[エキスパート・ボイス]

日産GT-R開発者の水野和敏氏が語る、“日本のものづくり”のあり方

2014年3月6日(木)IT Leaders編集部

東洋ビジネスエンジニアリングが2014年2月12日に都内で開催したセミナーイベント「MCFrame Day 2014」。会場で、元・日産GT-R開発責任者の水野和敏氏が「世界に勝てる日本のものづくりとブランド創造」というテーマで基調講演を行った。その問題意識や取り組みは、IT戦略立案やIT部門の組織運営にも大いに参考になる。本稿では、氏の講演の要点をまとめて再現する。

 私が、日産の社長兼CEOであるカルロス・ゴーンからGT-Rの開発について正式に命を受けたのは2003年の12月のこと。どうせやるなら、日本のものづくりの象徴になるような仕事を成し遂げたいとの強い思いに駆られました。何を考え、何を実践してきたのかを振り返りながら、多少なりとも皆様のヒントとなる話ができればと思います。


写真1:基調講演の壇上に立つ水野和敏氏

 70年代のオイルショックの頃、日本車は「燃費がいい」「価格がこなれている」「信頼性が高い」といった評判を得て、海外進出に勢いがつきました。それに続く80年代にしても、実に日本らしいクルマを作っていたものです。例えば、日産のテラノやトヨタのハイラックス。それまでジープみたいな無骨な車種が主流だったクロスカントリーの領域で、SUVという新しいカテゴリーを創り出したのは好例です。マルチパーパスカーの先駆けとなった日産プレーリーもそう。発表直後は“変なクルマ”と言われたものですが、今ではこのタイプの車種も市民権を得て大人気になっているのは周知の事実です。

 当時の日本は、欧米の真似ではない独自製品を世に送ろうという気概に溢れていたように思うんですよ。それが今はどうか。自動車産業のみならず日本の製造業全般が、特に2000年以降になって勢いを失っているなんてことが世間で騒がれている。いったいどうしたのだろう。背景に何があるのあろう。それを探り、日本本来のものづくりに回帰するんだという思いも新たに、GT-Rの開発プロジェクトの指揮を執ることになりました。

 さて、メイド・イン・ジャパンという価値をあらためてどう創り、どう訴えるか。そこで大事になるのは、海外発祥の最先端のマーケティング理論やマネージメント手法を採り入れることではない。とにかくものづくりの本質的なことを究めることを忘れちゃいけないんだと心に誓ったものです。そう考えるに至ったのには、過去の“ある経験”が大いに影響しています。

レースチーム運営で痛感した「本質」の重要さ

 1989年のこと。私はレース参画などを担っている関連会社のNISMO(Nissan Motorsports International)に出向となりました。耐久レースのチーム監督兼チーフエンジニアというポストです。派手に聞こえるかもしれませんが、当時の日産チームはというと連戦連敗。それまでスカイラインなどの部隊で設計を担当していた身からすると、正直言って左遷されたような気分でした。何しろ、その年に勝てなかったら、解散して他の常勝チームに吸収させるなんて話が出てたぐらいですから。

 どうしたものか。私は耐久レースとは何ぞや、という本質をじっくり考えてみることにしました。勝つのに必要なことは何だろう? とてつもなく速いクルマを完成させることだろうか? いや、それは違う。仮に1000km走り続けるとしたら、誰が一番効率よくレース運びをできるかってことなんじゃないだろうかと思い当たりました。

 高速で長時間クルマを走らせると、タイヤがすり減ってグリップしなくなるし、ブレーキもスカスカに抜けるようになってしまう。ショックアブソーバーも熱でへたってくる。当然、必要に応じてレースの途中でパーツ交換が必要です。つまり、クルマの性能をいたずらに追求するのではなく、相応の基本性能を踏まえた上で、ピット作業やドライバーへの的確な指示などを含めた“レースマネジメント”全体を最適化することこそが勝利への近道だと考えたのです。

 ポルシェ、ベンツ、ジャガー、トヨタ…。いずれのチームも250~300人体制で、年間予算40億~50億円って単位で臨んでいる。そんなチームのやり方をベンチマークして、いわばコピーのようなことをしても、いいとこ万年3位ぐらいにしかなれないのでは。全戦全勝を狙うなら、他との比較なんかじゃない。まったく新しい発想でやらなきゃダメなんだ。だからこそ、各社がマシン性能にしのぎを削るのを尻目に、「効率の追求」で勝負することに軸足を置いたんです。

 それで、最初に何をやったかというとデータの収集と分析です。4人の専任チームを設けて、レースに関わる、ありとあらゆるデータをかき集めてみる。テストだろうが本番レースだろうが、自分のチームだろうが他のチームだろうが、およそ考え得るデータというものをDBに蓄積し、「効率」という視点で分析してみるんです。今でこそ当たり前だけど、車体各所にセンサーを取り付け、テレメータで飛ばすなんてことをやり始めたのは、おそらく初めてだったんじゃないでしょうか。

 すると色々なことが見えてくる。詳しくお話する時間がないのが残念ですが、例えば1年後のレース展開の予想がつくんです。雨が降る確率だとか、アクシデントでペースカーやレッドフラッグが出る確率なんかまでも勘案。優勝タイムは「6時間30分27秒」だというような推定値が出てくるんですよ。

 この数字を弾き出せれば、後は、そのタイムを実現するのに適した性能のクルマを作り、あるべきレースマネジメント手法を考え、具体的な作業を支えるチームを組織すればいい。オーバースペックのモンスターマシンの具現化に心血を注がなくてもいいんですよ。嘘めいた話に聞こえるかもしれませんが、実際に92年にはデイトナ24時間など数々のレースで優勝を果たしました。しかも、予算も人員も圧倒的に少ない体制でですよ。本質を突くって、こういう話だと思うのです。

●Next:ものづくりとは本質を見極めること

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