[イベントレポート]
デジタルが導くクルマと社会の未来―“攻め”の日産を支えるグローバルITインフラ構築・運用の実際
2017年7月26日(水)狐塚 淳(クリエイターズギルド)
2016年、ルノー・日産アライアンス総販売台数は996万1347台に達し世界4位に――自動車業界の変貌期に“攻め”の姿勢を崩さない日産。好調な業績を支えるのが、中期IS/IT戦略「VITESSE」に基づき、日・仏・米の3拠点を軸に構築されたグローバルITインフラである。2017年6月20日、東京都内で開催されたクラウド&データセンターコンファレンス2016-17(主催:インプレス)のオープニング基調講演に、同社グローバルIT本部でチーフITアーキテクトを務める石島貴司氏が登壇。デジタルビジネスで要求される高い俊敏性・柔軟性を獲得すべく、クラウドや先端OSSも果敢に採用したグローバルITインフラの設計・構築の軌跡を詳らかにした。
「BEST」でリージョン単位の最適化に着手
日産が展開するあらゆるIT施策を支えるグローバルITインフラ。その刷新は2000年代前半に着手され、2004年度からのBEST期間、その次のVITESSE期間に入っても継続して行われた。その中でインフラチームが一貫して取り組んだテーマが「最適化」である。
日産では1990年代後半に経営悪化が極まり、1999年3月、仏ルノー(Renault)との資本提携に伴いカルロス・ゴーン氏(Carlos Ghosn、現・代表取締役会長)が経営再建役としてCOO(最高執行責任者)に就任。ゴーン氏の陣頭指揮で3年間の「リバイバルプラン」が遂行されたのは有名な話だ。
「IT部門にとって我慢の時期とその反動」と石島氏は表して、リバイバルプランが終了した当時の状況を次のように振り返った。
「リバイバルプランの時期にIT部門が手がけたことの大半は徹底したコスト削減でした。その反動から、2002年以降は一転してIT投資に力を注ぎました。ところが、2000年に大々的なITアウトソーシングを進めて、IT部門の人員が非常に限られていたのにもかかわらず、次々と大規模なIT投資に走ったのです。その結果、2004年の時点で当社のIT環境はぜい肉だらけの状態に陥っていました」
経営危機に陥る前の日産では、国内外で新しい組織や工場が次々と立ち上がっていた。IT部門は拡張してもすぐに逼迫するITインフラを極力速く安く調達することに奔走した。だが、その過程で要素技術、セキュリティレベル、サービスレベルが国や地域、拠点ごとにバラバラなITインフラが構築されてしまうこととなる。
「この状態では、ビジネスのスピードに追従して俊敏にシステムを構築することがかないません。そこでリリースの期間を短縮すべく、グローバル標準化の方針でバラバラだったレベルを統一することに取り組みました」(石島氏)
本当の意味での挽回は、行徳氏がグローバルCIOに就任した2004年から始まる。BEST戦略の下、各リージョンのITインフラを「サーバー&ストレージ」「メインフレーム」「エンドユーザーコンピューティング」「テレコミュニケーション」に定義・分類をし直し、それぞれでの最適化に取りかかった(図4)。
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サーバー&ストレージについては、これまで各プロジェクトで自由に機器を選定し導入していたものをインフラチームで引き取り、標準プラットフォームに準拠したものを提供するようにした。「同時に、サーバーやストレージの物理リソース統合を進め、コストパフォーマンスを改善しながら高品質な共用サービスの提供に努めました」(石島氏)
メインフレームについてはアプリケーションの開発中止を宣言し、オープンシステムへの移行・ダウンサイジングを進める道を選択した。エンドユーザーコンピューティングでは、ハードウェアの標準化を徹底して行った。テレコミュニケーションについては、「データセンターを中心に過大な投資を重ねたため、ネットワークが非常に複雑化してしまった」(石島氏)反省から、各リージョンに適用するテンプレートをシスコシステムズなどの協力を得て作成し、スパゲティ状態と化したネットワーク構造の複雑性を解消していった。合わせて、IP電話やテレビ会議などのコラボレーションツールを高いネットワーク品質でグローバルのエンドユーザーに提供できるようにもした。
「VITESSE」でいよいよグローバル最適化へ
上述のBEST戦略における6年間の実践と成果が礎となり、2011年度からのVITESSEでいよいよ、ルノー・日産アライアンス全体でのグローバル最適化(アライアンス最適化)に挑むことになる(図5)。VITESSEでは、「Value Innovation(クロスファンクション/クロスリージョンのソリューションによるビジネス価値の最大化)」「Technology Simplification(システムのシンプル化によるIS/ITコスト最適化)」「Service Excellence(生産性向上による効率化と品質の追求)」の3軸が定められ、それぞれでの活動が11のイニシアティブとして定義された。
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具体的な作業として、インフラチームはITを1つ1つのサービスとしてモジュール化し、さらにそのモジュールごとに備わるファンクションを定義するためのテンプレートを作成。この作業によってルノーや米国のスタッフとの対話の基準ができあがった。
次の課題は最適化実行の順番だ。「アウトソーシングの場合、モノの費用とオペレーションの費用はおおよそ半々。モノの費用だけでなく、スタッフ個々人のコストパフォーマンスにまで踏み込まないと大幅なコスト削減は不可能です。そこで、まずモノの標準化から始めることにしました」と石島氏。より難度の高いオペレーションの最適化は、モノの標準化がある程度進んだ段階でHCM(Human Capital Management)ソフトウェアを導入して取り組んだ。
さらにインフラチームは、同じ技術を各リージョンで追いかけることの非効率にもメスを入れる。「グローバルレベルで分業化を進め、ITリソースをグローバルでバーチャルに共有しました。これにより重複を減らし人材不足を解消していきました」(石島氏)
個別最適から全体最適に向かう際に、一貫したルールやガバナンスの存在は絶対に不可欠である。インフラチームは、ルノー・日産アライアンスとしてのグローバルガバナンスの下、まずネットワークとエンドユーザーサービス、その後にサービスアプリケーションのコンピューティングプラットフォームという順番でグローバル最適化を進めていった。
取り組みの成果は数字が物語っている。アライアンスコンピューティング環境は2011~2014年度の3年間で、スタッフ50人が550サイト、3500アプリケーション、17万6000エンドポイントの運用を担いながら、1800万米ドル(約19億9900万円)のコスト削減を実現した。また、サービスデスク環境が2016年4月にグローバルで共通化され、15言語・220サイトで10万4000人のユーザーをサポート。ここでは16.1%のコスト削減が図られることとなった。