激しく変化する市場やビジネスモデルに対応するため、組織を挙げての“働き方改革”に取り組む企業は多い。日本企業の大きな課題とされてきた長時間労働の是正と、よりフレキシブルでワークライフバランスに優れた就労モデル、そして心身両面にわたる従業員の健康管理などを実現するために、どのような具体的な施策が求められているのか。今回は富士通が2017年度から本格的に取り組みを始めた「働き方改革」を例に考えてみたい。

「働き方改革」は日本企業の将来に向けた最重要課題

 現在、わが国で働き方改革に注目が集まる背景には、人口減少や高齢化、そして急激な産業構造の変化がある。とりわけ長時間労働の是正や働く人の健康に配慮した勤務スタイルは、限られた人的リソースを効果的に活用し、厳しい経営環境下でのサスティナビリティを確保する上で重要な課題といえる。

 また業務そのもののあり方に加え、上司につき合って残業する、また育児・介護などの「私用」では休みにくいといった “日本的職場慣習”を打破する取り組みも重要だ。それには従業員各人の意識改革だけではなく、国による法整備や就業規則といった明文化されたルールに基づく改革が有効な基盤となる。

 加えて、従業員のメンタルヘルスケアも強く求められている。現代の働く人々の環境は複雑化しており、そこから来るストレスへのケアも含めた「働き方改革」が問われなくてはならない。

 そうした数々の課題を解決し、多様な人材が活躍し続けられる職場の実現を目指して、富士通では2017年度から本格的な取り組みを始めている。5月17日(木)に東京・千代田区で開催された「富士通フォーラム2018」での発表を見ながら、「日本企業の働き方改革」の具体的モデルを考えてみよう。

「働く場所と時間の自由」が働く人々に受け入れられた

富士通 執行役員常務 CHRO/CHO 人事本部長 林 博司氏富士通 執行役員常務 CHRO/CHO 人事本部長 林 博司氏

 富士通では2017年度から、全社的な「働き方改革」の本格的取り組みを開始したと、執行役員常務 CHRO/CHO 人事本部長 林 博司氏は語る。

 「長時間労働を前提としない働き方、そして多様で柔軟な働き方を目指そうと考えた。だがその実現には人事制度改革だけでは足りない。そこで『制度・ルール』、『ICT・ファシリティ』、『意識改革』の三位一体で推進していくことを最初に決めた」(林氏)。

 2017年2月に、社長から全社員へ働き方改革スタートを宣言。その後はテレワークの推進やサテライトオフィスの拡充、フレックスタイムにおけるコアタイムの柔軟な運用などを具体策として順次展開していった。

 これまでの成果の中で注目したいのは、テレワークの導入効果だ。2018年5月現在、富士通の職場約70%に導入が完了し、85%の従業員が「時間を有効活用できた」、また50%が「ワークライフバランスが向上した」と社内アンケートに回答しているという。

 もう1つの成果は、フレックスタイムの柔軟性向上だ。テレワークが「働く場所の自由度」を高めるものとすれば、フレックスタイムは「働く時間の自由度」に関わってくる。富士通の場合、導入済みだったフレックスタイム制度のコアタイムを自由に変えられるようにしたところ、43%の人が利用するまでになった。とりわけ育児短時間フレックスタイムの適用者が多い。従来の「時間設定に合わせる働き方」から「働き方に合わせた時間設定」へのシフトが、従業員にとってより働きやすい環境につながっていることがわかる。

強力なリーダーシップが働き方改革の原動力となる

 「働き方改革」を推進する上で注目すべきは、リーダーシップの重要性だ。会社全体や各部署ぐるみで取り組まなくては、実効性のある組織づくりや従業員の共感を得ることは難しい。それだけに牽引力を持ったリーダーの存在は不可欠といえる。

 「職種や職場ごとに環境が大きく異なるため、それぞれに最適なアプローチも異なるが、職場トップが強いリーダーシップを発揮して取り組んでいるところほど、業務内容にかかわらず、働き方に大きな変化が見られている」と林氏は明かす。

 ある営業部門では、「ワークスタイル変革」「キャリアプランの多様化」「顧客満足度向上」などのテーマごとにワークグループを立ち上げて取り組み、大きな成果を挙げている。この部門では自分たちの業務を見直し、「営業本来のタスク」と「アウトソーシングで対応できるタスク」に振り分けた。この結果、紙文書が44%、印刷コストが33%、また会議の準備時間が50%も削減された。一方で、顧客対応時間は30%アップし、タスク配分の適正化がより本質的な営業業務へのリソース集中を可能にした好例といえるだろう。

富士通働き方改革の効果の一例。会議の準備時間が半分に減り、顧客対応により多くの時間を割けるようになった。富士通働き方改革の効果の一例。会議の準備時間が半分に減り、顧客対応により多くの時間を割けるようになった。

 こうした一連の成果を踏まえながら、林氏は「全体として“働き方の形”は変わりつつあるが、仕事に対する価値観や行動様式といった“働き方の質”は、まだまだだ。今後は、社員一人ひとりが働き方改革を自分の問題としてとらえ、組織やチームで一体感を持って取り組むための方策を探っていきたい」と展望を語る。

コミュニケーションツールで生産性向上&残業減少

富士通 執行役員 CIO 松本雅義氏富士通 執行役員 CIO 松本雅義氏

 次に、富士通の働き方改革において、どのようなICTが活用されたのかを見ていこう。執行役員 CIO 松本雅義氏は、「従業員が生産性を上げるための支援という観点から、(1)コミュニケーションツールの導入、(2)テレワーク推進の社内実践、(3)AIの実践事例の3つにフォーカスしていった」と語る。

 富士通はグループ全体で国内169社、海外30社。従業員は合計で16万7000人にものぼる。お互いに顔の見えない人々が、どうすれば密接にコミュニケーションを取り合い、なおかつ生産性を向上させていけるのか。

 そのための取り組みの一つとして同社では、コミュニケーションツールを積極的に導入してきた。現在はMicrosoft Office 365にメールやメッセージ、スケジュール、さまざまなドキュメントを集約することでコミュニケーションを一元化し、いつでもどこからでも必要な人や情報にアクセスできる仕組みを実現している。

 「コミニュケーションツール活用の効果を調べたところ、Web会議は全従業員の96%が利用しており、年間利用回数は170万回に及ぶ。この結果、2016年度は出張費が20%も削減され、大幅なコミュニケーション効率の向上とコスト削減が実現したことが分かった」(松本氏)。

富士通におけるWeb会議や社内SNS、ファイル共有などのコミュニケーションツールの活用効果富士通におけるWeb会議や社内SNS、ファイル共有などのコミュニケーションツールの活用効果

 もう1つ注目したいのが、働き方の「見える化」による、従業員各人の意識づけだ。同社では「IDリンク・マネージャー」というクラウドアプリケーションを、全社員のPCにインストールしている。従業員はこのシステムで残業の予定時間を申請するが、たとえば20時までと申請した場合、20時になるとモニターに通知が表示されPCが使えなくなる。それ以上延長したい場合は、再度上司に申請して許可をもらわなくてはならない。ここまで徹底した結果、従業員の側に計画的に仕事をする意識が大いに高まってきたという。

 「2017年5月の導入から2018年4月までの月平均残業時間数は、以前の平均29時間から25時間と約1割減少した。またこのシステムではPCのログオン/ログオフ時刻、申告した残業時間のチェックができるため、サービス残業の防止にもつながっている」(松本氏)。

AI活用で従業員のメンタルヘルスケアを可能に

 富士通ではこれまでの効率化、コスト削減の成果を踏まえ、今後は長時間労働防止と健康管理に向けた改革をさらに進めていく予定だ。そうした新たなチャレンジとして、AIを活用した健康管理の取り組みをすでに開始している。

 その1つが、自社製のAIプラットフォーム「FUJITSU Human Centric AI Zinrai(ジンライ)」を使った勤怠パターン分析によるモニタリングだ。出勤簿などの膨大なデータをZinraiでパターン分析し、近いうちに休職する可能性のある人に特有の勤怠パターンを学習。それをもとに、今後休職の可能性のある従業員を早期に発見して、産業カウンセラーによるケアを行う。

 「2017年度は社内部門600名のデータを分析して、3か月以内の休職者全員を正確に予測した。また専門スタッフによるデータ分析作業の時間を10分の1に短縮し、これまで専門家でも発見が難しかったケースをごく早期に発見できるようになった」(松本氏)。

AI(FUJITSU Human Centric AI Zinrai)を活用して従業員のメンタルヘルケアの質を向上。AI(FUJITSU Human Centric AI Zinrai)を活用して従業員のメンタルヘルケアの質を向上。

 今回の講演に同席した経済産業省 産業人材政策室 参事官 伊藤禎則氏は、富士通のこうした一連の取り組みに対し「一部ではAIが人間の雇用を奪うのではないかという声も聞かれるが、実際にはAIを活用できる人材と活用できない人材への二極化が進むと考えられる。従来の勘と経験による人事を脱却して最新のテクノロジーを活用することが、企業と働く人の新しい関係づくりを可能にして、働く人一人ひとりの能力と喜びを解き放ち、なおかつ企業を成長させることにつながる」と評価する。

 同じく講演でモデレーター役を務めた慶應義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授 高橋俊介氏も、「働き方改革をとりあえず残業削減から始める企業は多いが、その次の一手は何かと考えた場合、一度原点に戻る必要がある。それはもはや日本のビジネスモデルや働き方モデル自体が通用しなくなっており、新しいモデルを創造する必要性に迫られているということだ」と語り、高度成長期から続く「夜討ち朝駆け営業」のような発想を捨て、より合理的でなおかつ客観的データに裏打ちされたワークスタイルの必要性を強調した。

 富士通の「働き方改革」は、本格的なスタートからまだ1年。今後はさらに質的な充実を目指してさまざまな試みを進めていくという。グループ合計16万人余のワークスタイル変革の進捗と、そこからもたらされる新たな成果に引き続き注目していきたい。