[市場動向]

基幹系SaaSがイノベーションの起点に─Workdayに見る人材管理/財務管理の世界トレンド

[前編]HCM市場動向/ユーザー投資動向/WorkdayのクラウドHCM/ERPポートフォリオ

2019年12月24日(火)河原 潤(IT Leaders編集部)

基幹系システムのうち、人事管理や財務管理・財務会計は企業経営上絶対に必要だが、それらシステムの強化刷新がビジネス上のイノベーションや競争優位を生むという考え方はあまりされない。だが、先端テクノロジーを取り込んで進化を続ける最近の基幹系SaaSや、その活用でユーザー各社が得た成果を見るに、考え方を改める必要がありそうだ。本稿では、HRM/HCM(人事・人材管理)SaaSの先駆にして市場リーダーの米ワークデイ(Workday)の戦略・製品を取り上げながら、この領域においてグローバルレベルで起こっていること、今後標準になりそうなスタンスなどを前後編の2回に分けて深掘りする。

HRM/HCM──人事・人材管理という領域

 企業のIT戦略/IT部門を率いるCIOやITリーダーにとって、人事・人材管理の領域はあまりなじみ深いものではないかもしれない。まずは基本を確認しておきたい。

 HRM(Human Resource Management:人的資源管理)
 HCM(Human Capital Management:人的資本管理)

 HRMとHCMは同義で用いられることも多いが、もちろん「ヒューマンリソース:人的資源」と「ヒューマンキャピタル:人的資本」と言葉が違うので、場合によって使い分けがなされる。

 ざっくり言えば、3大経営資源の1つであるヒトに対し、配属・評価・給与などの人事管理を行うのがHRMで、知識や技能などヒトに備わる能力を資本と見て、総合的な人材管理を行うのがHCMというとらえ方ができる(注1)。どの会社も組織経営上、必ず何らかのHRM(≒人事管理)の仕組みがまずあって、そのうえで、人的資本の観点を加えてHCM(≒人材管理)に取り組む──というのが企業における導入の一般的な順序だろう。

注1:日本企業で、コーポレートの用語として人材を「人財」に置き換えているのをよく見かける。言葉どおり「人は財産」という意味で用いるケースもあれば、ヒューマンキャピタルのとらえ方を強調する正統的なケースもあるだろう。

 領域・概念として最初に登場したのはHRMのほうだが、近年、企業の間でより包括的なHCMの概念が浸透し、HCMの中にHRMが包含されるという見方が優勢になってきている。主要な市場調査レポートのセグメントを見ても、人事・人材管理分野の総称としてはHCMがグローバルで定着している。今回詳しく見ていくワークデイ(Workday)も、HRM/HCMの全域をカバーするが、製品名としてはHCMである。

 一方で、企業の人事部門を統括する責任者はCHRO(Chief Human Resource Officer)が標準の役職名となっている。また最近では、先端テクノロジーの活用で既存の領域・市場を再定義するX-Tech(クロステック)の1つとして、「HRTech」の言葉もよく聞くようになった。

 HumanのHが付かない用語では、タレントマネジメント(Talent Management)もかなり浸透している。こちらも確とした定義があるわけではないが、「talent=才能、手腕。または才能のある人のマネジメント」ということで、従業員個々人の才能・スキル・適性を最大限に生かすことにフォーカスした人材管理を指すと見てよい。「タレントマネジメントシステム」などと謳う製品が数多くあるが、位置づけとしてはHRM/HCMの中の1カテゴリーとなる(図1)。

図1:すべてのケースに当てはまるわけではないが、HCM、HRM、タレントマネジメントの位置づけはこのように整理することができる
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国内外とも成長を続けるHRM/HCM製品市場

 そもそもの話が続くが、ヒトのマネジメントには「人材そのものへの投資」と「人を管理する仕組みへの投資」という2つの投資がある。前者は雇用や教育などへの投資で、CEO(最高経営責任者)やCFO(最高財務責任者)、CHROなど経営陣で定める就業規則や賃金規定に沿って行われる。後者は、ITの進展で高度化が進むHRM/HCMソリューションへの投資であり、経営や人事部門のニーズ・要望に基づいてIT部門が関与することになる。

 したがって、CIOやITマネジャー、IT部門はHRM/HCMソリューションの動きをキャッチアップする必要があるわけだが、近年の市場は全体的に堅調だ。米リサーチ&マーケッツ(Research and Markets)が2019年3月に発表したレポートによると、2018年の世界HCM市場は299億米ドル(3兆2500億円)の市場規模に達し、2023年までに8.7%の年平均成長率(CAGR)で成長を続けると予測している。そのうちクラウド(SaaS)型HCMソリューションの市場規模は154億米ドル(約1兆6800億円)と全体の51%を占め、その比率は他の製品分野と同様、今後さらに伸びていく見通しだ。

 国内市場はどうか。ミック経済研究所は2019年2月に、採用管理/人事・配置/労務管理/育成・定着の4分野に関連した国内向けクラウドサービスを対象にした「HRTechクラウドソリューション市場レポート」を公表している。それによると、2017年度から2018年度にかけて本格的な成長期に移行、2019年度は前年比141.5%で伸びて、2023年度には1000億円以上の市場規模まで成長するという。背景として同社は、「労働人口減少の中で労働基準法改正を受け、働き方改革や多様性を反映し、人材管理ソリューションがいっそう重要度を増していること」を挙げている。

ユーザーのHRM/HCMへの投資意欲は高くない?

 HRM/HCM市場は国内外とも活況で、クラウド/SaaSが主流になりつつあり、今後も成長が続く。では、各社のCIO/ITリーダーは今日、自社のIT戦略全体の中でこの領域をどのように位置づけて投資や施策に取り組んでいるのだろうか。

 まずは国内ユーザーのIT投資全体の俯瞰から。図2は、アイ・ティ・アール(ITR)のユーザー動向調査「IT投資動向調査2020」(2019年12月発表)で、「最重要視するIT戦略上のテーマ」を尋ねた結果だ。「売上増大への直接的な貢献」「業務コストの削減」「顧客サービスの質的な向上」といった上位5項目が例年ほぼ固定で、2020年版の特徴として「情報やデータの活用度の向上」と「サイバー攻撃への対策強化」が前年より上昇している。

図2:最重要視するIT戦略上のテーマ(出典:ITR「IT投資動向調査2020」)
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 図3は、業務系システムの各分野を、ITRが算出した投資増減指数(導入企業における次年度の投資額の増減傾向)と新規導入可能性(次年度において新規で導入する可能性のある企業の割合)の両軸でマッピングしたグラフだ。SFA(営業支援)やMA(マーケティングオートメーション)が右側上部に位置し、図2にある「売上増大への直接的な貢献」に相当する施策への投資意欲の高さがうかがえる。

図3:業務系システム分野への投資意欲(出典:ITR「IT投資動向調査2020」)
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 この2つの図に出てくる人事・人材関連施策を見てみると、図2の中では「従業員の働き方改革」と「IT部門スタッフの人材育成」という項目が関係する。働き方改革は近年、政府の促進もあってトップ10入りしているが、IT投資の優先順位としては前年度よりやや下がっている。人材育成については、同調査の場合、育成の対象がIT部門スタッフ限定なので参考程度ではあるが順位はあまり高くはない。また、図3の投資意欲マップでは「人事・給与」や「勤怠・就業管理」が該当するが、他の業務系と比べて投資意欲は低い位置にある。

 こうして、ITRの調査結果を見るかぎりでは、大手国内企業の間では「売上増大への直接的な貢献」や「業務コストの削減」に資する施策がやはり最優先で取り組まれ、HRM/HCMについては、積極的に導入・刷新を図る戦略投資とはみなされていないようだ。

先端技術を取り込んだクラウドHCMに期待されるもの

 一方、海外企業の間では、クラウドのHRM/HCMに関してユーザーの投資意欲が高まっているという調査結果もある。米ガートナー(Gartner)はHCM関連技術の投資動向調査レポート「2019-2021 Strategic Roadmap for HCM Technology Investments」の中で次のような予測を示している。

●2025年までに、世界の中堅・大企業の半分がクラウドベースのHCMスイートに投資することが見込まれる。(ただし、広範な領域なので)HCMの機能群全体の20~30%は他のソリューションでまかなう必要がある。

●2025年までに、世界の従業員数5000人超企業の20%が、HCM領域で新しいテクノロジーの適用を試す「HRイノベーションプラクティス」を実施する。

 ガートナーの言うHRイノベーションプラクティスは、オンプレミスからクラウドにシフトし、アナリティクスや自動化などの先端テクノロジーも取り込むようになった今日のHCMソリューションの利用を前提にしたものだ。そうした先進的なソリューションを手にしたユーザーの実践によって、HRM/HCM領域でイノベーションと呼べるような施策が現実のものになるだろう、というわけだ。

 基幹系システム、なかでも人事・人材管理や財務管理のようなシステムは、企業経営上絶対に欠かせないが、システム自体への投資がイノベーションの創出やビジネス上の競争優位に直結するとは、これまであまり考えられていなかった。それは、上で紹介した国内のIT投資動向の優先度にも表れている。「イノベーションや競争優位はデータアナリティクスのような情報系システムが担うもの。基幹系システムは安定稼働さえしてくれればよい」という考え方にはもちろん理がある。

 しかしながら、今後は基幹系システム、HRM/HCMへの投資の考え方が変わっていく可能性がある。ガートナーの調査・予測からは、HRM/HCMシステムに投資することの価値をとらえ、イノベーションの起点となるような戦略的施策に打って出る企業が今後増えていくこと、またベンダー各社も、先端テクノロジーを果敢に取り込んでHCM/HRMソリューションをさらに進化させ、企業のHRイノベーションプラクティスを支援する──そんな将来像が読み取れる。

 クラウドHRM/HCMでグローバル市場リーダーのワークデイがまさにこの領域の将来を描く1社で、詳しくは後述するが、近年、HCMともう1つの主軸の財務管理システムで、先端テクノロジーの適用を継続的に試みている。次章で戦略や製品を詳しく見ていく。

●Next:Workdayの軌跡と、主要アプリケーション群の特徴・機能を詳説

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