[技術解説]

人事・人材管理こそ戦略投資─AIや拡張アナリティクスが導くHRM/HCMの近未来

[後編]Workday主要事例/次世代製品が示す、技術とユーザー活用の進化方向性

2020年2月12日(水)河原 潤(IT Leaders編集部)

HRM/HCM(人事・人材管理)クラウドアプリケーションの進化が著しい。海外大手企業の間では、組織改革やイノベーションの源となるプラットフォームとしてとらえて高度な活用が始まっている──。前編では、HRM/HCMの基本、市場動向やユーザーの投資意欲、米Workdayを例に最新のHCMソリューションが可能にしていることを確認した。後編では、国内外のユーザーによる具体的な変革のアクション、AIや拡張アナリティクスなどを適用した次世代のサービスについて紹介する。HRM/HCM領域でこの先起こること、ユーザー側での活用の方向性まで探ってみたい。

●前編はこちら:基幹系SaaSがイノベーションの起点に─Workdayに見る人材管理/財務管理の世界トレンド

クラウドHRM/HCMを選んだユーザーの実践

 HRM/HCM(人事・人材管理)アプリケーションの導入を検討するのは、もちろん人事部が中心である。米ワークデイ(Workday)によると、HRTechのような取り組みも盛んな近年は、人事部内に専任のITチームが置かれ、「人事系とIT系のどちらにも明るい担当者」が導入・活用を主導するケースも増えているという。

 人事部の中にせよ、外にせよ、IT部門は自社のHRM/HCM導入プロジェクトに最初からかかわることになる。前編で述べたように今日のHRM/HCM製品はクラウド/SaaS型が主流であり、ユーザー企業の側で大規模なシステム開発作業が発生するわけではない。だが、既存のシステムからの移行、社員のアカウント設定やデバイス認証、他のアプリケーションとの連携、セキュリティやコンプライアンスの確立など、プロジェクトでIT部門がなすべきことはかなり多い。

 人事部門とIT部門がリソースと英知を持ち寄って行うHRM/HCMの刷新は実際、企業にどんな効果をもたらすのだろうか。ここで、ワークデイの国内外企業の事例をいくつか取り上げ、人事・人材管理や財務管理の領域における各社の背景、Workdayの採用に至った決め手、なしえた変革や得られた効果などを見ていく。対象顧客上、いずれもグローバル大手企業となるが、このレンジの企業の間では業種を問わず、Workdayを支持する理由が見えてくると思う。

Netflix─11の基幹系アプリケーションを統合し、部門間サイロも解消

 世界190カ国でエンターテイメント映像コンテンツを配信する米Netflix(ネットフリックス)。1997年、DVDレンタルから出発し、2007年に現在の業態に舵を切ってから成長が急加速、2019年7月には有料会員数が1億2500万人に達した後も勢いを増して伸び続けている。現在の従業員数は9000人を超えるという。そんなNetflixがWorkday HCMを初めて導入したのが2012年。後に財務管理のFinancial Managementや給与計算管理のPayroll、調達管理のProcurementも導入している。

 導入以前は人事・財務領域で合わせて11の基幹系アプリケーションを稼働していた。社員はアプリケーションごとに異なるUIの使い分けを強いられて業務が煩雑化、社内では追いつかずにBPO(業務プロセスアウトソーシング)でしのいでいたという。HCMの導入により人材管理、給与計算が統合され、単一のUIの下、社内スタッフのみで業務をまかなえるようになり、その効率性やアジリティも向上。また、人事・財務・ITの部門間にあったサイロが解消され、情報共有も活発化した。

エーオン─人事・財務データの統合でボトルネック発見やリスク予見を可能に

 1919年創業の米エーオン(AON)は、経営リスクマネジメントや人事コンサルティング、保険事業を120カ国以上で展開するグローバル企業だ。世界各国の拠点に約7万2000人が勤務するという規模から、同社では、サイロ化した膨大な人事や財務のシステムの統合など不可能と考えられていたという。そしてグローバルレベルでの管理やガバナンスが限界に達し、グローバル企業の間で採用が増えていたWorkdayを検討、HCMとFinancial Managementを採用した。

 サイロ化の解消もさることながら、人事と財務を1つのシステムに統合して得られた効果は大きかった。例えば、HCMからあるプロジェクトの人件費を抽出し、Financial Managementの財務データと組み合わせることで、プロジェクトの収益性を掘り下げて分析し、基になる要因を迅速に把握できるようになったという。

 また、各国の現場担当者がグローバル共通システムの下、必要なデータに必要なタイミングでアクセス・分析できること、そこから有用なビジネス上の洞察が得られることも可能になった。同社がWorkdayの利用を通じて実現した適切な人員配置やリスクの予見は、顧客からの信頼向上にも寄与している。

江崎グリコ─HCMクラウドの導入で人事・人材管理のグローバル標準化

 創業90年、菓子・食品の老舗で大手の江崎グリコ。アジアや北米にも拠点を広げている同社は、2012年よりグループのシナジーとグローバルビジネスの強化を経営ビジョンに掲げる。しかし、当時の人事システムは基本的な給与管理のみで、その実現に向かえる状況ではなかった。例えば、従業員個々の適正な人員配置やタレントマネジメントを行おうにも、考課や研修履歴など人事データは、Excelファイルや紙文書などで項目ごとに個別管理されていたため、各人の全体像をとらえることもままならなかったという。

 状況を解決するために、モダンなHRM/HCMの導入検討が行われ、グローバル企業における人事マネジメントの考え方が設計に組み込まれている点、その裏付けとしての市場実績などからWorkdayを選定。2017年4月より本格利用が始まった(図1)。課題だった従業員情報は継続的に管理更新されるようになり、各人の希望やスキルに応じた人材の検索が容易に行えるようになった。管理対象は国内拠点から順次海外拠点にも広げて、掲げた経営方針の具現化につながっている。

図1:グリコは個別バラバラの人事情報データをWorkday HCMに統合。2017年4月より本格利用が始まった(出典:ワークデイ)
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楽天─米国法人から始めて本社展開、グローバル基盤を整え高度活用フェーズに

 2018年の年間グローバル流通総額が15兆円を超えたEC大手の楽天。2010年代中頃、国内外で業容が急速に拡大する中で、同社は人事の「採用・育成・定着化」で多数の課題を抱えていた。

 まず、人材採用では事業部のニーズに基づく要員計画が明確化されていなかったため、人事部と事業部の間で採用すべき人物像の不一致が生じ、適切な人材を適切な時期に採用することがかなわなかった。また、事業部の急速な拡大の一方、長期的な人材育成計画の不足から、採用を増やして育成を行っても定着せずに、慢性的な人材不足の状況に陥っていたという。

 そこで楽天は、設立以来の抜本的な人事・人材管理の仕組みの刷新に動く。まず米国法人が2016年にWorkday HCMを導入。その後本社でも、グループ全社/全雇用形態の従業員を対象に、全社の要員管理と人事マスターの一元化から着手して活用が始まった。

 グループ会社単位で個別バラバラに運用されてきた人事システムが統一され、会社や事業部ごとに人事情報が散逸し、品質・範囲・鮮度のいずれにも不満だった状況が改善された。加えて、Workdayの導入を機に、データや業務プロセスのグローバル標準化が進んだ。それを原典に、各国の法規制や商習慣に合わせたローカライズも可能にしたという。

 グローバルHCM基盤が整ったことで、楽天はより高度な活用フェーズに移行した。“エンプロイー(従業員)ジャーニーマップ”への取り組みはその一例で、個々に適切な教育とキャリアパス支援を提供し長らく活躍してもらうための長期的な人材育成計画を定めつつある。HCMから広げてLearningやRecruitingも導入し、活用をさらに進めていくとしている。

ニトリ─人材育成・教育を主眼にHCMを導入、独自の学習/人材育成プラットフォームを整備

 インテリア製造小売チェーン大手のニトリは、2019年2月期決算で年間売上高6081億円、32期連続の増収増益を達成。業績・業容を拡大し続ける中、2019年2月にWorkday HCMを導入した。

 ユニークなのは、人事・人材管理システム刷新の主目的として、人材育成・教育の強化を掲げた点だ。典型的な動機である全社人事・人材情報の一元化はその前提という位置づけになっている。同社の人材育成機関であるニトリ大学と、具体的には、ラーニングプラットフォームを提供するグロービズ経営大学院が提携し、HCMで一元管理される人材情報を基に、各社員にパーソナライズされた独自の学習/人材育成プラットフォームを整備。一人ひとりが目指すキャリアに沿った学習プラン/コンテンツの提供を実現している(図2関連記事「好奇心をマネジメントする」─人事システムに「学習」を取り入れたニトリ)。

図2:パートナーシップで「人材マネジメントプラットフォーム」を実現(出典:ニトリ)
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●Next:AI/ML、“拡張アナリティクス”……デジタル技術はHRM/HCMをどう進化させ、ユーザーの活用はどう変わるのか?

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