インプレスビジネスメディアは2012年10月31日、セミナーイベント「IT Leadersフォーラム」の一環として「ストレージ選びの新基準~クラウド、ビッグデータ時代のデータ管理を効率化/高度化する先進テクノロジー」を開催した。当日の内容を報告する。
【セッションレポート】
【基調講演】変貌するIT : ストレージへの処方箋
「4つのITパワー」を支えるストレージとは
「ソーシャル、モバイル、クラウド、そしてビッグデータを含むインフォメーション。この4つのITパワーは単独でも大きな影響力を持つが、現在はこの4つが絡み合い、1つの巨大なうねりとなって実社会に影響を与え始めている。猛烈な勢いでテクノロジが変化している中にあって、その1/100でもパワーを生かすことができれば日本のビジネスは大きく変わる」−−。基調講演の冒頭、ガートナー ジャパンの鈴木雅喜氏はこう強調した。
この10年で飛躍的に増大したITのパワーとは対照的に、日本経済は長く暗いトンネルから抜け出せず、市場を覆う閉塞感を打破できずにいる。多くの企業が掲げている"グローバル化"という取り組みも、なかなかに進まない。「いま、手を打たないと子供たちの世代に引き継げるものがなくなってしまう。4つのITパワーを生かすインフラの中核となるのがストレージ。その戦略を見直すことでITに変革をもたらし、ビジネスを活性化することにつながる」と鈴木氏。はたして4つのITパワーと向きあうためには、どんなストレージが必要になるのだろうか。
鈴木氏はまず、ソーシャル、モバイル、クラウド、ビッグデータの4つのITパワーについて、それぞれ現状を紹介した。
ソーシャルに関してはチュニジアのジャスミン革命や英国の少女がブログに投稿した貧相な給食の話題などに触れ、「権力でもって個人を押さえつけようとしても、ソーシャルの拡散力の前ではかえって炎上を招くことになりかねない」と解説、個人の力が昔に比べてはるかに大きくなっていることを意識し、その力をうまく生かす方向にシフトすべきだとしている。
モバイルに関しては「顧客との関係、ワークスタイル、経営のスピード、何でもデバイス、新しい分析といった5つのアプローチから企業そのものを変える存在となっている。逆に、モバイルの力を過小評価すれば企業の競争力を大きく損なう可能性が高い」と指摘。なお、ガートナーはスマートフォンやタブレットだけでなく、今後はウェアラブルコンピュータの台頭してくるのではと予測している。
そして多くの日本企業が注目するクラウドについては、「クラウドは"システムは何カ月もかけて構築するもの"という概念を大きく変えた。だがユーザの意識はクラウドの"使いたいときすぐに使える"という感覚にまだ完全になじんでいない。場当たり的に使うのではなく、俊敏で柔軟なビジネスを展開していくためにも受動的ではなく能動的に、戦術的ではなく戦略的にクラウドを利用していく姿勢が必要」と語る。
4つめのビッグデータはバズワードとして語られることも多いが、鈴木氏は「ビッグデータと言うとデータ量の大きさばかりが注目されがちだが、データ生成の速度やデータの多様性も重要。なにより"これまでできなかったことができるようになる"という点がビッグデータの最大の注目ポイント。ただし、モバイルやクラウドに比べて見えていない部分も多く、試行錯誤の段階にあることは確か。特にデータ活用を苦手としてきた日本企業にとってはチャレンジでもある。ビッグデータを無視するか、それとも正面から取り組むかは重要な選択」としている。
この4つのITパワーに対する日本企業の期待をガートナーのハイプサイクルで表現すると、ビッグデータとモバイルコンピューティングが"過度な期待"のピーク期を迎えようとしており、(企業向け)ソーシャルソフトウェアとクラウドコンピューティングがピーク期を超え幻滅期に入ろうとしているという。「この段階だからこそ、日本企業はこれら4つのテクノロジに対してどう向き合うべきかを決めていかなければならない」(鈴木氏)。
もっとも、日本企業でもこの4つのITパワーをうまく活用した事例はすでにいくつか生まれている。鈴木氏はその1つとして日本交通が開発したスマートフォンにおけるタクシー配車システムを紹介している。これは日本交通がパブリッククラウド(Windows Azure)上で構築したシステムで、タクシー客はスマートフォンの配車アプリで場所を指定することで、最も近いタクシーをその場に呼べる。ある雨の日、タクシー乗り場の長い行列にうんざりした客が、このアプリでタクシーを呼んだところ、行列のすぐ横に本当にタクシーがやってきたため、そのもようがTwitterであっという間に拡がり、アプリのダウンロードが大幅に増えたという。
クラウドの柔軟性を生かし、わずか半年の開発期間でカットオーバーしたというこの配車システムだが、日本交通はアプリのリリース以来、18カ月で5億円の売上を達成している。鈴木氏は「日本交通の事例がすばらしいのは、自社だけで囲い込むのではなく他社にもこのシステムを提供して全国にサービスを拡げ、ビジネスをさらに加速させたこと。これこそ新しい時代にふさわしいデータ活用のありかた」と鈴木氏は指摘する。新しいITパワーを生かすにはユーザー企業にも新しいマインドセットが必要となることを示す事例といえる。
日本交通の事例から将来を見れば、4つのITパワーはITそのものを変貌させる力を持つことがわかる。今の日本企業には、4つのITパワーが牽引する方向性をとらえつつ、トレンドに振り回されないインフラを戦略的に作り上げる必要がある。その中核となるのがストレージだ。
現在のストレージには
- スピード
- 柔軟性
- 拡張性
- 最適化
- 効率性
- 堅牢性
といった要素が求められる傾向にある。だが鈴木氏はストレージを選択する前に、まず長期的な展望に基づいたビジョンを持ち、それに沿ってぶれずに一直線に実行していく姿勢が欠かせないとしている。そのために最も必要なのは「ストレージ選びを人任せにしない。ベンダーは最先端のテクノロジを持っており、強力なパートナーとなりうるが、リーダーは自分自身であるということを忘れてはいけない」と強調する。ビジネスのビジョンを立てて実行していくのはユーザーの役割であり、ビジネスを支えるITの要となるストレージ戦略をベンダーやSIerに丸投げしていては、新しい時代を乗り切ることは難しくなる。
ではストレージを選択していく際、企業は何を指標にしていけばいいのだろうか。多くの企業がコストを最も重要視するが、鈴木氏は「コストだけに注目するのは危険。製品の価格には可用性と実績が大きく関わってくる。どの程度の可用性をストレージに求めるのかをまずは明確にする必要がある」と指摘する。可用性は過剰すぎても不十分でも必ず問題が生じるため、可用性要件に合わせた製品選択が欠かせないのだ。
その上で、現在注目すべきストレージアーキテクチャとして
- ユニファイドストレージ
- スケールアウトストレージ
- iSCSI
- クラウドストレージ
を挙げている。中でも最近、ユーザーからの関心が高まっているのがマルチプロトコル対応でさまざまなファイル形式やアプリケーションを扱えるユニファイドストレージだ。とくにミッドレンジにおけるユニファイドストレージへの需要が高まってきており、NetAppなどがその代表格だ。また、「スケールアウトストレージもユニファイドストレージと同様にホットな分野。またローコストなiSCSIへのニーズも大きい。そして最近、急激にユーザー企業からの問い合わせが増えているのがクラウドストレージ。まだ部分的な利用が中心だが、注目しておく必要がある」と話す。
さらに、ストレージの「今」を取り巻くテクノロジとして
- シンプロビジョニング
- 仮想化への対応
- 企業向けSSD
- ATA
- データ重複排除
- ストレージQoS
- 新しいバックアップ
- iSCSi/FCoE
などを挙げているが、これらのトレンドはすでにピーク期を過ぎて普及に向かっており、むしろ備えていて当然の要素になりつつあるという。
ここで鈴木氏は、ストレージ活用における先進的なユーザ事例を2つ紹介している。ひとつは急拡大する仮想化システムをスケールアウトストレージで構築しているユーザーで、そのほかにレガシーシステム、非仮想化システム、専用システムごとにストレージを活用している。
もう1社のユーザーは従来型のハイエンドストレージ(スケールアウト型)をユニファイドストレージと組み合わせ、こちらも同様に急拡大する仮想化システムに対応している。また従来型ハイエンドストレージの上では高可用性システムを稼働させており、ユニファイドストレージの上では非仮想化システムも動いている。そのほか、レガシーシステム、デスクトップ仮想化用にそれぞれストレージを配備している。「どの企業にも仮想化できないシステムは結構のこっているもの。ワークロードの信頼性を考えるととりあえず仮想化するのはやめておこう、という結論になるのも仕方がないこと。ただし、全体的に仮想化にシステムを寄せていこうとするのは確実な流れ」(鈴木氏)。
両社に共通するのは適材適所なストレージ選びを実現しているという点だ。鈴木氏は「ストレージに注目しないと効率化は進まない。そして、ここはユーザー企業自身が担う役割。ベンダーやSIerに任せるのではなく、ストレージの責任者を組織内に置くことは必須」と強調する。
もう1つ、ストレージ選びと密接な関わりをもつのがバックアップだ。東日本大震災後、多くの企業がバックアップに対して真剣に考えるようになったが、鈴木氏は「取り組みとしてはまだ不十分なところが多い」という。「ストレージの選択はバックアップの全体像を変える。自社のデータセンターがもし流されたら、破壊されたら、というイメージはどこかにもっておくべきだろう」(鈴木氏)。
鈴木氏は最後にガートナーからの提言として
- 4つのITパワーの引き起こす変化を認識し、「業務の革新」から「経営の革新」へと視点を変える
- 4つのITパワーは現在「過度な期待のピーク期」にあり、これから幻滅期を経て普及期に向かう。この時期に取り組みをはじめるべき
- ITトレンドに振り回されない中長期的で一貫的なストレージ戦略を構築する
- ストレージ戦略の基本とテクノロジの選択肢を正しく理解する。ストレージに注目しないと効率性の面で大きく立ち遅れる
とまとめている。4つのITパワーに象徴される大きな変革を迎えている今だからこそ、インフラの中核となるストレージをどう選ぶのか。ユーザー企業自身がブレない戦略をもって選ぶことができれば、それは確実にビジネスの成功につながっていくと言えるだろう。