5社の実践に学ぶ“価値を生むAI”と製造業DXの要諦:第2回
2026年9月4日(金)佐久間 隆介、Murat Soganci、高橋 智将(マッキンゼー・アンド・カンパニー/マッキンゼー・デジタル)
DXが重要テーマとなって久しいが、マッキンゼーの調査によれば、回答企業の84%でDXの財務的な成果が出ていないのが現実だ。その大きな要因は、DXを単なる「ツール導入」や「業務効率化」と捉え、ビジネスモデルそのものを再構築する「企業変革」へと踏み込めていないことにある。本連載では、世界200社以上のプロジェクト実績から導き出されたマッキンゼーの企業変革アプローチ「REWIRED(再配線)」をベースに、日本企業がAI時代を勝ち抜くための実践的な知見を紹介していく。第2回となる本稿では、「AI Ready」な企業への変革に向けた、エージェンティックAIの活用やデータ基盤整備など、製造業をはじめとした先進企業5社の実践事例を紹介し、変革の要諦を解説する。

本連載の第1回となる前回は、マッキンゼーが世界2000社以上のデジタル/AI変革の実践から導き出した「REWIRED(再配線)」の考え方を紹介した(関連記事:丸投げから脱却し、攻めのAI/デジタル投資へ─「REWIRED=再配線」の設計図)。そこでは、多くの企業がデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しているにもかかわらず、期待した財務成果につながっていない現実と、その背景にある構造的な課題について論じた。
DXが成果を生まない最大の要因は、デジタルやAIを単なるツール導入や業務効率化の手段として捉え、企業変革そのものとして位置づけられていないことにある。REWIREDでは、企業変革を成功させるために、戦略、人材、オペレーティングモデル、テクノロジー、データなど複数の領域を一体的に変革することの重要性を謳っている。
この考え方は、特に製造業において重要性を増している。製造業は長らく、製品開発力や生産技術、品質管理といった強みを競争力の源泉としてきた。一方で、デジタルはそれらを支える補助機能として位置付けられることが多く、「必要なシステムを導入する」「完成されたソリューションを活用する」という発想が中心だった企業も少なくない。実際、多くの企業ではERPの刷新や基幹システム統合がDXの中心テーマとして語られてきた。
しかし、生成AIやエージェンティックAI(AIエージェント)の登場によって状況は大きく変わりつつある。AIはもはや一部業務の効率化ツールではなく、企業活動そのものに組み込まれ、情報収集、分析、意思決定支援、さらには実行までを担う存在へと進化し始めている。
その結果、企業競争力の源泉も変化しつつある。これから重要になるのは、単に高性能なAIを導入できるかどうかではない。AIが必要なデータへアクセスできるか、システムを横断して業務を実行できるか、企業固有の知識やルールを理解できるか、そして実際の業務プロセスに組み込まれて継続的に価値を生み出せるか、といった「AIが働ける企業構造」を持っているか否かである。
一方で、製造業の現場には依然として、データの分断、ERPを中心とした複雑なシステム構造、拠点ごとに最適化された業務プロセス、属人的なノウハウといった課題が存在する。こうした環境では、AIのポテンシャルを十分に引き出すことは難しい。
だからこそ今、求められているのは、AIを導入することだけではなく、「AI Readyな企業へ変革すること」である。本稿では、その実践例として、エージェンティックAIを実践レベルで導入した成功事例、それを支えるデータプラットフォーム構築、そしてAI活用を支える組織能力の構築という3つの取り組みを紹介したい。いずれも異なるテーマを扱っているように見えるが、共通しているのは、AIを単なるツールではなく企業活動の一部として機能させる取り組みとしている点である。
「AIが働く構造」を創る─エージェンティックAIの実践
最初の好例として、ある大手エネルギー企業の取り組みを紹介したい。同社には、主体的な変革を推進するという明確な志があったが、それを支える経験はなかった。そこで、個別のユースケースを追いかけるのではなく、外部ベンダーへの依存度が高いソフトウェア開発ライフサイクル(SDLC)を自社の変革の起点となるプロセスとして選んだ。
開発/テストの多くが外部委託されていたため、同社は生産性を向上させるだけでなく、自社の能力を再構築し、外部への依存度を低減する機会を見出した。出発点として、断片的で手作業によるコストが高く、かつ可視化できる「要件定義フェーズ」に概念実証(PoC)の焦点を当てた。
このアプローチを際立たせたのは、そのアーキテクチャであった。チームは、単一の強力なモデルに依存する代わりに、オープンソースのマルチエージェントフレームワーク「Atomic Agents」(図1、注1)を用いて、150を超えるAIエージェントを構築している。
各エージェントは、文書の取り込み、コンテンツ草案の生成、翻訳、セクションの統合、あるいは正確性、完全性、明瞭性、使いやすさの確認など、狭く定義されたタスクを担当する。これらは、スクワッド、グループ、フローに編成され、相互に連携して、多くのセクションにわたる完全な要件文書を作成、精緻化、評価し、さらに専任のエージェントが継続的に品質を担保する仕組みを築いた。
注1:Atomic Agents(アトミックエージェント)は、モジュール型の軽量AIエージェント開発フレームワーク。AIシステムを小さく再利用可能なコンポーネント(Atomic Parts:原子的パーツ)に分解し、複雑さを排除して構築できるように設計されている。
図1:Atomic Agentsの概要(出典:マッキンゼー・アンド・カンパニー)拡大画像表示
同様に重要だったのが、ヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-loop)の意図的な設計であり、このワークフローでは、人間を排除するのではなく、その役割を再定義している。具体的には、エージェントがコンテンツの草案作成や不備・矛盾点の指摘を行い、人間の専門家はレビュー、判断、最終承認に注力する形となった。このワークフローは、現在3つのプロジェクトを用いて検証され、手作業によるアプローチとの直接比較が行われている。
結果は驚くべきものだった。エージェンティックAI主導のワークフローにより、コストを約80%削減し、手作業の負担も同程度に軽減した。その結果、2~3カ月かかっていたプロセスを約1週間に短縮。特筆すべきは、成果物の品質スコアが100点満点中90点以上に上昇し、手作業による成果を大幅に上回ったことだ。
しかし、同社はここに留まらない。SDLC全体にエージェント型ワークフローを拡大し、最終的には企業全体の他の機能にも展開するための段階的なロードマップの第一歩と位置付けている。
そこから得られた画期的な成果がまさに本稿のテーマに重なる。それは単一の高度なAIを導入したことではなく、実際の業務を多くの協調するエージェントに分解し、それらを実際のワークフローに組み込み、人間が付加価値を生み出す部分を意識的に再設計したことにある。まさにAI対応企業を定義する「AIが働ける企業構造」だ。
●Next:すべての準備が整うまで待っていては、AI活用の機会そのものを失ってしまう
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