逆転は避けて通れそうにない。しかし少なくとも現時点で見る限り、日本はアジア地域でリーダーシップを発揮するべき立場にある。であればこそ、環東シナ海諸国連携を推進するため、その底辺に存在する体制の違いを乗り越える方策が欠かせないのだが、さて今の日本がそのような視点を持てるかどうか。

日韓協業構想の挫折

韓国情報産業聨合会の李龍兌会長(当時) 写真2:韓国情報産業聨合会の李龍兌会長(当時)は「優秀なIT人材を世界に輩出することで韓国の21世紀を切り開く」と高い志を表明したが…

21世紀に入ってからの10年間を概観すると、環東シナ海諸国の連携は民間の非営利組織が中心となって、文化交流や観光資源の共有という部分は大きく前進した。また日本企業による組み立て生産やプログラム開発のオフショア化は、かなりの経済効果を生んだ。しかし協業となると、さまざまな構想が相次いで示され、その度に頓挫することを繰り返している。国情や商習慣の違いが実務上のギャップとなって顕在化するためだ。

その典型が北東アジアOSS推進協議会だ。この協議会は行政府におけるオープンソース・ソフトウェアの利活用拡大を目標に威勢よく旗を揚げたものの、日中韓3国の政府と業界団体の思惑が合致せず、いつのまにか話題から消えてしまった。

日韓IT人材交流プロジェクトもよく似ている。当初の構想では、韓国は官学で最新技術を習得した優秀な20代の技術者を育成し、日本の民間企業で実践的な体験を積む、というものだった。「数で勝負しようとしても、いずれ中国が台頭した時、とても対抗できるわけがない。だから我が国は質で勝負します」と韓国情報産業聨合会(FKI)の李龍兌会長(当時)は熱弁を揮っていた。その視野には台湾、中国が入っていた。

北東アジアOSS推進協議会を通じて李氏と親交があった故・佐藤雄二朗氏は、当時の情報サービス産業協会(JISA)会長としてこの構想に賛同し、具体的な一歩が踏み出された。日韓共同出資で日本に事業会社を設立し、それを窓口にしてIT連携を強化していこうというのだ。当面は韓国IT技術者の日本企業での就業促進だが、将来は両国の技術移転や共同開発を行うという構想は、金大中大統領の訪日で採択された「日韓新時代」に沿ったものだった。

にもかかわらず、日本政府はその後、このプロジェクトを民間に任せきりにし、方向性すら示すことができなかった。日本の情報システムユーザーやコンピュータメーカー、情報サービス企業の多くが、韓国を低廉な人材供給源、もしくはコストカッターと見なしがちだった。並行して中国が、より低廉なオフショア開発先として台頭。結果として、日韓IT交流プロジェクトは国境を越えたIT人材派遣事業になってしまった。環東シナ海IT連携構想は残念ながら頓挫したのだ。

世界に冠たる行政システム

国連の公共経済行政局が先に発表した「電子政府システム実現度指数」によると、対象191カ国のうち「電子政府システムの進捗度」で韓国は1位、日本は17位。行政手続きにおける「国民参加度」でも韓国は1位、日本は6位となっている。ネットワークの規模や処理件数などを加味した総合評価で韓国は15位、日本は26位だ。

ここでは注意書きが必要になる。まず、「国民参加度」はシステム調達の透明性を意味し、国民が積極的にシステムを利用している度合いを示してはいない。また、ネットワークの規模は国土と人口に応じ、処理件数は行政手続きの簡素さ、複雑さを反映する。日韓両国とも電子行政システムは調達の透明度は高いが、韓国は手続きが簡素で利用率が高く、日本は煩雑で利用率は低いということだ。

同報告書は「韓国は新しいオンライン処理機能を追加したことにより、電子政府計画がおそらく最も劇的に前進した国」と高く評価する一方、「日本は、その潜在力に応えた成果をまだ出しておらず、アジアの先進諸国と比較にならない」としている。

韓国はこの14年間、一貫してトップの座を堅持している。日本は森内閣のe−Japan重点政策から丸10年、総額12兆円(推定)の巨費を投じて総合26位というのは、いったいどういうことなのか。

韓電子政府システム実現度指数
写真3 「電子政府システム実現度指数」。
http://www2.unpan.org/egovkb/global_reports/10report.htm
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