"現場のAI"をカイゼンせよ! SAPとダイキンが試行錯誤する基幹データ×現場データのタイトな連携
2018年3月21日(水)五味 明子(ITジャーナリスト/IT Leaders編集委員)
AI/IoTを駆使して内製化に取り組もうとする企業にとって、大きなハードルとなっている課題のひとつに、現場のデータと基幹業務システムの連携がある。生産ラインのIoTデータを検品や故障予測といった業務の自動化に活用しようとすると、現場のエッジデータだけでは精度向上に限界があることに気づく。そこで、現場に最適化された精度の高いAI環境を構築するために、現場のリアルタイムデータとERPやCRMなど基幹システムに蓄積された業務データの連携を実践する企業があらわれてきた。本稿ではSAPとダイキン工業の取材をもとに、ベンダーとユーザ企業が挑む"現場のAI"への取り組みを紹介したい。
ここ最近のAI/IoT関連のイベントでは製造業、それも歴史の長い、日本を代表する大企業の事例が紹介されることが増えてきた。ビッグデータが社会的なトレンドになりはじめたころから、国内随一のビッグデータ活用企業としてグローバルでも高い評価を得ていたコマツなどはその代表である。
同社は現在、建設現場の生産性向上に特化したIoTプラットフォーム「LANDLOG(ランドログ)」を提供しており、いちユーザー企業の枠を超えたプラットフォーマーへと事業を拡大している。「すべての製造業はソフトウェア企業となる」というGEのジャック・イメルト前CEOの言葉にもあるように、日本の製造業にも内製化を指向する動きは確実に拡がりつつある。このコマツの取り組みをNTTやオプティムとともに支えているのがSAPだ.
SAPが提唱する"インテリジェントエンタープライズ"
言うまでもなく、SAPは世界最大のERPシェアを誇るソフトウェアベンダーであり、いわゆる"ヒト、モノ、カネ"にまつわる基幹業務データの扱いに関しては圧倒的な強みをもつ。
その一方で、SAPがここ数年に渡って注力しているブランドが「SAP Leonardo」だ。ここで注意したいのは、"Leonardo"という製品が存在するわけではなく、顧客企業のデジタルトランスフォーメーションを支援するためのAI/IoT技術を中心としたイノベーションフレームワークであるという点だ。
具体的には、SAPがクラウドソリューションで提供してきたテクノロジーを「IoT」「マシンラーニング」「ビッグデータ」「アナリティクス」「ブロックチェーン」「データインテリジェンス」の6つの領域でポートフォリオ化し、これらを組み合わせて顧客のニーズに応じたプロトタイプを作成、具現化したソリューションとして提供する。
これは「イノベーションとはある日突然、天才が風呂に入りながらひらめくものではなく、既知と既知の結合―すでに存在するものが因数分解され、新結合することで生まれるもの」(SAPジャパン 代表取締役社長 福田譲氏)という、SAPが掲げるデザインシンキングの考え方に沿ったフレームワークといえる。冒頭で触れたLANDROGもLeonardoをベースにしており、建設現場に特化したIoTプラットフォームが構築されている。
現在、SAPは過去40年以上に渡って積み重ねてきたNo.1ビジネスアプリケーションベンダーとしての実績と、Leonardo事業を通じて獲得しつつあるAI/IoTのノウハウを連携させ、マシンラーニングによる現場の業務効率改善、とくに自動化に焦点を当てた「インテリジェントエンタープライズ」の提供に力を入れている。
「SAP ERPに入っているヒト、モノ、カネのデータは数値化できるデータ。一方、画像や音声など数値化できないデータ(非構造化データ)はHANAやVoraに格納することができる。この2つのシステムをつなぐ、つまりERPと現場の生産ラインを連携させることで、いままでできなかったエンドツーエンドの処理が可能になると考えている」(SAPジャパン プラットフォーム事業本部 エバンジェリスト 松舘学氏)
ERPと現場をつなぐとは具体的にどんな状態を指すのだろうか。松舘氏は例としてポテトチップス工場のケースを挙げている。工場の生産ラインでは、手書きで書かれた「メイクイーン120kg投与」といったメモがあちこちに散財している。ほとんどの工場ではこうしたメモを、人間が拾い上げ、オペレーターがERPに手入力し、原価計算を行う。だが「生産ラインをビデオで撮影/記録し、マシンがその手書きのデータを拾い、AIで内容を解析してERPに自動で入力できれば、業務効率は大幅に改善する」(松館氏)ことは間違いない。
インテリジェントエンタープライズはこうしたナレッジワークの自動化を生産管理だけでなく、ロジスティクスやマーケティング、あるいは経理や人事などに応用していくことで実現するといえる。
ここで松舘氏は、SAP自身が実践しているインテリジェントエンタープライズの事例として、同社の財務アプリケーション「SAP Cash Application」にマシンラーニングを実装した入金消込処理を紹介している(図1)。
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SAPは顧客企業から売掛金を回収する際、基本的に請求書払を採用しているが、なかには「3枚分の請求書を一括で払ってきたり、ユーロ建ての請求なのにドルで払う顧客、さらには請求書の段階で値引きを要求してくる顧客」(松館氏)などが少なくない。しかし、こうしたトラブルはある程度、パターンが定型化されており、SAPも把握している内容がほとんどなのでルール化は難しくないという。
そこでSAP Cash ApplicationはLeonardoのマシンラーニングAPIを実装し、過去の入金消込処理に関するトラブルのパターンを学習、実際にSAPの東南アジアリージョン(South East Asia)で請求書マッチング処理を行い、請求書の発行枚数や処理時間において大幅な改善効果を見せたという。また、スイスのエネルギー企業であるAlpiqもSAP同様に顧客のさまさまな支払い行動に悩まされていたが、SAPとのデザインシンキングを通じた共創(コイノベーション)により、SAP Cash Applicationのプロセス(消込処理)の92%の自動化に成功している。
ERPとLeonardoを連携させている企業のユースケースとしてはほかに、Audiのスポーツマーケティング、Swarovskiのマシンラーニングによるリペアセンターの効率アップなどが存在する。
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「既存のERPのデータを現場の業務改善に使わないのはもったいない。ERPで圧倒的なデータをもつSAPだからこそ可能なインテリジェントエンタープライズを訴求していきたい」と松舘氏。AIによる基幹業務のブラッシュアップは、これから徐々に拡がりを見せそうだ。
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