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[市場動向]

テレワークは進むが電子政府は一歩後退─新型コロナウイルスが浮き彫りにする日本のIT事情

2020年3月4日(水)佃 均(ITジャーナリスト)

ネットやテレビ、新聞のニュースは連日「新型コロナウイルス感染拡大」の話題で持ちきりだ。「SARS-CoV-2」(Severe Acute Respiratory Syndrome Corona Virus 2)または「2019-nCoV」(2019 novel Corona Virus)、それによる呼吸器疾患は「COVID-19」(Corona Virus Disease 2019)が国際的な正式名称だが、「新型コロナ」ないしは「コロナ」だけで通じるほど世界の関心は高く影響が大きい。そんな中でも見えてくるのが日本の企業や行政機関のIT事情だ。

目の前の危機が推し進めるもの

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、日本政府が感染症基本方針を発表した2020年2月26日、梶山弘志経産相、加藤勝信厚労相、赤羽一嘉国交相の3閣僚が、経団連、日本商工会議所、経済同友会、連合の4団体に時差通勤やテレワークの採用を要請した。東京・渋谷に本社を置くGMOインターネットが「新型コロナウイルスの感染拡大に備え、3拠点で2週間の一斉在宅勤務」を発表したのは1月26日だったから、政府はまるまる1カ月の後手を踏んでいる(関連記事GMOインターネット、新型コロナウイルスの感染拡大に備え、3拠点で2週間の一斉在宅勤務を実施)。

 GMOインターネットのテレワーク対象者は約4000人、これに続いてメルカリや楽天が全社員に在宅勤務を指示した。以下、これまでの報道から拾うと、時差通勤とテレワークはNTTグループの約18万人が最多、NEC約6万人、ソフトバンク2万人、ヤフー6500人、電通5000人、KDDI・資生堂各8000人、パナソニックとユニ・チャーム各2000人など。LINEやアマゾン ジャパン、日本マイクロソフトなど国内のテレワーク先進企業からすれば“いまさら”だが、「働き方改革」の一環で毎年実施している「テレワーク・デイズ」がよい予行演習になっていたのかもしれない(関連記事「テレワーク・デイズ2020」の実施方針が決定、都内の企業には社員1割のテレワークを呼びかけ)。

 テレワークの原義(由来)は「tele(離れた所で)+work(働く)」なので、必ずしも、常時ネットに接続しながらのPC/モバイル端末での業務を意味していない。もちろん、Web会議システムで対面の打ち合わせや会議、出張を減らせば、人と人の濃密接触を回避できる。在宅で資料を作ることはもちろんできるし、コミュニケーションを補うビジネスチャットも数多く出揃う。

 しかし、自宅でできる仕事には限界がある。個人の技量に依存するウェイトが大きい文書作成やデザインなどはテレワークに向いているが、人と会って会話をすることが重要な営業提案やプレゼンテーションなどは難しい。さらに、財務、経理、請求、在庫、購買といったバックオフィスの業務処理をそのまま自宅でこなすことも難しいとされている。

 事務系社員が日常的に活用しているデータは基幹系が69.7%、業務支援・情報系が54.6%、管理業務系が59.6%という統計がある(JUAS「企業IT動向調査2020」、図1)。これを在宅で行うには、従業員の私物のPCからダイレクトに、業務システムへのアクセスを可能にしなければならない。

 仮にそれができたとしても、正規社員は管理するだけで、実務を手がけないことがある。非正規社員や外部企業から派遣されている要員の手助けなく、正規社員だけで業務がこなせるか、という問題もある。非正規・派遣就労が4割を超える雇用構造の歪みが、テレワークを直撃する。

図1:データ種類別の活用状況(出典:JUAS「企業IT動向調査2020」)
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これまでできなかったテレワークが企業の“標準装備”に

 ハッキングや情報漏洩・流出を防止する観点から、多くの企業が業務用ノートPCやタブレットの持ち帰りを制限している。だからといって、私用PCから基幹系システム/データベースにアクセスすることを許すには、システムの大幅な改修が必要になる。先行して成果を上げている企業は別として、日本におけるテレワークの実態は「在宅勤務という名の自宅待機」にならざるをえない。

 そうした中、業務の場所に依らない全社的なワークスペース、コミュニケーション/コラボレーション基盤の整備は、IT部門においてまさに急務となり、恒久的にしろ、暫定的にしろ、大半の企業で進めていることだろう。ここでポイントになるのが、従業員が会社の外に持ち出した業務用PCやモバイルデバイスにも、自社の運用/セキュリティポリシーを適用するモバイルデバイス管理(MDM)の仕組みだ。この仕組みにより、個々の端末にもシステムとデータベースへのアクセス権が適切に設定できるようになり、業務処理の4W1H(だれが・いつ・どこで・何を・どのように)を、部門単位ないし全社で集約・共有が可能になる。

 ここまでが整備されて、初めて真のテレワークが実現されることになる。MDMと言えば、本誌読者の場合、マスターデータ管理を先にイメージする向きもあるだろうが、モバイルデバイス管理もまた重要なもう1つのMDMである。もっと言うと、これがもっと発展すれば、個々の技術や能力を適正に生かすPSA(Professional Service Automation)の普及にもつながるだろう。その意味では、不謹慎の誹りがあるかもしれないが、今回の新型コロナウイルス感染拡大は、日本のIT業界にとって、変革の契機ともとらえられる(関連記事人月モデルから「PSA」へ─日本のITサービス業は危機感を行動に移せるか)。

 東京都内の平日、テレワークを実施した大手企業本社の周辺では、客足が減って飲食店が困っているという。ところが首都圏の通勤電車が空いたと考えるのは間違いで、普段の乗車率が200%とすると170%程度、押し合いへし合いなのは変わらないそうだ(筆者は通勤時間帯に電車に乗ることがほとんどなく伝聞だが)。つまり、この時勢でも、東京一極集中の問題は思ったほど解消していない。

 思い起こすのは、首都圏直下型地震のリスクを減らす観点から叫ばれた「首都機能移転/分散」だ。「国会等の移転に関する法律」(1992年12月成立)だ。この法律は今も生きているし、新たに「デジタル手続き法」も施行されている。この秋にはAWS(Amazon Web Services)による「政府調達におけるクラウド・バイ・デフォルト」もスタートする。首都機能の移転・分散はこれを機にもう一度検討されていい。

●Next:Web会議・ウェビナーの課題、そして電子行政にもの申す

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