[イベントレポート]
「複業」体験が社員を育て、会社と個人双方のパワーアップを実現する
2018年8月24日(金)工藤 淳(フリーランスライター)
多くの企業が現在「働き方改革」に取り組む中で、にわかにクローズアップされてきているキーワードが「副業(複業)」だ。多様化する市場や事業環境の下で、かつての終身雇用のような安定したキャリアパスが保証される可能性はもはやない。しかし、労働者にとって副業は時代の必然かもしれないが、労務管理や人事制度の改革を伴う副業の解禁に多くの企業は及び腰である。そこで本稿では、2018年7月に東京ビッグサイトで開催された「働き方改革EXPO」(主催:リード エグジビション ジャパン)のセッションから、副業に積極的に取り組む2つの会社の例を紹介したい。
離職の増加を契機に根本的な「働き方改革」に着手
「サイボウズにおける複業推進事例~実践して見えたメリットとデメリット~」と題したセッションに登壇したのは、サイボウズ人事部 副部長 青野 誠氏だ。
「サイボウズ Office」や「Garoon」などのグループウェア、業務アプリ構築クラウド「kintone」などで知られるサイボウズ。同社の人事制度の基本方針は、「100人いれば、100通りの働き方があってよい」だと青野氏は語る。これは従業員一人ひとりの個性が違うことを大前提として、それぞれの社員が望む働き方や報酬が実現されればよいとする考え方だ。
同社では、「チームワークあふれる『社会』を創る」、「チームワークあふれる『会社』を創る」の2つを企業理念として掲げている。各人の考えや希望を尊重し、一人ひとり異なった個によるシナジーを発揮させる組織づくりは、まさにこの企業理念の延長線上にあると言えるだろう。
サイボウズが「働き方の多様化」に取り組み始めた直接のきっかけは、離職率の上昇だったと青野氏は明かす。2004年ごろから離職率は急増し、ピークの2005年には28%に達した。同社では給与の引き上げや業務転換などの対応を図ったが、やはり小手先の対応ではなく、社員が「この会社で働き続けよう」と思える、根本的な組織および働き方の改革が急務だとの結論に至ったという。
そこでまず人事制度の基本方針を決めた。それが「100人いれば、100通りの働き方があってよい」だったと、青野氏は振り返る。
「会社のイメージする均質性よりもそれぞれに異なる個性を重んじることで、社員一人ひとりの幸福を追求するというのを基本のスタンスにしました。その上で、『自分らしい働き方は一人ひとり違う』というごく当たり前のことを実現するために、多様な働き方を許容できる仕組みを制度として確立していこうと考えたのです」(青野氏)。
意欲さえあれば「公明正大に、ご自由にどうぞ」が基本
サイボウズでは「多様化へのチャレンジ」として、残業も含めた勤務時間や日数を自由に選べる「勤務形態の選択制度」、また最大6年の育児休暇などの制度改革を次々に実施。その中で「複業の自由化」といった新たな試みも生まれてきた。
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本セッションのタイトルは「複業推進事例」だが、青野氏は「特に会社として推進しているわけではなく、むしろ『ご自由にどうぞ』というくらいのスタンスです。つまり複業も、100通りの働き方の1つとして許容するということです」と語る。
同社が、それまで禁止だった複業を解禁したのは2012年。テニス・コーチをやりたいという社員に、規則だから不可とは言ったものの、ではなぜ不可なのかを改めて考えると具体的な理由が見つからず、議論を重ねた結果「それなら解禁してもいいのでは」となった。これを皮切りに複業を希望する社員が増え、さらには複業を前提に中途入社してくる社員も出てきた。そこで2016年に複業制度を再設定し、2018年現在の複業申請数は130件に上っているという。
同社の複業のルールは、いたってシンプルだ。基本は「公明正大に、ご自由にどうぞ」。やりたいことがあれば、堂々とやればよいというのだ。ただし他社に雇用されたり、サイボウズの社名や肩書きを名乗って仕事をするなど会社のブランドを使う場合は、あらかじめ申請して承認を受ける必要がある。
「他にも、働き過ぎないように7連勤は不可とか、当社の本業に影響が出る場合は、働き方自体の変更を申請するといったルールもあります。あと、当然のことながら会社のモノやカネ、情報やブランドなどの資産を毀損する恐れのあるものは許可できません」(青野氏)。
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現在のサイボウズ社員の複業は、実にバラエティ豊かだ。青野氏自身も病児保育に携わるNPOの人事部門で働いている。他にもSI企業や経営コンサル、共同研究や講演活動といった硬派のビジネス志向から、小説執筆やカレー屋経営、カメラマン、ジャズバンド、そして YouTuberなど趣味や関心が昂じた人まで、まさに「100人いれば、100通りの働き方」が実現されている感がある。
複業自由化で社員定着率や売上、求職者人気も急速に上昇
青野氏はこれまでを振り返って、複業のメリットは「多彩な経験やスキルを持った社員を育てられる」、「個人の将来のキャリアプランを豊かにする」など他の会社とほぼ同様だが、むしろ重要なのは課題への対応の方だと示唆する。
たとえば自社のパートナー企業で複業をしたいという申し出があったらどうするか。その社員は、他のパートナー企業との契約内容など、複業先で漏らせない情報も知っている。そうしたケースが発生したら、単にルールに従うのではなく、議論を重ねてルールを変えていく。これが結果的に会社の複業に対応する幅を拡げるとともに、自ら考える組織へと風土変革を促していく。
複業には、複業者が他社に雇用されている場合、労働時間の管理をどうするか。本人の申請をどこまでうのみにして良いのかという微妙な問題もある。いずれにしてもそうした“振れ幅”を含めて自社の社員の複業として受け入れるためには、会社側が評価制度をあらかじめ柔軟に設定しておく必要があると青野氏は強調する。
試行錯誤を繰り返しながら真摯に取り組んできた姿勢は社外からも評価され、2017年には「HRアワード最優秀賞」(企業人事部門)受賞の栄誉にも輝いた。働き方改革のきっかけとなった離職率も着実に下がり続け、2017年時点でわずか4%。その減少と反比例して売り上げは着実に上昇している。さらに新卒・中途採用の双方で「経営ビジョンに共感」、「社風や居心地が良い」と評価され、トップクラスの人気企業にも挙がっている。
最後に青野氏は「複業を行うときには、まず何のために複業するのか目的を明確にしておくことが大事。それがないと、途中で目標を見失いかねません」と忠告する。またサイボウズでは、こうした制度・風土改革の経験値をパッケージ化し、新たに研修事業プログラム化して提供を開始したとのことで、ぜひ今後の拡がりに注目したい。
複業は不透明な未来を「生きる力、活きる力」を磨く場
続いて登壇したエンファクトリー 代表取締役社長の加藤 健太氏のセッションタイトルは、「専業禁止! 副業は手段、エンファクトリーが考えるこれからの組織 / 個の在り方」。エンファクトリーは、2011年4月に設立。コンシューマ向けのEC/店舗展開や、さまざまな分野の専門家をネットワークして紹介するプロファイルサービス、またビジネス向けの専門家活用サービスやシステム開発などを手がけている会社だ。
加藤氏によれば、同社では設立当初から「専業禁止」というユニークなポリシーを掲げてきたという。また複業に対する考え方としては、「副ではなく複/副ではなく主」というスローガンを挙げている。
「たとえば単純にお金が欲しいだけなら、社外でアルバイトをするより会社の仕事を頑張った方が確実です。直接的な金銭収入よりも、これから先、自分が生きていく中で必要な力をつけていく経験を、複業を通じて持ってほしい。専業禁止とは、社員が自分でそういう機会に踏み出せるよう背中を押すものだと考えています」(加藤氏)。
企業を取り巻く環境は大きく変化しており、雇用に対する考え方も変わっていかざるを得ない。その中で「会社組織としてどう適応するのか=従業員とどんな新しい関係性を築いていくのか」、「個人としてどう適応するのか=生きる力、活きる力をいかに会得するのか」の2つの課題がある。同社の「専業禁止」は、それらに対するチャレンジだったと加藤氏は振り返る。
「昭和の時代なら、1つの知識やスキルを身に付ければ、それで定年までまかなえました。しかし今はテクノロジーも社会構造もどんどん変わっていき、その節目ごとに学び直しが必要です。専業禁止はそのために必要な機会や気づき、他の方々との接点や縁を結ぶためのきっかけ作りと考えています」(加藤氏)。
すべてをオープンにして取り組むから周囲との連携も拡がる
エンファクトリーの複業におけるルールはただ一つ、「オープンにする」ことだと加藤氏は言う。根底にあるのは「個をオープンにし、その人が持つ価値観を共有し、自立したプロとしてつながり連携してゆくことが、これからの組織と個人の形である」という考え方だ。要するに、自分の考えていること、複業の目的などをすべて明らかにして取り組むことで、周囲の人々や組織とのコミュニケーション/リレーションを築いていくのだ。
そのための具体的な場づくりとして、同社では半年に一度、「エン ターミナル」という集まりを開催しているという。そこでは社員が一堂に会して、複業に取り組んでいる人たちからそれぞれの複業の内容や方向性、さらには具体的な収益までを、酒や料理を楽しみながら詳細に情報共有・交換する。この催しの効用を加藤氏は、「自分がやりたいことをちゃんと態度表明してオープンにすることで、周りから応援や支援が得られるようになります。そうなると、本人もさぼったらカッコ悪いから、腹を据えて真剣に取り組むようになる」と明かす。
いったんオープンにすれば、周囲から共感する人が現れて応援や支援も得られるし、社員同士の理解も深まって、お互いに仕事が進めやすくなる。さらにはそういう発表を聞いた他の社員が刺激を受け、自分も複業に取り組んでみようという連鎖反応も起きてくるという。
「すべてをオープンにすることで、隠しごとをしようにもできなくなる。そうなると、営業機密の漏洩なども起きようがなく、会社側のリスクヘッジといった面でも大きな効用があります」(加藤氏)。
最大のメリットは社員と会社の“Win-Winの関係”が育つこと
現在エンファクトリーでは、35名の社員のうち20名(60%)が複業に取り組んでいる。それぞれにコミットの度合いには差があり、「ガッツリ系」の6名の合計月商は約1,000万円、「スキル系」の12名の合計月商は約75万円、その他起業に取り組み中が3名いる。加藤氏は、「こうしたパラレルワーク実践者の年商を合計すると1億円に達し、ほぼ全員が確定申告を行っている事業者」だと胸を張る。
業種や業態も実にさまざまで、最近話題を呼んでいるものの一つが、「ハリネズミカフェ」だ。これはテレビなどにも取り上げられ、月商400万円の規模に成長している。この他にはWebメディアの編集長やペット犬専門の洋服・靴の製造とEC販売、ミンダナオ島でのコーヒー豆の栽培・輸出事業など、それぞれにアイディアをこらしたビジネスで、本業よりも収益を挙げている人も少なくないという盛況ぶりだ。
複業による何よりも大きな収穫は、こうした「経営者」として培われた経験を通じて、社員一人ひとりが「生きる力、活きる力」を獲得し、その一方で会社は、みずから考え実践する能力を持った、プロ人材を獲得することができる点だと加藤氏は強調する。
「社員が成長し、会社もその豊かな人的リソースを提供してもらう。こうしたWin-Winの関係性が実現できることは、個人、会社双方にとって大きくプラスになります。また複業経験を積んだ後に独立した元社員が、現在も当社のフェローとして良い関係を結んでくれるなど、“専業禁止”を核とした人的リソースの拡がりが生まれつつあります」と加藤氏は語り、セッションを締めくくった。
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