第1回から第4回にかけて、グローバルにビジネスを展開するためのIT組織の構造や役割分担について述べてきた。今回は、IT組織に求められる役割の1つであるIT予算管理に着目して、事例を交えながら考察する。
日本では、多くの経営者が事業の現地化が重要だと考えている。そのため、現地の経営陣に利益目標達成のコミットメント(責任)を課すとともに、予算の計画と執行に対する権限を委譲している。グローバル本社は現地の独立採算で業績を見るため、IT予算もその一部として現地で管理するのが通例である。
これは、第4回の記事で触れたように、多くの日本企業のグローバル化レベルが「拠点分散」か「リージョン集約」である現状と符合している。加えて、グローバル本社のCIOやIT組織が全体の最適化を継続的に推進しなければ、地域や拠点ごとの個別最適が進むことにも言及してきた。では、グローバル本社のCIOやIT組織が全体最適を進める上で、IT予算管理に課題はないのだろうか。
IT予算管理の分析における視点
全体最適を進めるためには、改善すべきポイントを把握することが重要である。IT予算管理の視点から改善すべきポイントを洗い出すには、ITの予算と実績を比較、分析することに他ならない。
一例に過ぎないが、図1に示すような表を使用して「拠点別」「費目別」に比較するのが好ましい。この比較表に同業他社の同規模の企業などを加えて、費目を横並びに比較すれば、どの拠点のどの費目に改善の余地があるかなどを明らかにできる。
しかし、この分析表に数値を埋めて分析しようとすると難しいことに気づく。そこには、費目と拠点に関する課題がそれぞれ潜んでいるからである。
費目に関する課題は「計上基準」
IT予算管理は、会計上の数値を分析に利用するのが理想的である。会計上の数値を使わない場合、全体最適を進めるための分析に過ぎず、改善により見込める財務諸表への改善効果が正確に把握できない。その結果、経営層や株主など外部のステークホルダへの説明責任も果たせない。
しかし、会計上の数値を利用するにはハードルがある。会計基準の差により、数値が異なるケースが意外と多いからだ。
例えば、図2に示すようなソフトウェア開発時の費用について取り扱いの差がある。日本基準では要件定義から受入テストまで、システム開発の受託先ベンダーに支払った費用をソフトウェアに関する投資(つまり無形固定資産)として扱うケースが多い。他方、欧州やASEANの一部などIFRSを採用する国では、システムの仕様が確定するまでを研究開発費に充てるケースがある。社員が受入テストなどシステム構築に関する作業に従事している分の人件費は、投資に該当する場合もある。つまり、計上基準によるギャップが生まれている可能性があるのだ。
費目の定義に則した情報収集が必要
この問題を解決するためには、拠点間の会計基準を統一するのが理想的だが、法的な制約や拠点の人員不足、出資比率が低くガバナンスが効かせられないなどの理由から実現は難しい。そのため、直近の現実的な解として、費目の定義を拠点に周知した上で、定義に則した調整用の数値情報を各拠点から報告させるのが望ましい。
将来的には、財務会計、管理会計を一致させるとともに、経営情報として各拠点から費目の明細まで収集して、本社で一括管理する仕組みへ発展させることが考えられる。その意味では、統合報告の整備や国際会計基準の統一は、IT予算管理にとって1つのターニングポイントになるかもしれない。
拠点間に内在する課題は「為替リスク」と「カントリーリスク」
もう1つの視点である拠点間の数値も、単純な比較では済まない。そこには、「為替リスク」と「カントリーリスク」が含まれているため、数値の読み方に気を付けなければならない。
拠点間の通貨を合わせるだけでは見えないもの
ここまでの説明で敢えて「数値」と使ってきたのは、理由がある。金額的な絶対値ではない指標を考慮すべきと考えているからだ。例えば、図3で示すようにドル・円相場の推移をみても、2000年からの13年間で70円弱の幅がある。
2013年11月末頃の100円前後をベースにしても、35円程度動いている。つまり、円換算するとITコストが35%も増減する可能性があるのだ。
ハードウェアなどの調達価格は、近年の競争環境のグローバル化によって為替相場に合わせて比較的早く平準化する傾向にあるが、人件費などは為替の変動に対して緩やかに反応する。つまり、瞬間風速的に為替が効いてしまい、数値を見誤るリスクがあるのだ。
このようなミスリードを回避するためには、現地通貨の増減率などを含まない数値で分析することが重要である。例えば、拠点のベンチマーク指標として、人員数やITコストの売上高比率などを使っている海外企業がある。
グローバルでの調達契約もヘッジ手段
そもそもの為替リスクに対するヘッジは、資金調達などの財務だけでなく、IT組織として主体的に取り組めることもある。例えば、海外のグローバル企業では、IT戦略上の重要なパートナーとしてベンダーとグローバル契約を締結しているケースがある。グループ会社の調達を一括して契約することで、ボリュームディスカウントを引き出す狙いがあるからだ。
さらに、ITコストの為替変動をヘッジする狙いもある。グローバル本社とベンダー間でグローバル契約を締結し、購入自体は拠点がベンダーの現地支社などと取引するが、決済通貨はグローバル契約で締結した通貨を用いるようにする。これにより、拠点ごとの為替変動によるリスクを取り除くことができる。当然のことながら、グローバルに展開するベンダーと取引する場合に限られ、基軸通貨が一致しているベンダーでないと難しい。
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