[イベントレポート]
「“クラウド”と“スイート”の価値は不変」─25周年のNetSuiteが目指す次なるイノベーション
2023年11月13日(月)本多 和幸(ITジャーナリスト)
クラウドERPの先駆けとなった「NetSuite」の登場から四半世紀。米オラクルは2023年10月16日から19日の4日間、米ラスベガスでOracle NetSuite事業の年次プライベートイベント「SuiteWorld 2023」を開催した。今や市場の主流となったクラウドERPのパイオニアとしての先見性を改めてアピールすると共に、メガトレンドである生成AIを組み込んだ新機能などを紹介。顧客企業の業務効率化と事業成長にフォーカスして新しいテクノロジーを貪欲に取り入れていることを強調し、現在も変わらずERPのイノベーションの先陣を切っているという矜持を示した。
NetSuiteのインフラはOCIに完全移行へ
米ネットスイート(NetSuite)の創業は1998年。米オラクルの幹部だったエバン・ゴールドバーグ氏(Evan Goldberg)氏(写真1)が事業を興してから、今年は25周年の節目に当たる(創業当初はNetLedgerという社名だった)。
冒頭で触れたが、NetSuiteは「元祖クラウドERP」と言える存在だ。オラクルからスピンアウトして発足した同社だが、2016年に買収の形でオラクルに“帰還”している。約1兆円での買収だった。そのゴールドバーグ氏はエグゼクティブバイスプレジデントとして現在もOracle NetSuite事業の指揮を執っている。
SuiteWorld 2023のメインイベントである10月17日の基調講演に登壇したゴールドバーグ氏は25年間の歩みを振り返り、「1998年はその後の25年間に多大な影響を与えた。それはクラウドの登場であり、私たちが25年間変わらなかったことの1つは、(当時はクラウドという呼び方ではなかったものの)クラウドを利用することで最新のテクノロジーを使ったイノベーションを迅速に提供し、いつでもどこでもそれにアクセスできるようにしてきたことだ」と説明した。
一方で、クラウドサービスを支えるインフラについては大きく変わった。ネットスイートがオラクルに統合されたことで得た大きなメリットの1つは、「Oracle Cloud Infrastructure(OCI)」を自社技術として使えるようになったことだという。ゴールドバーグ氏はOCIについて、最先端の自律型DBと洗練されたAIを備え、最も急速に成長しているクラウドだと評した。NetSuiteのインフラはほぼOCIに移行済みで、年内には移行を完了する計画である。
オラクルはクラウド市場では後発だが、近年はSaaS/IaaS/PaaSの各レイヤで、先行する他社クラウドの課題を分析したうえでクラウドネイティブなアーキテクチャに作り直し、新しい技術を貪欲に取り込んでいる。OCIについては大容量・高速ネットワークやセキュリティ、信頼性、ハイパフォーマンスに資する諸機能を備えた「Gen2」インフラに刷新し、PaaSレイヤでは金看板であるOracle Databaseもクラウドファーストで開発・提供し、マシンラーニング(機械学習)や生成AI関連サービスも拡充している。
10月18日の製品基調講演に登壇した、Oracle NetSuite プロダクトエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントのライアン・グリッソ(Ryan Grisso)氏(写真2)は、NetSuite事業におけるOCIの活用について詳細を解説した。
「長年にわたり、NetSuiteはデータセンター技術に多くの投資を行ってきたが、現在オラクルがOCIに投資している額と比較すると遥かに小さいものだった。(OCIをインフラとして使うことで)クラウド市場でトップクラスのパフォーマンスとスケーラビリティ、セキュリティ、信頼性を得ることができた」と振り返った。
Oracle Cloudは年々データセンターを拡充しているが、こうしたインフラを“無料”で活用できるようになったことも大きなメリットだとグリッソ氏。NetSuiteがデータセンターのエリアカバレッジを広げる際に、コストをオラクル社内で吸収できるようになったわけだ。
「(オラクル傘下になったことで)クラウドインフラの細部まで自分たちで気を配ったり、手を動かしたりする必要がなくなり、アプリケーション開発に集中できるようになった。OCIにはテスト環境やシミュレーションといった開発チームをサポートするための強力なツールも揃っており、開発のスピードは加速している」(グリッソ氏)
グリッソ氏はPaaSレイヤでのOCI活用についても言及した。「(NetSuiteがデータベースとして利用する)Oracle Autonomous Databaseでは、パッチ適用やチューニング、スケーリングが完全に自動化され、データベース管理者は不要。高速なデータベース専用機のOracle Exadata上で稼働している。高速で信頼性の高いサービスを提供するために舞台裏で活躍している」とした。2024年末をめどに、NetSuiteの全アカウントをOCI上のAutonomous Database環境に移行する予定だ。
オラクルとの統合は、営業面でもポジティブな影響があったという。ゴールドバーグ氏はSuiteWorldの期間中、日本のメディアのインタビューに応じ、「オラクルはネットスイートの買収にあたって、あらゆる規模の企業のための業務アプリケーションプロバイダーになる決断をした。買収時にNetSuiteユーザーは1万1000社だったが、現在は3万7000社に上る。このような急成長が何年も続くと期待している」と説明した(写真3)。
AIがERPの進化を担う─長年の知見から業務を自動化
最新テクノロジーを駆使したERPのイノベーションをクラウドで提供するというコンセプトはネットスイートの25年の歩みを通して一貫したものだが、一方で「クラウド以外にも多くのテクノロジーブレークスルーがあり、NetSuiteはモバイルやIoTにもいち早く適応してきた」とゴールドバーグ氏はキーノートで強調。そのうえで次のように続けた。
「次の25年に向けて一層エキサイトしており、これまで以上に多くの価値を提供していくつもりだが、今回のSuiteWorldでは特に生産性向上にフォーカスしたい。そのカギとなるテクノロジーがAIだ。私たちが最近目にした生成AIのブレークスルーは、25年前にクラウドを導入した時と同じくらい革命的に思える。より少ないリソースでより多くを実現するための飛躍的な進歩をもたらすだろう」
今年発表されたテック系のイノベーションは生成AIに支配されていると言っても過言ではない状況だ。それはSuiteWorld 2023でも同様で、最もアピールした新機能は、生成AIをNetSuiteのアプリケーションスイート全体に組み込んだ「NetSuite Text Enhance」だった。
Text Enhanceは、NetSuiteのユーザーごとの個別のデータを活用し、コンテキストに沿ったコンテンツを作成したり、既存のコンテンツを改良したりできるという。財務会計からSCM、営業・マーケティング、人事、カスタマーサポートまでさまざまな業務で活用可能だとしている。グローバル市場では1年以内の提供を予定している(日本での提供時期は未確定)。
具体的な使い方としては、例えば財務会計関連の業務であれば、売掛金回収のために取引先に送る書類の原案を個別の案件ごとに自動作成したり、財務報告書などのライティング作業を支援することを想定している。また、営業・マーケティング業務では、NetSuiteのERP、CRM、サプライチェーンのデータを組み合わせて活用し、見込み客それぞれのニーズに合わせて商品説明、商品画像、価格情報、在庫状況、配送のスケジュールなどを網羅したプロモーションメールをスピーディーに作成できるという。
ただし、前述のとおり生成AIの活用は市場のメガトレンドで、業務アプリケーションと生成AIを組み合わせたソリューションは枚挙に暇がない。Text Enhanceの差別化要素は何か。ゴールドバーグ氏は、「我々は業務アプリケーションをユーザーがどのように使っているかを熟知している。その知識を基に、NetSuiteを使えばだれでも簡単に、効果的に生成AIを利用できるようにした」と強調。その基本的な仕組みを次のように解説した。
「例えば同じ商品の説明文を書くにも、顧客向けとサプライヤー向けでは内容やテイストが異なる。コンテキストに沿ったコンテンツをユーザーが本当に得られるようにするためには、必要な情報を自動的に統合する必要がある。Text Enhanceでは、NetSuiteのさまざまなフィールドやエリアごとに自動で適切な情報が取り込まれるように設定され、最適なプロンプトも事前に用意されており、用途に適したコンテンツを自動で生成できる。もちろん、取り込むデータの種類やプロンプトについて標準的なテンプレートを修正して、ユーザーが独自にコンテキストを設定することも可能だ」
製品名にも表れているが、ビジネスのさまざまな側面を単一のシステムでカバーする「統合アプリケーションスイート」としての価値を追求してきたのも、クラウドへのコミット同様にNetSuiteの一貫した姿勢だ。アプリケーションスイートの多様なデータを活用するからこそ、幅広い業務でユーザーの生産性向上に寄与するAI活用を実現できるということなのだろう。
ゴールドバーグ氏は、「NetSuiteが網羅するほぼすべての業務にAIの役割があると考えている。私たちはAIを脇役のようなものだとは考えていない」と強調。AIをERPの当面の進化を担う主役と捉えていることを示唆した。
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