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[市場動向]

IFRSの企業経営へのインパクトと意義

IFRS 国際会計基準に取り組む Part2

2009年7月13日(月)森川 徹治

知的資本社会を推進する新たな物差し、長期的に取り組む意志を──IFRSは、私たちがこれまでなじんできた会計基準とは全く異なる価値観に基づき策定されている。本パートでは、IFRS導入が日本の企業経営にもたらす意義や影響を述べる。

IFRSという会計基準の発祥はどちらかと言えばアカデミックなものであり、決して最初から世界標準となるだけの力を持ち合わせていたわけではない。しかし、世界のGDP(Gross Domestic Product:国内総生産)の30%を占める欧州が2005年にIFRSを域内上場企業に強制適用したことで、流れは大きく変わった。

IFRSは、会計基準のデファクトスタンダードとなるべく確実に適用国を増やしている。日本の上場企業にIFRSが適用されることはほぼ間違いない。

IFRSが立脚する価値観は、私たちが慣れ親しんできた従来の会計基準とは全く異なる。ここではこの価値観の違いという視点から、IFRSの特徴を大きく3つ取り上げ、企業経営にとっての意義を概観する。

経営判断とその結果をガラス張りに

日本の会計基準が基づいているのは、売上と費用から利益を計算し、それを事業活動の結果として見なすというPL(損益計算書)中心の考え方である。これを、「収益費用アプローチ」と呼ぶ。これに対して、IFRSはBS(貸借対照表)を重視し、事業資産の増減で事業活動を計測する「資産負債アプローチ」を採っている。これが、IFRSの第1の特徴である。

こうした基本思想の違いは、財務諸表の表示形式に現れる。国際会計基準審議会(IASB)と米国財務会計審議会(FASB)が検討を進めている、IFRSの新たな財務諸表の中心となるのは、「財政状態計算書」「包括利益計算書」「キャッシュフロー計算書」である。これらはそれぞれ、日本基準の「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」に相当する。

これら財務3表は、事業資産を基軸として横並びに対比できる(図2-1)。このため、事業活動のパフォーマンスが、会計上の活動ベースとキャッシュベースの双方で一目瞭然となる。IFRSに基づく財務諸表は、経営者は事業資産の増減とそのパフォーマンスに責任を持つことをより鮮明にし、その結果をガラス張りにする。

図2-1 連結経営を革新するIFRS
図2-1 連結経営を革新するIFRS(画像をクリックで拡大)

IFRSはさらに、資源を配分して投資効果を個別に計測すべき「セグメント」ごとの収益状況を開示することを求める。ここで言うセグメントとは、経営者による意思決定の単位である。廃止事業についても、関連する事業資産を別掲しなければならない。これらにより、企業が事業資産をどのように配分しているかが明らかになるので、投資家は経営実態をより詳細に把握できるようになる。

加えて、IFRSは事業資産の時価変動による増減を含めた包括利益を計測することを求める。経営の責任は「売上最大・費用最小」にとどまらず、「事業資産の増減」にも及ぶという点が明確にされるわけだ。

財務会計と管理会計の統合を可能に

IFRSの第2の特徴は、「原則主義」という点である。

日本の会計基準は「細則主義」と呼ばれ、様々な規定が事細かに決められている。会計基準そのものの完成度では、日本の会計基準の方が圧倒的に高いといえる。だがそれゆえに、企業ごとに異なる経営視点を取り込めるだけの余地がなかった。

例えば、固定資産の償却については、その合理的判断を容易にするため、日本の会計基準では税法で定められている期間に準じて償却期間を固定的に設定している場合が多い。しかも、一度決めた償却方針の変更は現実的には容易ではない。これに対してIFRSは、重要な固定資産について「企業が個別に償却期間を設定し、かつ毎期再評価する」としている。

このように、IFRSは柔軟性の高いルールであるため、企業にとってその適用は、投資家に対する開示情報と経営判断の整合性を担保できるという利点がある。従来、業績開示を目的とする財務会計と、経営判断の材料にする管理会計は、分離しているケースが多かった。このため、投資家向けに開示される数値と、経営者が実際に意思決定する根拠となる数値は必ずしも一致していなかった。

IFRS適用により、財務会計と管理会計のずれが少なくなり、統合しやすくなる。IFRSは、実際の経営判断に使っている情報を財務諸表に反映するよう求めるからだ。財務会計と管理会計の統合には、会計業務プロセスを効率化できるといったメリットもある。

無形資産の評価で産業育成

IFRSの第3の特徴は、サービス業の比重が高い「知的資本社会」に即した事業活動の計測を重視している点である。サービス産業においては、企業は工場や機械など売却可能な固定資産をそれほど多く持たない。製造業に比べ、価値の源泉を“人財”やノウハウといった無形資産に大きく依存しているからである。

現在の会計基準では、人財に関わるものはすべて費用となる。例えば、ソフトウェア開発における研究開発への投資は、その成果の販売可能性が認められるまではすべて費用として計上しなければならない。このため、企業は研究開発に対する思い切った投資はなかなかできなかった。財務数値がマイナスを計上すると、市場からの資金調達が難しくなるからだ。

もちろん、人やノウハウは工場や機械のように売買できるものではない。しかし、事業価値の源泉を資産計上できないままでは、事業資産に対する企業のパフォーマンスを正しく計測することはできない。

それだけではない。知的資産などの無形資産を評価・計上できない会計基準は、新たな産業が成長する際の足かせとなる可能性がある。将来のために増やすべき無形の事業資産を、短期的に収益を出すための費用圧縮の観点から削減せざるを得なくなるといった問題が生じかねないからである。

その点、IFRSは研究開発費のうち開発費については資産として計上することを認めるなど、無形資産の計測と評価に積極的に取り組む姿勢を明確にしている。IFRSが、無形資産を主たる事業資産とするような企業への投資を積極化するドライバーとなることは間違いない。知的資本社会における新たな産業育成を推進する可能性を秘めた会計基準と言えるだろう。

高度な倫理観を持つ人財の育成がキー

IFRSは単なる会計基準ではなく、グローバル経済社会の新たなコモンセンスであり、企業はそれを積極的に活用することで経営力を向上できる。筆者はそう確信している。片言でも世界中である程度は通用する英語のように、グローバルで資金調達する企業にとってIFRSは非常に有用な道具となるはずだ。

ただしもちろん、IFRSにもデメリットはある。自由度が高いだけに企業が自ら決めなければならないことが多く、経営判断は煩雑になる。さらに、その判断を論理的に説明するための「注記」と呼ぶ補足情報が大幅に増加する。

その一方で、原則主義や無形資産の重視といった思想は、利益操作に直結する大きなリスクを抱えているのも事実である。例えば、無形資産の計上は会計上の利益とキャッシュ残高との乖離を生み出しやすい。

こうしたデメリットやリスクを未然に防いでIFRSのメリットを最大限に享受するには、IFRSの価値観への深い理解と高度な倫理観を併せ持つ人財を育成することが欠かせない。それには、ある程度の時間と試行錯誤が必要だ。IFRSを育んだ欧州でさえ、その経営への活用は始まったばかりであるという。企業はそうした実情を踏まえ、十分な時間と試行錯誤を覚悟して人財育成を開始すべきである。

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