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情報システム部長に就任、四面楚歌の中でIT部門の構造改革を断行:第5回

2016年7月20日(水)寺嶋 一郎(TERRANET代表/IIBA日本支部代表理事)

前回は、IT子会社アイザックで、様々なシステム化に取り組み学んだことをお伝えした。今回は、積水化学に呼び戻され情報システム部長に就任して以降の話である。ITバブルの崩壊により会社は危機を迎え、IT部門も構造改革を余儀なくされていた。IT子会社のあり方などについて、何かを読み取っていただければ幸いである。

 IT子会社のアイザックに出向して13年くらいたった頃、2000年を目の前にして「IT革命」と呼ばれる時代が到来した。インターネットの出現により、企業活動はもとより人々のライフスタイルまで、社会全般にわたる構造変革が起きると言われた。eビジネスやeコマースという言葉が飛び交い、「ドットコム企業」と呼ばれる多くのIT関連ベンチャーが設立され、それらの株価は異常に高騰した。

 現在の「デジタル化」という掛け声は、筆者をして当時の状況を思い出させる。「IT革命」という言葉で言われていたことが、インフラが整備されネットワークが高速化し、スマホなど新たなモバイル機器の出現などにより、その実現性がいよいよ高まったわけだ。

情報システム部長としてネット革命に挑む

 当時、積水化学のITは、本社IT部門が機能分社化したIT子会社、SSC(セキスイ・システム・センター)が担っており、その社長が情報システム部長も兼ねていた。ITが脚光を浴びているので、積水化学の経営として、そのままではまずいと思ったのだろう。積水化学本体でITをきちんと考えるべしということで、その舵取り役として筆者に白羽の矢が立った。

 筆者は情報システム部長に就任、2つのIT子会社の役員も兼任した。本社に情報システム部を設置し、まずは3名でスタートした。慣れない本社に戻って、まずやったことは積水化学としてIT革命にどう対応するかを考えることだった。各事業部から有志を募り、米国の実情を調査したりしながら策を練った。

 骨子は、積水化学としてインターネットをどう活用していくかということだった。積水化学はB2Cの住宅事業を除き、ほとんどがB2Bのビジネスだ。直接、お客様に商品をネット販売するというわけにはいかなかったが、それなりのネット活用法を考え、役員会で報告した。

 そもそもITを知らない経営トップにITに関する施策を分かってもらうのは大変だ。これはIT部門が抱える大きな悩みの一つではないだろうか。話を聞いてもらうには、IT業界によくある英語の3文字略語などは使えないし、いかに分かりやすく伝えるかを工夫しなければならない。比喩を用いたり、直感的に理解できるビジュアルな資料が大切だ。たとえば、ビジネスとシステムの関連図を分かりやすく描き、それを常に参照しながら説明するアプローチである。いずれにせよ、なんとかして理解してもらい、承認をもらわなければならない。

 そんな活動の一環として、住宅をネットで売ろうと試みたが、うまくいかなかった。積水化学のみならずネットを主体としたビジネスの多くは成果が上がらないままに、米国のITベンチャー会社の倒産に引きずられ、ITバブルは崩壊した。以前から続く景気低迷も深刻になり、積水化学もついにリストラに手を付けざるを得なくなった。マーケティングやデザインに特化した機能分社した会社も次々と解散していった。

 当然、IT部門に対するリストラ圧力も大きくなった。人数比で、本社人員の70%近くをIT子会社2社のシステム要員が占めていたからだ。SSCの評判が悪かったのも、それに拍車をかけた。多くのIT子会社も同様ではないかと思うが、一番の原因はその高コスト体質だった。

意思決定は「自分のことを外して考える」

 自らCOBOLで汎用機向けのプログラムを書いていた時は良かった。技術習得に時間をかけられたし、技術の範囲も限られていた。しかしオープン化が進むと様々な知識とスキルが必要となり、技術的についていけないのでベンダーに投げるようになる。徐々に内製は少なくなり、気がつけば自らはプログラムを書かず、もっぱらITベンダーに発注し、管理するのが仕事となった。言葉は悪いが、子会社のプログラマーが手配師となっていったのだ。

 気づいたら技術的なことは、外部ITベンダーや常駐するパートナー企業のエンジニアにおんぶにだっこという状況である。それでも発注者は強いので、ベンダーを呼びつけて無理難題を押し付けるが、受注側もリスクを取る分だけ、安全率をかけて見積もりを上げてくる。そうやってITコストは膨れ上がってゆく。

 官僚主義がこれに拍車をかける。当時、積水化学の本社は「伏魔殿」と陰口をたたかれるくらい肥大化した官僚組織で、SSCもその風土を受け継いだ。皆、上司ばかり見て、お客様であるユーザーを見ない。減点主義なので、なるべく自分の責任にならないよう振る舞う。それは自らリスクを取らない文化を形作る。

 典型がITベンダーへの発注だった。優秀かつリーズナブルな費用の小さなソフト会社より、高くても名の通った大手ITベンダーに頼む。うまくいかなかった時、そんな会社に発注したからだという責任を回避しようとする。システム開発は、予定通りにいく事のほうが少ないのに、悪い報告は隠す。予定通りが一番なのだ。予算も多くなっても、少なくなってもいけない。予定調和が第一となる。

 複数の役員からの「SSCをどうにかしろ」という声もあり、社長直轄の企画部門はSSCを外資ITベンダーに売却する方向で検討していた。当時、「戦略的アウトソーシング」という言葉で、ユーザー企業のIT子会社にITベンダーが出資し、合弁会社を作ることが流行っていたことも大きく影響している。

 外資への売却によりIT子会社の技術力を強化できるのに加え、見かけ上、ITコストを変動費化できるメリットもある。逆にITベンダーにとっては、相手企業の業務ノウハウを獲得できるばかりでなく、営業せずにその企業に入り込めるわけで、互いにWin-Winの関係が作れると言われていた。しかし、実質は経営の苦しくなった会社のIT部門のリストラ策でもあった。

 さらに悪いことには、もう一つのIT子会社であるアイザックは当時の社長がMBO(マネージメント・バイ・アウト)で株式を買い取り、独立しようとしていたのだ。アイザックの社長からは、一緒に出資して経営しないかとも誘われた。さてどうするか、筆者も悩むしかなかった。

 しかし、リーダーとして大きな意思決定をする際に、筆者は心に決めていることがある。それは自分のことを外して考えるということ。「自分が、自分が」という思いでやろうとすると、その後に痛いしっぺ返しが来たのを何度も経験したからだ。自分の欲得ではなく、関連する多くの人々の幸せを考えなければならない。一番ベストな方向はどちらなのかを考え抜く。そして一旦この方向だと決めたら、断固やり抜く。リーダーとしての意思決定とはそういうものだと思う。

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