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[イベントレポート]

グローバル化担う企業ITの課題とIT部門が果たすべき役割─キーパーソン座談会

カシオ計算機 矢澤篤志氏、札幌スパークル 桑原里恵氏

2012年3月7日(水)川上 潤司(IT Leaders編集部)

真の意味でのグローバル化が加速していることで、企業ITに課せられる条件は厳しくなっている。ことに、新興国に対する展開が急進し、これまでとはまったく異なる価値観が求められている。一方で、IT化の取り組みは、より事業に密着した「コア部分」にシフトさせていく必要に迫られている。こうした背景の中で、IT部門はどんなアクションを起こしていくべきなのか。カシオ計算機のCIOとしてグローバルビジネスを牽引してきた矢澤篤志氏と、数々のコンサルティングを手がけ企業ITの動向にも詳しい桑原里恵氏を迎え、座談会形式で意見を伺った。司会進行は本誌編集長の田口潤。(文中敬称略)Photo:的野 弘路

矢澤篤志氏
矢澤 篤志 氏
カシオ計算機 執行役員 業務開発部長
CIOとして同社のグローバルビジネスを支えるIT戦略の立案と実践を担う

桑原 里恵 氏
札幌スパークル システム・コーディネータ
ビジネスとITの“デザインファーム”を志し、30年以上にわたりコンサルティングを手がける
Twitter:@Satoekuwahara

田口 潤
インプレス IT Leaders 編集長
これまで一貫して、企業ITを対象とするメディアの編集に携わる


桑原:企業ITに課される条件はますます厳しくなってますね。とりわけ新興国に対する展開スピードの向上は大命題で、これまでとはまったく異なった価値観が求められています。

矢澤: 製造業なんかは典型でしょうが、国内市場だけを見ていてもビジネスは成り立ちません。当社の場合は、90年代の後半から製造の8割超は海外だったし、販売も5割が海外という状況でした。当然ながら、グローバル視点でビジネスの足回りを整えることがIT部門の大きなミッションでした。

田口:そこでのスピード感がますます速まっている?

矢澤: ケタ違いに速くなってきたと実感してます。例えば今、新興国のシステムを数カ所同時並行で手がけてるんですが、どのぐらいの期間をかけると思います? 3〜6カ月で立ち上げようとしているものの、それでも遅いと言われるんですよ。

田口:数年かけて構築するといった話はもはや通用しないんですね。

矢澤: 何しろ、市場の地勢図はダイナミックに変わります。思い起こせば90年代後半当時は、シンガポールやマレーシア、インドネシアといった東南アジアが中心だった。それが2000年代になると中国へのシフトが起きました。製造拠点、あるいは消費市場という観点で見ても、軸足を置くべき国は変わるし、変化の時間軸も短くなっています。悠長なプロジェクトは絶対に許されない。

桑原:グローバルでのシステムの最適配置を考えた場合に、移動や変化が絶えず起こり得るということをIT部門は認識しなければなりませんね。

矢澤: かつては、現地のIT企業を探して、要件定義から始めるようなプロジェクトも少なくなかった。しかし、サーバーなどのインフラ周りも含めて拠点ごとにシステムを構築する方法は、今の時代には投資を回収できないというリスクが常に付きまといます。

「業務」に対する既成概念を変える

田口:新しい価値観の下で、具体的なシステム像はどのようになりますか。

矢澤: 総論で言えば、シングルインスタンス化を図り、海外に対する展開の機動力を高めなければなりません。全体を見渡して、共通化した方が理にかなっている領域は業務としてもシステムとしても標準化・統合化しておいて、各拠点に使わせる。これはビジネスの要求からすると必然で、事実、当社もそうすべき領域についてはシングルインスタンス化を進めてきました。

田口:仮想化技術などの進展で、インフラまわりは確かに統合しやすい素地が整ったと思います。ただ、それだけで解決できることじゃないですよね。

矢澤: おっしゃる通りで、「業務」に対する考え方を変えることが大前提になります。従来、IT部門のスタッフが「業務を知る」というのは、現場の仕事のやり方を見聞きして理解することを指し、最終的にそれをシステムに落とし込めばよかった。ところが、今はそれが通用しないんです。

グローバルで展開しているビジネスを俯瞰した上で、標準の業務とは、構造とは、階層とはということを知らなければ始まらない。

桑原:現実のビジネスは24時間365日、途切れなく回っている。その中で1日というものがどこで始まるのかという時間軸の定義なんかは典型例ですよね。これまでのようにバッチ処理で切れなくなっていますから。ほかにも、物理的な法人は世界に100あるけれど、それを論理的にいくつの地域として管理すべきかとかも戦略的に考えなければなりません。

矢澤: 例えば営業本部長の立場にしてみると、全世界でいくつ売れて、どこにどれだけ在庫があって、いまどこで何個作っているかってことを瞬時に知りたい。週次なんかじゃなく、日々、それも限りなくリアルタイムに近い数値がほしいんです。

業務の概念やシステムが拠点ごとにバラバラだったら、データを力ずくで集めたとしてもまず使えない。リアルタイムで可視化するというのは言葉では簡単ですが、そのメカニズムは極めて難しい。そこまで深い洞察をもって業務を捉えられるかが、IT部門に問われているんです。

コアとノンコアの仕分けとERPが支える“幹線”

田口:IT部門が対処するべきことは山積みで、そこにメリハリある動きも必要かと思いますが。

矢澤: 企業の中を見渡すと、大きく「ノンコア業務」と「コア業務」というものがあると思うんです。

ノンコアというのは企業にとって継続的で特段の付加価値を生まない業務を指します。当社で言えば、会計・購買、調達・物流、人事、EDI、コミュニケーションなど。これらを動かすインフラの運用管理も含みます。よく基幹システムなどと言われますが、決して基幹ではない。一方のコアは、まさに自社の強みを発揮して差異化を図る業務です。

ノンコアの業務は徹底的に標準化し、インフラは統合する。先ほど言ったシングルインスタンスの対象はここで、個別縦割りに作るものではありません。わざわざIT部門が企画設計して開発するまでもなく、ERP(統合業務)パッケージに実装されているので、それを利用するのが理にかなっています。

そうして浮かせたマンパワーを、コア業務におけるIT化に注ぐのが基本的な考え方です。

田口:IT部門の役割と重心をコア部分に集中するという話はうなずけます。でも、同じくERPを導入した企業の中には、その運用管理だけで手一杯で余裕がないケースもあるかに見えます。何が差を生んでいるんでしょうね。

桑原:「企業」と「事業」という視点で整理すると、見通しがよくなるかもしれません。

1つの企業は複数の事業を持ち、一方で1つの事業は複数の企業が関係するという構造になっています。事業というのは会社とは異なるレイヤーにあって、もっと個性的で戦略的だということを認識しておく必要があります。

一般的にERPのシステムは、基本マスターが「会社」の下に属する構造になっています。商品はどこかの組織に属し、その組織は特定の法人に帰属するという設計が多い。だから、事業のプロセスを支えるといっても会社の垣根を越えられないという問題に直面します。

矢澤: 確かにその通り。当社も製造や調達を外部に委託するケースは珍しくない。そうするとサプライチェーンの一部は外に出て行きますが、それでも全体はコントロールしなければいけない。協業を交えたプロセスを支えなければならないのです。

桑原:先ほどのコア、ノンコアの話で言えば、コア=事業システム、ノンコア=企業システムという位置付けで捉えることができます。

より本質的には、事業システムと企業システムとをつなぐ“幹線”がある。オーダーライフサイクルのように大きな単位で一貫したデータの流れです。それが事業と企業を結んでいる。

幹線自体は進化する頻度は低く、世界的な差異もあまりない。ここについては、ERPのデータフローで基本的にまかなえます。本来、そこにコアとなる「事業のシステム」の層を重ねる構造にしなければならないのですが、そこを履き違えて、直接ERPの機能に求めにいったために、全体が複雑化し、事業とのギャップが起こったのだと思います。

矢澤: そのあたりは、身をもって感じた経験があります。以前、私は当社のサプライチェーンのあるべき姿を描くミッションを担っていました。物流、製造、販売などの責任者を集めて、半年以上かけて理想像を追求しました。

それをもってシステム部門に異動し、描いた姿を実装することになった。ちょうどERPがブームになっていて、当然ながらすべてカバーできると思っていたんです。ところが、よくよく見てみるとERPには桑原さんがおっしゃる“幹線”しかなかった。時計とかデジタルカメラとか、事業によって異なるサプライチェーンを担うという発想が元々ERPに組み込まれてないことを知りました。

やむなく、まずは幹線を整えて、事業によって異なる部分は自社で開発することにしたんです。コアとなるシステムは個性が強い分だけ、要求も大きく変化する。だから幹線とは疎結合で連携する構造にしました。

田口:なるほど。カシオ計算機の取り組みは1つの理想型だと思いますが、まだシステム構造を整備しきれていない企業はどうしたらよいのでしょう。

矢澤: 悩ましい問題ですが、グローバルのビジネスを展開するなら、どうしてもやらなきゃいけないと思います。コアとノンコアの仕分け、ノンコアの標準化・統合化、コアを支えるシステムのデザインと実装…。遠回りのように思えるかもしれませんが、急増かつ加速する事業要求に応えるには、不可欠な取り組みなのではないでしょうか。

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