[麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド]

ChatGPTを用いた良品/不良品判定─最新AIの活用に積極的なボッシュ:第48回

2024年2月29日(木)麻生川 静男

OpenAIのChatGPTに代表される生成AIの驚異的な能力は教育、エンターテインメント、ビジネスだけでなく、さまざまな分野で従来のやり方を様変わりさせている。ChatGPTはすでにメールや業務文書、FAQの自動回答などで広く活用されているが、LLM(大規模言語モデル)に基づく文章生成機能の活用がメインである。ところが、ChatGPTは画像データも扱うことができる。独ボッシュ(Bosch)はこの点に目をつけ、高精度の判定能力を備えた検査システムを短期間で開発した。

ChatGPT活用で目指すコスト削減

 ボッシュは言わずと知れたドイツを代表する自動車関連部品メーカーだが、AIを積極的に活用していることでも有名だ。今回、同社のAI活用を全方位的に紹介するのではなく、ChatGPTを画像データ生成に適用するというユニークなアイデアなどを紹介する。

 ドイツの商業経済紙「Handelsblatt」によると、ボッシュの目的は溶接不良の画像データをAIに学習させ、大幅なコスト削減を目指すことだ。従来、品質管理の現場では、AIによる判定システム画像データから良品/不良品判定を行っていたという。

 新たに開発している生成AIの判定システムは、判定精度の向上に必要な期間を大幅に短縮し、製造過程全体の生産効率向上を狙うものである。ポイントは生成AIを画像データに適用することだ。

 ボッシュはこの実証実験用のパイロットプラントを2つ立ち上げた。1つはシュトゥットガルトのフォイエルバッハ工場で製造している高圧ポンプの品質検査システム。もう1つはニーダーザクセン州のヒルデスハイムの工場で製造している電気モーターの基板のはんだ付けの検査システムだ。電気モーターの銅線のはんだ付けは1基板あたり300カ所あり、それらすべての検査を1分以内に終えなければならない。AIの画像認識ソフトが検査し、判定不能の場合人間が判断する必要があるという。

写真1:ヒルデスハイム工場で最新AIの活用に取り組んでいる(出典:独ボッシュ)

 一般的にAIの画像認識では、製造現場で言うところの「良」と「不良」、つまり正常と異常の両方の画像を用いて識別させる。ここで問題となるのは、不良の画像データの収集だ。農作物のような自然物と異なり、工場の製造ラインで作られる製品は良品がほとんどで、不良品はわずかだ。特に今回のテーマであるようなはんだ付けの個所では、製造ラインで不良品が作られるケースはごく稀であると言ってよい。

 現状の生産ラインから収集される画像データに不良の画像データはかなり少ない。となると、残念ながら少数の不良画像データで学習した判定システムは、学習データとして使われた不良画像と同じ種類の不良品しか判定できないことになる。これを「汎化能力がない」と呼ぶ。

 そこで、ボッシュはChatGPTを使った新しい方法を考案したのである。ざっくり言えば「ChatGPTに不良品のフェイク画像を生成させる方法」だ。

 Handelsblattは、ボッシュのレンニンゲン工場で開発されたこの方法を具体的に解説している。画像生成AIは、Dall-EやStable Diffusionなどが有名だが、ボッシュではChatGPTに備わる画像生成の能力を使って不良品の画像データを作成している。

 まずは100枚程度の不良品の画像データを収集し、画像生成AIにそれらの画像データを学習させて、1万5000枚の不良品画像データを作成。そして、はんだ付けの品質判定AIには、これらの不良品画像データと、別途収集してあった良品画像データを学習させ、短期間のうちに高精度の判定システムを構築することができたという。

 残念ながら、2024年1月時点で、レンニンゲン工場におけるこのシステムがどの程度の成果を挙げたかという詳細は不明だ。しかし、ヒルデスハイム工場では同じような方法で大幅な向上が見られたとの報告がある。

 ドイツの産業紙「Produktion」によると、ヒルデスハイムのモーター製造工場では、完成品のチェックにこのような手法を活用したAI判別システムを利用している。生成AIが生み出したモーターの不良品画像データは、人間が見て本物の不良画像データと区別ができないレベルだという。この新しい方法によってボッシュは、画像による不良品判定システムの構築期間は従来に比べて6カ月短縮、コスト削減効果は年間数千万円にも達すると見積もっている。

 Handelsblattによると、ボッシュには230もの工場があるが、ヒルデスハイムで開発されたこの方法を横展開することによって、グループ全体で年間3億ユーロ以上(500億円規模)の節約が可能になるという。「生成AIの助けを借りて、既存AIソリューションの改善だけでなく、当社のグローバルな製造ネットワークに最適に浸透させるための基盤を構築していく」と、ボッシュ CEOのステファン・ハルトゥング(Stefan Hartung)氏は述べている。

●Next:グローバルで進めるAIによる生産性向上の取り組み

この記事の続きをお読みいただくには、
会員登録(無料)が必要です
  • 1
  • 2
バックナンバー
麻生川静男の欧州ビジネスITトレンド一覧へ
関連キーワード

Bosch / ドイツ / 製造 / 自動車 / 生成AI / ChatGPT / 品質管理 / 品質検査 / 欧州

関連記事

トピックス

[Sponsored]

ChatGPTを用いた良品/不良品判定─最新AIの活用に積極的なボッシュ:第48回OpenAIのChatGPTに代表される生成AIの驚異的な能力は教育、エンターテインメント、ビジネスだけでなく、さまざまな分野で従来のやり方を様変わりさせている。ChatGPTはすでにメールや業務文書、FAQの自動回答などで広く活用されているが、LLM(大規模言語モデル)に基づく文章生成機能の活用がメインである。ところが、ChatGPTは画像データも扱うことができる。独ボッシュ(Bosch)はこの点に目をつけ、高精度の判定能力を備えた検査システムを短期間で開発した。

PAGE TOP