これまでの働き方改革は、残業時間の削減や在宅勤務、裁量労働制の導入など、どちらかといえば企業側の労務管理や人事制度の視点から語られることが多かった。しかし、本来の働き方改革はそれだけにとどまらず、より個人に寄り添い、それぞれがもつ能力を最大限に活かしていくものであるはずだ。そこで注目されているのがRPA(Robotic Process Automation)である。本稿では、その活用の在り方と成功のポイントを考察する。

日本におけるRPAの導入状況と市場規模

 ホワイトカラーの定型業務を自動化する「デジタルレイバー」という概念を前面に打ち出しながら、日本企業においてもRPAが急速に浸透している。かつてない生産性向上を実現するビジネス変革のためのツールとしてもRPAには期待が集まるところだ。

 ただし、定型業務を自動化するといっても、その作業そのものがデジタル化されていなければ自動化はできない。また、RPAは与えられた作業を指示された通りに実行するだけであり、明確な手順やルールが定められていないと機能しない。ITのツールである以上、業務に適用する上ではユーザーのスキルやリテラシーもそれなりに必要で、セキュリティやガバナンスも忘れてはならない重要なポイントとなる。

 現在のRPAには上記のような特性を持っているが、同時に急速に進化を続ける発展途上の技術でもある。導入を検討するにあたっては、将来的な可能性も視野に入れておく必要があろう。そこで本稿では、富士通フォーラム2018において開催されたパネルディスカッション『今だからこそ改めて考えるRPAの活用法』に登壇した有識者のコメントから、今後RPAが今後のビジネスや働き方をどのように変えていくのかを展望したい。

ITR 取締役 兼 シニア・アナリスト 舘野真人氏ITR 取締役 兼 シニア・アナリスト 舘野真人氏

 まず、現在の日本企業はRPAをどのように捉えているのだろうか。ITR 取締役 兼 シニア・アナリストの舘野真人氏によると、「IT部門が旗振り役となってRPAを積極的に導入しようとする企業」と、「IT部門はガバナンスの観点からRPA導入に後ろ向きだが、業務部門からの要望が高まっている企業」の2つのスタンスが目立つという。

 誰が主導すべきかという議論はさておき、既存の業務の自動化をソフトウェアロボットで実現していくというRPA化の流れそのものは、もはや止められないようだ。

 世界の国々の中でも最も早く超高齢化社会に突入したわが国では、すでに多くの企業で人手不足が深刻な問題となっている。一方、これまで何よりも品質を重視してきたはずの大手製造業でもデータ改ざんなどの不正が発覚し、信頼が揺らぎ始めている。こうした課題を克服するためにも、業務の自動化は避けられない。

 では実際の市場の動きはどうか。ITRが2017年秋に実施した投資動向調査によると、RPA導入で先行しているのは、業種別では情報通信と金融保険、規模別では従業員5,000人以上の企業だ。これに次いで製造業でも導入への意欲が高まってきている。そしてRPAツールの国内市場規模は、2016年度の8億円から2017年度は20億円へと一気に2倍以上に拡大。2021年度には80億円超に達する見込みだ。

 もっとも、この数字については思ったよりも小さいと感じるかもしれない。ただし、これはあくまでもツール単独での市場予測に過ぎないと舘野氏は言う。「今後、RPAは現状の定義のままで進化するわけではなく、さまざまなソフトウェア製品に当たり前のように組み込まれる、あるいは連携するものになると考えられます」(舘野氏)。こうしたことからRPAツールの向かう先には、その何倍もの規模の市場が広がっていくのである。

非定型業務や現場フロントワークへとスコープを拡大

富士通 デジタルフロントビジネスグループのエグゼグティブアーキテクト 中村記章氏富士通 デジタルフロントビジネスグループのエグゼグティブアーキテクト 中村記章氏

 RPAを活用した働き方改革への取り組みは、そのソリューション提供を担うITベンダーでも活発化している。「Future of work」というビジョンを掲げ、次世代のワークスタイルを確立しようとしているのが富士通だ。

 同社 デジタルフロントビジネスグループのエグゼグティブアーキテクトである中村記章氏は、「これまでの働き方改革を目指す中でのIT活用は、モバイルワークや情報共有の仕組みづくり、在宅勤務など、場所と時間を選ばない働く環境を整備することが中心となっていました。これに加えてFuture of workでは、ITを活用して業務のやり方や人と仕事の関わり方を変える、業務の自動化・自律化によってナレッジの活用を進めるというように、業務自体を変革することを進むべき領域と捉えています」と語る。

 そして、このFuture of workのコンセプトを実現すべく、関連するソリューションを体系化したものが「ACTIBRIDGE(アクティブリッジ)」である。

 現在のRPAが主な対象としているのは、データ入力や複製、転記、集計、作表、伝票処理などオフィスの定型業務だが、これだけでは働き方改革を目指すにはあまりにも適用範囲が狭すぎる。そこでRPAにAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)、AR(拡張現実)といったテクノロジーを組み合わせることで、情報収集や資料作成、分析・予測といった非定型業務も取り込んでいく。

 一方、工場やサービスなどの現場のフロントワークに目を向けてみると、そこにもやはり記録や検査・検品、監視といった定型業務があり、RPAを応用した自動化が可能である。さらにこの現場フロントワークの領域でもAIやIoT、ARを活用すれば、熟練作業や日々のカイゼン活動、各種装置・機器の最適配置など、より高度な判断を伴う非定型業務の革新が期待できる。

 このように「RPAのテクノロジーと適用業務のスコープを広げながら、働き方改革を推進していく」(中村氏)というのが、富士通の基本戦略である。

RPAを経営基盤として成功させる3つの要件

UiPath 代表取締役CEO 長谷川康一氏UiPath 代表取締役CEO 長谷川康一氏

 実際、RPAを活用したさまざまな企業の働き方改革への取り組みが着実な成果を上げ始めている。RPAツール「UiPath」を提供するUiPathの代表取締役CEOの長谷川康一氏は講演の中で、三井住友フィナンシャルグループ(SMFG)の事例に触れた。

 SMFGは2017年11月に、RPAを活用した業務効率化を進めることで、約200業務、40万時間の業務量削減を実現したと公表している。公表資料によると、主なRPA導入事例は、今後の規制強化などで業務負担の増加が予想されるコンプライアンス・リスク関連業務、営業力や企画力の強化に必要となる情報収集業務、顧客向け報告資料や住宅ローンチラシを作成する営業店支援業務、預金・為替・融資に関連する大量の定型業務などだ。

 SMFGは、さらに2017年度末までに100万時間、3年以内に約1,500人分の業務量にあたる300万時間以上の業務削減を実現し、これによって捻出された余力を付加価値業務の拡大(提案品質向上等の営業力や本部企画力の強化)、働き方改革の推進(労働時間 の適正化)、人員配置の最適化(人員減少への対応力強化)に活用。グループ全体の生産性向上、強靭なコスト体質を実現していく考えだ。

 当然のことながらこうした成功事例が注目される一方で、せっかくRPAを導入したものの思ったように使いこなすことができず、塩漬けにしてしまっている企業も少なくないという。そこにはどんな“差”があるのだろうか。

 長谷川氏は、「RPAによる業務自動化を経営基盤として成功させるためには、『スケール(大規模)』『レジリエンス(環境適応力)』『インテリジェンス(情報活用)』の3つのポイントが、特に重要な要件となります」と説く。

個人に寄り添う形で進化していくRPA

 特定部門における局所的な業務の自動化だけが目的ならば、RPA導入にわざわざ経営層が乗り出すまでもない。だが、すべての部門の社員の働き方改革を目指すならば、一部門のスモールスタートで始めたとしても、最終的には全社レベルにスケールして生産性を高める必要がある。

 同時にその基盤の安定稼働を維持しなければならない。要するにこれがレジリエンスである。そして、AI活用によってインテリジェンスを高めていくというのが、長谷川氏が提示したRPA活用の成功シナリオである。

 その先にどんな変革が期待できるのだろうか。「24時間365日働き続け、学習を重ねながら賢くなっていく部下が1000人できたとしたら、あなたは何を考えますか?」と長谷川氏は問いかける。まさにこれがRPAによって実現する働き方改革の本質なのだ。これまでにない新しいビジネスモデルを創造することが人間の役割となる。

 もっとも、一足飛びにそのレベルに達することはできない。現場ビジネスに定着を図っていく地道な取り組みが必要だ。そうした中で長谷川氏は「キラーコンテンツでユーザーの心を掴むことが大切です」と示唆する。

 実は先述のSMFGのケースでも、夜間のうちに金融商品等の時価や最新の価格の情報を収集し、顧客向けのプレゼン資料を自動作成するというソフトウェアロボットがある。

 これまで全店の営業担当者が毎朝手間をかけて顧客ごとに作成していたプレゼン資料は、担当者が朝出勤すると自分のメールボックスに届いている。その結果、当日訪問する顧客について考える時間が増え、提案の質を向上させることができた。こうしたシンボリックな業務から自動化することにより、現場に「自分たちの仕事はRPAによってより良くなる」という効果、実感をもたらした。

 さらに舘野氏は、一人の人材が特定の企業に縛られずにいくつも仕事を掛け持ちしたり、会社に在籍したまま起業したりする「複業」が当たり前となる将来を見据え、「これからのRPAは、より個人に寄り添う形で進化していくのではないでしょうか」と語る。

 この意見に中村氏も強い賛同を示し、実際に富士通ではRPAをパーソナルエージェントとして最適化していくプロジェクトが進行しているという。誰もが個人的な秘書のサポートを受けながら、よりクリエイティブな仕事に専念できる時代が近づいているようだ。