スマートデバイスやビッグデータの陰で最近、存在感が薄いのがIFRS(国際会計基準)。どっこい、グローバルに事業展開する企業では、極めて優先度の高い経営/IT課題であることは間違いない。2014年を目指し、IFRSをテコに会計管理体系の変革を進める東海ゴム工業(現 住友理工、本社:愛知県名古屋市)はどう取り組んでいるのか。指揮官に聞く。聞き手は本誌編集長・田口 潤 Photo:陶山 勉
- 永合幹弥氏
- 東海ゴム工業 原価管理部長 経理部 担当部長
- 1985年に入社し、経営開発室においてCI活動を担当。86年から経理部に勤務し、内部管理業務や管理損益システム開発などを手がける。2000年、ポーランドの製造子会社に出向。GMとして経理・人事・総務を統括するとともに、ERP導入プロジェクトを率いた。2006年に帰任し、本社経理部財務課長として制度決算・税務を統括する一方で、内部統制推進室次長を兼務した。2010年に原価管理部長に就任すると同時にIFRS推進室を設立し、TRIGARプロジェクトに着手。2012年から現職
─東海ゴム工業は連結売上高2700億円強、主な事業は自動車向けの防振ゴムやホースの製造という理解でいいでしょうか。
永合:おおむねそうです。売り上げの7割は自動車メーカー向けで、独立系ですのでトヨタ自動車や日産、マツダなど主要メーカーに納入しています。最近、独ポルシェにも納めることになったんですよ。
─残りの3割は?
永合:高速道路の橋梁やビルの地震対策、それからレーザープリンタのドラム部品にも当社のゴム製品をお使いいただいています。最近では、理化学研究所と共同で介護ロボットの開発も推進しています。
─なるほど。失礼ながら知名度はそれほどでもないですが(笑)、我々の身の周りには御社の製品が多いんですね。それではまず、今回のプロジェクトの狙いから教えてください。
永合:分かりました。一言で言えば、全拠点の会計情報をIFRSに基づき一元管理する仕組みを作ることです。単にIFRSに対応するのではなくて、会社の管理の形を変えていくのが狙いです。当社には国内外に40の子会社があり、そのうち25社は欧米やタイ、中国といった海外にあるんですよ。それらの拠点の会計基準や原価管理の方法が異なっているので、目標を管理しようにもできない。そこでIFRSをトリガーにして問題を解消することを考えました。
─具体的には、どんな問題が?
永合:会計処理のルールや管理指標がバラバラなので、業績や調達コストなどを横並びで比較できないのが、典型例です。コード体系も拠点ごとに異なっており、データ精度に悪影響がありますし、経営層が数字を見たくても見られないわけです。そこで2010年10月、全世界での会計業務の標準化を目指して「TRIGAR(Tokai Rubber Industries Global Accounting Rule)」と呼ぶプロジェクトを発足させました。
─上手いネーミングだ。ゴールは?
永合:テーマは3つ。会計基準の統一、原価管理体系の改革、経営管理の高度化です。会計基準の統一では、管理会計と財務会計の一致を目指しています。
グループ内の実績評価しパッケージを選定
─1つだけでも大変そうですが、会計業務の統一では何をしました?
永合:各拠点における会計業務の実態を調べて、IFRSとの相違点を洗い出ししました。そのうえで、監査法人2社の支援を受けながら新たな基準を策定。2012年3月に確定版を完成させました。現在、英語と中国語に翻訳中です。翻訳が済み次第、グループ内に周知徹底していきます。
─基準作りだけで1年半かかった計算になりますね。
永合:基準と並行して、科目の定義や帳票、業務フローといった会計業務の標準プロセスも作りましたからね。海外拠点に関しては、この間に利用するソフトも定義しました。スウェーデン製のERPパッケージである「IFS Applications」です。
─IFSを選んだ理由は。本社で使っている?
永合:いいえ。本社はOracle EBSを使っています。IFSは、中国やタイといった主要な海外拠点で実績があったんです。1999年に新設したポーランド拠点に導入したのが最初でした。その時は、私自身が経理責任者として現地に赴任し、指揮を執ったんですよ。
─馴染みがあったと。でも2000年前後と違って、現在では中国など多拠点に展開する必要がありますよね。
永合:確かに。でもグローバルなサポート体制に問題がないことは確認していましたし、当たり前ですが多通貨対応も問題ありませんでした。複数帳簿を管理できることも、IFSを選んだ理由です。新たな会計基準に移行後、各拠点はIFRS準拠の帳簿と、税務申告などに必要なローカル帳簿を二重で持つことになりますから。
─本社が使っているオラクルや、SAP製品は考えなかった?
永合:海外拠点の規模はそれほど大きくない。そこまでの体力はありません。それともう1つ、費用も大きな要因でした。あまり詳しくは言えませんが、ケタが1つ違いました。
─あえてもう1つだけ聞きますが、ベンダーの体力面は評価しましたか。倒産や買収される可能性という意味ですが。
永合:その点は、ポーランド拠点での導入時に十分、調査しました。実は過去に痛い目を見たことがあるんです。
─何がありました?
永合:米国拠点に、あるERPパッケージを導入しようとしたときのこと。プロジェクトの途中、そのベンダーが競合他社に買収されてしまったんです。その経験から、IFSの採用を決める際は慎重を期しました。機能や導入実績だけでなく、IT業界での評判などを調べましたよ。
新標準の“押し付けられ感”を事前の意見交換で薄めた
─では話を進めます。会計の標準プロセスは、どうやって決めましたか。本社工場のやり方に準じている?
永合:いえ。ポーランド拠点をモデルにしました。先ほど申し上げた通り、同拠点は設立時からIFSを使っています。当初は会計モジュールだけでしたが、今では販売物流や在庫管理、生産管理などにも使っています。それだけが理由ではありませんけど、結果として同拠点はグループ内で最も効率的な工場運営ができている。
─永合さんが赴任中にそこまでやったんですか?
永合:はい、と言いたいところですが、違います(笑)。私自身が手がけたのは取っかかりとなった会計周り。私が日本に戻った後、部下たちが拡張を重ねてくれました。
─親会社のやり方に従わせるのではなく、海外拠点のベストプラクティスを横展開するんですね。
永合:ええ。彼らの知恵にプラスして、IFRSに基づく管理体系を盛り込むというイメージです。
─気になるのは、ほかの拠点の反応です。「我々には今まで培ってきたやり方がある。ポーランドのやり方を導入するのは反対だ」といった意見は出なかった?
永合:実は、プロジェクト開始に先立つ2010年夏、全拠点から約50人の経理担当者を名古屋に集めて「世界経理会議」を開催しました。プロジェクトの意図や狙いを伝えたうえで、3日間にわたって意見を戦わせたんですよ。
─言いたいことを言わせた。
永合:はい。グループの視点で議論できる担当者もいれば、自分たちの都合で発言する担当者もいました。でも、そうやって意見を出し合ったことで「本社からの一方的な押し付けではなく、議論の結果として新しい会計基準を作り、利用する」という意識になってもらえたと思います。まあ、中には「当社では今までこうだった」と譲らない担当者もいましたが。
─え、どこの担当者?
永合:中国です。「これはまずい」と思ったので、2011年には中国拠点の担当者を対象にした会議を天津で開き、おさらいをしました。
会員登録(無料)が必要です
- 1
- 2
- 次へ >
- 基幹システム刷新に再度挑むイトーキ、過去の教訓から描いた“あるべき姿”へ(2024/10/02)
- 「早く失敗し、早く学べ」─生成AIやCPSの活用が導くロート製薬のデジタル変革(2024/07/30)
- 新グローバル本社を起点に取り組む、組織と働き方のトランスフォーメーション─オリンパス(2024/06/07)
- 「アミノ酸から新天地開拓へ」─事業成長と社会課題解決に向けた味の素のDX(2024/04/18)
- デジタルを駆使して“尖ったものづくり”を追求し続ける─DXグランプリのトプコン(2024/02/21)